第70話 変化しつつある戦い方



 傷を癒やす符術や、毒除けの符術。


 吉宗様は数多ある符術の中でも、手の施しようのない怪我からの回復や、病室の消毒などにも期待が持てるということで、これらを大いに気に入ってくださったようだ。


 特に周囲一帯に効果をもたらすというのが良かったようで、重傷者や手術後の患者を一部屋にかき集め、一気に回復出来たなら多くの命が救えるはずだってことで……早速治療院などでの実験、研究が始められている。


 他にもいくつかの符術が吉宗様を護衛するだとか、江戸城の警備を厳重にするといったような観点でも効果が期待出来るとかで、そちらの研究も……俺達も詳しくは知らねぇが水面下で既に始まっているらしい。


 ちなみにだがそれらの研究にクロコマは、助言や口出しはすれども直接関わってはいねぇ。

 

 ……符術を産み出したのは確かにクロコマだが、だからといって符術はクロコマだけの術って訳じゃぁねぇからだ。


 しっかりと符のなんたるかを、符術のなんたるかを学んだコボルトであれば、誰でも扱えるのだそうで……早速江戸城勤務のコボルト達が符術を習得していて、彼らが実験、研究の陣頭に立っている。


 そんなコボルト達が生まれつき持っている魔力には結構な差異があるようで、符術を使うとすぐに眠ってしまうポチのような奴や、二、三度で眠ってしまうような奴や、何度も使っても全然眠らないクロコマのような奴と、使える回数には結構なばらつきがあるようだ。


 まぁ、それでも眠ってしまうのを覚悟の上でなら、一度は発動出来るってんだから、凄まじいもんだよなぁ。


 欠点としてはやはり触媒が必要なことになるんだろうが……それも得られる効果を思えば大したことはねぇんだろうな。


「おう、符術の凄さが分かったなら、もう少しワシのことを敬ってくれてもいいんだぜ?」


 第二ダンジョンの道中、ドロップアイテム狙いの周回の途中、マスクもゴーグルもせずに、外套に身を包んでぼんやりと考え事をしている俺に、相変わらずの狩衣姿のクロコマがそんな声をかけてくる。


 俺の胸中をどうやって読みやがった……と、一瞬困惑したが、どうやら俺はついうっかり思っていたことを、小声でブツブツと呟いていたようで、聞こえの良いコボルトの耳がそれを拾いやがったようだ。


「……こうして一緒に組んでいる以上は、それなりに敬っているつもりだがな?

 何しろ仲間として徒党として命を預けてるんだからな、敬意がなけりゃぁそんなこと出来ねぇだろうよ」


「お、おう……まさか、そんな本音が帰ってくるとは思わなかったぞ。

 ま、まぁなんだ……お前さんのおかげで符術のことが幕府に認められた訳だし、研究が盛んになったおかげでワシの符術も発展し続けている訳だし……ワシもまぁ、それなりの敬意を抱かせてもらっとるよ」


 耳をピクピクとさせ尻尾を振り回しながらそう言ってくるクロコマに、さて、なんと返したものかなと俺が悩んでいると……前方で小刀を振るい続けるポチから悲鳴のような声が上がる。


「ちょっと!?

 な、何をそんな談笑してるんですか!?

 す、少しは手伝ってくださいよ……! ダンジョンに入ってからずっと、僕しかアメムシの処理をしてないじゃないですか!?」


 そう言いながら次々と現れるアメムシに向けて小刀の刃を……宙を舞い飛ぶ魔力の刃を放ついつもの装備姿のポチ。


 そんなポチの活躍をじぃっと見やった俺は……少し悩んでから言葉を返す。


「そうは言うがなぁ、お前の小刀で始末するのが一番効率良いんだから仕方ねぇだろ?

 塩やらを使うよりも手っ取り早くて、金もかからねぇ上に、ポチが疲れ果てない限りは使いたい放題……。

 そんな便利なものがあるってのに、わざわざ俺達が前に出るのもおかしな話だしなぁ。

 ……まぁ、背後左右からの奇襲に関しては俺達が対処してやるから、お前は安心して小刀を振るってくれ」


 と、俺がそう言うと、ポチが鼻筋にシワを寄せての凄まじい表情をこちらに向けてきて、何かを言おうとする……が、それよりも早くクロコマが声を上げる。


「ポチ殿! そうやって魔力を使い続けていれば、体内の魔力を貯蔵する器官が鍛えられて魔力の保有量が増えるかもしれませんぞ!

