第73話 第三ダンジョンについてのあれこれ


 腹を飯と茶碗蒸しでいっぱいにして、食後にと出された煎茶をすすり……そうして一心地ついた折、ネイが改まった態度で声をかけてくる。


「……ところで、次のダンジョンについてなんだけど、他の連中の攻略具合はどうなってるの?

 アンタ達が第二ダンジョンを攻略してからもう随分経つ訳だし、他の連中も当然第二ダンジョンを攻略し終えて、次の第三ダンジョンに挑んでるんでしょう?」


 その言葉を受けて煎茶を一啜りした俺は、ほふっと息を吐いてから言葉を返す。


「第三については誰かが攻略したって話は聞いてねぇなぁ。

 あそこに関しては俺達も色々と噂を聞いているんだが……とにかく出てくる魔物が厄介でな、どんなに腕に自信がある連中でも入ってすぐに逃げ帰ってくるらしい」


「へぇ……?

 まだまだ序盤の第三でそんなにヤバいことになってるの?

 そうなるともう、第四第五の攻略なんて夢のまた夢って感じがしちゃうけど……」


「昔、ダンジョンに挑んだエルフやドワーフ達には、意地でも元の世界に帰るっていう必死さがあったんだろうぜ。

 厄介な魔物が相手だろうが何だろうが、怯むことなく挑んでいって、その必死さと魔法があればこそ先へ先へと進むことが出来た……全てのダンジョンを攻略することが出来た。

 なんだかんだいって俺達江戸の民は太平の世に慣れきっちまってるからなぁ、最初のダンジョンで大勢が死んだり怪我したりしたってのもあって、恐れを抱いていちまっているというか、そこまで必死になれねぇっていうか……どうしても慎重になっちまうんだろうな。

 その上今は、幕府が第二ダンジョンでのドロップアイテムを高く買い取ってくれるからなぁ……余程の理由がないとその先に進んでやろうって連中は現れないだろうな」


「あー……なるほどねぇー……。

 ……危険な第三に行くくらいなら第一第二で稼いでいたほうがマシって訳ね。

 ……で、その第三ってのはどう危険な場所なの? なんかすごく入り組んでいたり、とんでもない罠が仕掛けられていたりするの?」


 俺の言葉を受け取って、半目になって考え込んで……そうしてから煎茶をすすり、そんな言葉を返してくるネイに、俺もまた煎茶をすすりながら言葉を返す。


「いや、逆だ。

 何もねぇんだ、壁も天井も何もねぇ……ただの平原。それが第三ダンジョンなんだそうだ。

 何もねぇってのにどうして危険なのかというと……遮蔽物が一つもねぇそこには無数の魔物がうろついているらしくてな、それが四方八方から、壁やら何やらに遮られることなく、一斉に突っ込んでくるんだそうだ。

 ……いや、一斉に、というと少し語弊があるか。

 気配や声や発した音なんかでもってこちらに気付くなりがむしゃらに向かってくる……らしい」


「あー……四方八方から、数でもって一斉にか。

 なるほど……それで誰も彼もすぐに逃げ帰るはめになるって訳ね」


「そうだ、そしてあそこに出る魔物は……猪鬼だからなぁ」


「猪鬼?」


「昔話で聞いたことあるだろ? 馬鬼とか牛鬼とか、獣の頭をした鬼の話。

 第三には猪そっくりの顔をした、筋骨隆々の……俺よりも頭一つ二つ上の体格をした鬼がいるらしい。

 そんな連中が石斧やら丸太棍棒を持っていてな……それでもってこちらの脳天を砕こうとしてくるんだそうだ。

 まさに猪突猛進……熊みたいな化け物が武器を持って襲ってくるなんざ、悪夢でしかないだろうよ」


 俺のその言葉を受けてネイは、ごくりと喉を鳴らし……手に持っていた茶碗をそっと座卓の上に置く。


 そうしてから急須を手に取り、茶碗に少し冷めた煎茶を注ぎ……ゆっくりとこくりと飲む。


「……そ、そんな化け物、昔のエルフやドワーフはどうやって対処したのよ。

 対処のしようがないでしょ?」


「いや、そうでもねぇって話だ。

 たとえば火縄銃で隊列を組んで近寄ってくる連中から順番に撃ち殺していくとか、弓矢の隊列で射殺すとか、魔法で焼き殺すとか。

 馬防柵でもって押し留めて槍で突き殺すとか……そういった大掛かりなことが出来なくても、一人が馬で連中を引き寄せて逃げ回ってる間に、もうひとりが弩で射殺してくって方法もあるとか聞いたな。

 とにかく近寄らせねぇで、遠距離で殺すって形になるが、それであれば苦戦はしないらしい。

 頭が猪ってだけで体は猪じゃぁねぇからな、動きに関しては鈍臭いそうだからな」


「あー……なるほどね。

 他の連中も金をかけてそういった装備を揃えれば攻略出来るんだろうけど、そんなことをするくらいならって第二ダンジョンで稼いでる訳、か」


「意固地になった連中がどうにか己の腕と刀でもって突破できないかと挑んでいるらしいがな……一匹や二匹ならなんとかなるだろうが、更に更に、終わることなく増援がやってくるとなると、結局は逃げ帰るしかないんだろうな」


「……でもそうすると、アンタ達はどうするのよ?

 アンタ達だって遠距離での攻撃方法なんて持ってないし、あ、アンタは今さっき金を使い切っちゃった訳だし……」


 何処か申し訳なさそうにそう言うネイに対し、俺は「はっ」と鼻で笑ってからぐいと煎茶を飲み干して言葉を返す。


「安心しろ、防具の金は既に払ってあるし……どう攻略するかも既にポチ達と話し合って方針を決めてある。

 第二ダンジョンを周回しながら何度か実験をしてみたんだが、思っていた以上に上手くいってくれそうでな、第三ダンジョンはもしかしたら一日二日で攻略できるかもしれねぇな。

 ……吉宗様の為にやっていた第二ダンジョン周回もそろそろ必要量を確保できそうだからな、防具が出来上がり次第に第三ダンジョンに挑んでみるのも良いかもしれねぇな」


 そう言って俺が余裕の表情を見せるとネイは、ほっと安堵の表情になり……なんとも分かりやすい態度を見せてくる。


 それを受けて俺がニヤついていると、ネイはこほんと咳払いをし……視線を俺から逸して……そうしてから何か思いつくことでもあったのかハッとした表情になり、座卓の上で指を動かし、見えないそろばんを弾き始める。


「……そっか、もう鉄が揃い始めたんだ。

 ならそろそろ黒船の建造が始まるって訳かい……造船所の建築は既に終わってるようだからね……そうなると結構な人夫が雇われることになりそうだね。

 ……そうすると市場の流れも変変わって、第二ダンジョン景気からまた別の景気にって流れになる……か」


 商売をする際の口調と言うか、商売人としての人格を表に出し始めてあれこれ計算をし始めるネイ。


 そんなネイのことを見やりながら俺は……ネイ達江戸の商人を稼がせてやるためにも、気合を入れて第三ダンジョンに挑んでやるかなと、そんなことを考えるのだった。

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