第71話 支払いを済ませて


 新しい武器を手に入れ、新しい仲間が加入し……戦い方を改善しながら、工夫しながら何度も何度もダンジョンを周回し。


 やるべきこと、やりたいことが多かったのと、ネイが新しい店やら何やらで忙しかったのもあり……俺達は結構な間、特にこれといった贅沢もせずに、道楽にも行かずに、休日はただ体を休めるだけという、なんとも張り合いのねぇ日々を過ごしていた。


 もともと道楽は、ダンジョンに人を集める為というか、ダンジョンの宣伝を目的としたものだった訳で、十分にダンジョンのことが江戸中に知れ渡った今、あえてそうする必要もねぇ訳だが……それでも一度知ってしまった味は忘れられねぇというか、またあの楽しい時間をもう一度というか……。


 人の心とは存外に我儘で、欲望に対して素直な造りをしているようで……俺は日に日にあの時のような道楽を、美味い飯を腹一杯になるまで食い歩くあのたまらない時間を求めるようになっていた。


 とは言え忙しいネイを放ってポチ達とだけ行くのも憚られて、一人で行くっていうのもどうにも憚られて……そうして俺は今日も今日とて、薄っぺらの張り合いのねぇ休日を過ごすことになっていた。


 ポチはシャロンと一緒に出かけていて、クロコマは保育園で子ども達との時間を過ごしていて……そして俺は家の縁側に寝転がって庭を見つめるだけの時間を過ごしていて……。


「なんだかなぁ……」


 と、誰に言う訳でもなくそんなことを呟くと……人影が庭の土を踏みながら姿を現し、そんな俺の目の前に立ち、声をかけてくる。


「なんだかなぁじゃないわよ、一体全体何を腑抜けているのよアンタは」


 聞き慣れたその声を受けて、俺が顔を上げると……ネイが、余所行きではなく商売用の真っ赤な銭柄の着物を来たネイが、腰に手を当て、腰から下げた帳簿を揺らしながら俺の事を睨みつけてくる。


「……なんだよ、お前が家まで来るたぁ珍しい。

 ……親父が何か注文でもしたか?」


 と、俺がそう声を返すとネイは、その細い眉をくいと釣り上げながら言葉を返してくる。


「そりゃぁ来るわよ! 来るに決まってるわよ!

 半年待ってやるとは言ったものの、それから全く……稼いでいるだろうに支払いもせず一度も顔を出さない客がいたら足を運びもするわよ!!

 アンタがそこに投げ出している黒刀! ただであげたもんじゃないってことは分かっているわよね!」


 そう言われて俺は、縁側の隅に置いてある黒刀へと視線をやって「あ」と声を上げる。


 そう言えばこの刀を受け取った時、随分とでかい額の請求書を押し付けられたような……。

 そしてそれから一度もネイの下には行ってなかったような……。

 当然誰かに頼んで支払いとかもしていなかった訳で……俺はだらけた体に活を入れて、ぐいと体を起こし上げる。


「具足師の牧田さんから、まだ出来上がっていない……これから仕上げる予定の防具の支払いを受け取ったって聞いた時には視界が真っ赤に染まったわよ!

 あっちには支払いを済ませて、物を受け取ったこっちには一銭も支払わないってのは一体全体どういうことよ!

 アンタ! 最近ダンジョンに行ってばかりで相当儲かってるんでしょう! 全額じゃなくていいから一部で良いから支払いなさいな!」


 そう言って肩を怒らせるネイに、俺は「分かった分かった」とそう返してから……家の中に戻り、自室へと足を運ぶ。


 そうしてから自室の隅に置いてあったつづらを持ち上げ抱え込み……ネイが待つ縁側へと向かう。


「おう、待たせたな」

 

 と、ネイに声をかけてから縁側に腰を下ろし……つづらを置いて蓋を開ける。


「ちょっ……は、はぁ!?

 アンタ、こ、こんな大金をそんな雑に……!?」


 つづらの中身を見るなり、そんな声を上げるネイ。


 ネイの言葉の通りつづらの中には、大判小判、銀板、為替手形などが押し込まれていて……それらをざっと数えた俺は……多分あの請求額の足りるはずだと、それをそのままどうぞと、手仕草でもってネイに伝える。


「支払い方も雑!?

 いや、ちょっとまって、アンタなんでこんなに大金を持ってるのよ!?」


 そう言われて俺は……首を傾げ、しばし考え込んでから言葉を返す。


「なんでって言われてもな、相応の働きをして相応に稼いだから、こうして持ってる訳だが……。

 ダンジョンに入る前から元々貯めていた分と……ダンジョン周回を始めた最近の分とでこんな感じだな。

 道楽で使えばある程度減りもしたんだろうが、最近は行ってなかったしなぁ……。

 ダンジョンの構造やら何やらを完璧に把握した上で、効率的にダンジョン周回を繰り返していけば……俺は特に金のかかる趣味もないから、このくらいはすぐに貯まるぞ?

 そもそも稼いでいる額で言えば、お前の方が稼いでいるんじゃねぇか?」


「……いや、まぁ、そうだけども……アタシも頑張って稼いでるけども。

 それにしたってこの額……ダンジョンってやっぱりとんでもないのね。

 ダンジョンで人と物とお金がどんどん動くようになって、幕府もどんどんお金を使うようになって……港の整備なんかも進んで。

 その上符術なんて新しい技術まで出てきちゃって……ダンジョン様様、とんでもない時代になってきちゃったわね。

 ……まぁ、うん、とりあえずこのつづらにどのくらいのお金があるのか、アタシが数えてあげるから、アンタはそこで待ってなさいな」


 そう言って縁側に腰掛けつづらを覗き込み……垂れた髪を指で拾い、整えながらつづらの中身を整理し、数えていくネイ。


 その姿をぼんやりとなんとなしに眺めながら……何も言わずに静かに見守っていると、ネイがこっちをきつく睨んできて……一体何で睨まれているのだろうかと俺が首を傾げると、何も言わずに顔をそらし、勘定を再開させる。


 そうして時が流れていって……つづらの中に適当に放り込まれていた大判小判その他が綺麗に並べられて……そしてそのほとんどがネイの懐へと回収されていく。


「……半年は待つって言ったのに、こんなに早く支払いを済ませるなんて驚くよりも呆れるわよ、まったく……。

 とにかくこれで支払いは完了……少ないけどもそれなりの金額も余ったし、これなら道楽も遠慮なく再開できるんじゃない?」


 ネイのそんな言葉に俺は思わず首を傾げる。


 道楽に行っていなかったのはあくまで、自分達が忙しかったのと、忙しいだろうネイを仲間外れにすることが憚られるからだったのだが……どうやらネイはそれを金絡みだと、黒刀の支払い絡みだと思い込んでしまっているようだ


 するとつまり、ネイはそれ程には忙しく無かったという訳で……道楽に行こうと声をかけても問題無かったという訳で……ひとり相撲をしていたことに気付いた俺は、大きなため息を吐き出す。


 そのため息を受けて「何よ?」と言いながら首を傾げるネイに対して俺は……、


「これから、美味い飯でも食いにいくか」


 と、そんな声をかけるのだった。

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