 これもまた修行の一環だと思って! 励んでくだされ!」


 更にそれにダンジョンの隅にしゃがみこんでいた、こちらもいつもの装備姿のシャロンが続く。


「あ、ご、ごめんなさい。

 アメムシの観察に夢中になってました……そ、その、今から塩でも投げますか?」


 と、そんなことを言い放ったシャロンは特殊な加工がなされたガラス製の壺を抱えており……その中に一匹のアメムシが閉じ込められている。


 なんでもガラスはアメムシの消化液に溶かされない素材なんだそうだ。


 そんなガラスで壺を作り、内側に特殊な加工をしたなら割られる心配もなく、アメムシを完封出来るのだそうで……シャロンはその壺にアメムシを入れては、様々な毒やら薬やらを壺の中に放り込み、効果があるのか、どんな反応を起こすのかといった……結構エグい実験を繰り返している。


 それはそれで今後のダンジョン攻略に役立つかもしれない、重要な実験ではあるのだが……いやはやまったく、ポチと言い、シャロンと言い、クロコマと言い、学問やら研究やらといったことに夢中になるのは、コボルトの性なのだろうかねぇ?


「い、いえいえいえ、シャロンさんはそのまま、そのまま実験を続けてください!

 そ、それよりも狼月さんですよ! クロコマさんの符術は、触媒が必要なことを思えば控えるのも仕方のないことですが……狼月さん、貴方は何かを失う訳でもないんですし、体力だって有り余ってるんですから、少しは活躍してくださいよ!!」


 と、ポチにそう言われて俺は、仕方ねぇなぁと頭を振って……身を覆っていた革製の外套を脱いで刀へと手をやる。


 いくら鍛えても、体格が変わる程に筋肉を増やしても、どうしても重ったるい黒刀。


 それを振るうには余計な装備をつけている余裕はない。

 装備を徹底的に軽くする必要があり……そういう訳で今の俺は持っている中で一番軽装となる、旅装姿となっている。


 動きの邪魔にならないように上は小袖に手甲、下は股引に脚絆、靴だけは一応、具足氏の牧田に頼んだ立派なものにして……荷物も手提げ袋に入れていつでも手放せるようにしての軽装。


 ゴーグルもマスクもどうにも邪魔だと一旦外しての……攻撃を食らわない前提での、攻めしか考えていない格好だ。


 そんな格好で外套と手提げ袋を投げ出し、黒刀を抜いた俺は……両手と脚にぐいと力を込めて、敵のことを見やり、その位置、数を把握して……一気に駆け出す。

 

 黒刀はアメムシの消化液に負けない刀だ。

 だから溶けるだとかは考えなくて良い、考えるべきはちゃんと振るえるかどうかで……アメムシの側まで駆け寄った俺は、出来る限りの力でもって振り上げ、更に強い、全力を込めた上で振り下ろす。


 その一撃は一応斬撃なのだが、その重さと黒刀の硬さのせいか、受けたスライムは真っ二つになるのではなく、シュウシュウと魔力を散らす音を立てながら吹っ飛び……べチャリと壁にぶつかり……ぴくりとも動かなくなる。


 そんな一撃を二度三度、四度五度と振るっていって……視界に入っていたアメムシ全てを吹き飛ばした俺は、重ったるい黒刀をどうにか構え直し……ふぅっと大きなため息を吐く。


「……いやぁ、やっぱこの黒刀を振るのは疲れるからよ、ポチ……お前の方で処理してくれねぇかなぁ?」


 黒刀を構えながら、他にアメムシが居ないかと周囲を警戒しながらそう言うと、俺の足元へと駆け寄ってきたポチは、


「僕だって疲れるんですよ! 一人だけ甘えないでください!!」


 と、そう言って俺の脚をげしりと蹴ってくるのだった。

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