第82話 その後の第三ダンジョンは
酒瓶を空にし、次の酒瓶に手を伸ばし……そんなネイを慌ててシャロンが止める中、俺はそっちには下手に触れねぇ方が良いだろうと考えて、新さんに言葉をかける。
「……そう言えばあのダンジョン、その後はどうなったんですか?
あのダンジョンに関する俺達の仮説が正しいのだとしたら、うかつに解放できねぇと思うんですが?」
第三の猪鬼のダンジョン。
そこはどうやら誰かが脚を踏み入れる度に、魔物が湧き出す仕組みになっているようで……誰かが出たり入ったりを繰り返したなら、なんともあっさりと地獄絵図が出来上がってしまう。
一度そうなるとダンジョンを埋め尽くす程の数となった猪鬼の処理はとてつもなく難しく……クロコマの符術があれば何とかなると言えばなるのだが、毎回毎回あんな目に遭うのは……医務室に転がることになるのは御免被りたいところだ。
「ああ、あのダンジョンか。
あそこに関しては確かにお前達の言う通りになっているようだ。
誰かが足を踏み入れる度に魔物が湧き出し、倒されない限りそこに留まり続ける。
……拙の手勢に火砲の扱いに優れた者達がいてな、そやつらの演習がてらに何度か向かわせてみたのだが、毎回毎回一定数が現れて……倒さない限り増え続けて、その数に際限は無いようだ。
……と、いう訳で、あのダンジョンに関しては閉鎖が決まった。
一般開放するには危険過ぎるということでな……今後は手勢の者の演習場となることだろう」
新さんのそんな説明に、俺はこくりこくりと頷いて「なるほど」と返す。
新さんの言う所の手勢というのは、恐らくは幕府直属の軍のことなのだろう。
火砲の扱いに優れているということから、最新式の銃と大砲を構えた火砲隊の連中のことのようで……どのくらいの数を揃えたのかは分からないが、最新の銃と大砲でもってあのダンジョンを制圧したようだ。
制圧した上で色々と試し、大方の所の検証を終えて、大体の確証は得ているようで……俺達の仮説が正しいとなったら閉鎖もやむを得ねぇだろうなぁ。
しかしながら、そんな風に相手の数をある程度調整可能で、あの広さの何の障害物の無い平原となれば、確かに演習場向きと言えて……演習をした結果、いくつかのドロップアイテムが手に入るとなれば尚のこと、演習にはうってつけの、これ以上無い場だと言えるだろうな。
銃も大砲も、火薬だ何だと金がかかる。
エルフとドワーフのおかげである程度安定してきたとはいえ、火薬を作るとなるとどうしても金がかかってしまうからなぁ……。
「……ちなみに黒字だったんですか?」
どのくらいの銃弾と砲弾を使ったのかは知らないが、あの数を処理するとなるとそれなりの量が必要なはずで……そうなるとそれなりに金がかかるはずで、ドロップアイテムを売ったとして果たして収支はどうなるのか……。
「いや、赤字だった」
気持ち肩を落としながら新さんがそう言って、俺はさもあらんと頷く。
旋状式の銃が開発されて、弾の形も飛距離や威力に影響するということが分かって、今や弾丸はその一つ一つが職人の手製となっている。
昔のように荒く作った鉛玉を飛ばしていれば良いという時代はもう終わった……最新式の銃や火砲は、そのものにも金がかかり、弾にも金がかかり、発射の為の火薬にも金がかかるという、そういう武器なんだ、赤字も仕方ねぇことだろう。
「まぁ、黒字ではないにしても、動く的相手に演習が出来て、その上ある程度の金品を回収できるとなれば、それで十分……それ以上を望むのは我儘というものだ。
あそこを上手く使えば手勢の者の練度はうんと上がることだろうし、どれだけぶっ放そうとも、どれだけ荒らそうとも、誰にも迷惑がかからんのだから、これ以上無い場だと言えるだろう。
ただあのダンジョンに関して気がかりになることも一つあってな……お前達が過去に出会った鬼や大アメムシのような、所謂連中の『親玉』が姿を見せておらんのだ。
平原だけあってそこには何もなく、それらしい物は何もなく……ただただ猪鬼の群れがいるのみ。
あそこはそれだけのダンジョンなのか……それともまだ何か謎が隠されているのか、そこら辺のところは未だにはっきりしていない。
……あそこは一般開放せずに閉鎖はしなければならん、だが同時にそこら辺に関しての調査もしなければならん。
そういう訳で狼月、閉鎖してもお前達だけは自由に出入りしても良いということにしておくから、どうにかそこら辺のことを調査しておいてくれ」
と、そう言って新さんは夜空を見上げる。
夜空に花火が上がり、暗闇を払うか如くの光が放たれて……その光に照らされた新さんの横顔は、いつもの上様の顔で……その顔を見た俺は、
「はっ、了解いたしました」
と、そう返し、頭を深く下げる。
すると新さんはこちらを見て「はっはっは!」と笑い……今はそんなことよりも花火を楽しめと言わんばかりに夜空を指差す。
その指に促され夜空を見上げて……花火が舞い踊る夜空を眺めていると……どすんと誰かが背中に覆いかぶさってくる。
「ちょっと、狼月ー! 難しい話なんかしてないであんたも飲みなさいよー!
花火なんていつでも見られるんだからー、今はこの私の酒を飲みなさいってぇのよー!」
それはネイのへべれけ声で……どうやら酒瓶を開けて酔っ払ってしまったらしいネイに絡まれてしまっているらしい。
俺の背中に覆いかぶさり、その両手には酒瓶と盃が握られていて……定まらない手で盃にだばだばと貴重な清酒を荒く注ぎ……その盃を俺の口元へとぐいぐいと押しやってくる。
「……おい、ネイ。
酒を人に無理に飲ませるもんじゃないぞ。
少しは付き合えと言うなら付き合ってやるから、まずは覆いかぶさるのをやめて、そこに座り直せ」
「うるっさいわねー!
まずは飲みなさいよー!!」
酔っぱらいに通じる正論は無し。
俺に覆いかぶさったままぐらぐらと体を揺らし、ぐいぐいと盃を押し付けてくるネイの様子に、仕方ねぇなぁとため息を吐き出した俺は盃に口をつけて酒を飲み干してやる。
と、同時に素早くネイの両腕を掴み、盃が空の今のうちだとネイの両腕を広げて……すっとそこから抜け出し、抜け出すと同時にネイの手から酒瓶と盃を奪い……ネイのことをその場にすとんと座らせる。
酔っ払っていることもあって、今何が起こったのか、何が起こっているのか理解できずきょとんとしているネイから距離を取り……少し離れていた場所で様子を見守っていたシャロンに酒瓶を手渡し……シャロンが用意してくれていた白湯入りと思われる酒瓶をさっと受け取る。
(酔いに聞くお薬を入れておきましたから、そちらを飲ませてあげてください)
受け取る際に小声でシャロンがそう言ってきて、小さく頷いた俺は……その酒瓶の中身を、盃に注ぎきょとんとしたままのネイの手に持たせてやる。
「ほら、俺も飲んだんだから、お前も飲めよ。
美味い酒だぞ」
と、俺がそう言うとネイは、頬を上気させながらのにっこりとした笑みを浮かべて……それが酒ではねぇと気付くこともなく、盃の中身を飲み干すのだった。
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