第62話 深森の調査 二回目の続き


 竹筒を投げ入れ、扉を閉めて、念の為にとぐっと押さえつけていると、足元で扉に背を預けたシャロンが懐から鉄製円形の、紅入れのようなものを取り出す。


 その紅入れには何やらツマミのような部分があり……シャロンがそのツマミにポンと触れると、パカリと蓋が開き……紅入れのようなものがその正体を顕にする。


「お、時計か?

 そんなに小さなのは初めて見たが……そうか、それが噂の懐中時計というやつか」


 と、俺が声をかけると、シャロンはこくりと頷いて……文字盤の上でコチコチと音を鳴らしながら時を刻む、細長い針を睨みながら言葉を返してくる。


「はい、ドワーフの職人さん印のをダンジョンの稼ぎで買わせて頂いたんですよ。

 薬を調合するのにも投与するのにも、正確な時間を知ることはとても重要なことですから、いつか買いたいとは思っていたんですよー!

 ……効果が十分に出るだろう時間を計って、それが終わったら毒の中和剤を投げ込みます。

 中和剤はそんなに待たなくても良いものなので、ゴーグルとマスクがズレたりしてないかの確認をしたら突入ですね。

 深森さんは……中に入りたいのであれば、適当な布に水を染み込まれて口元に巻いておいてくださいな」


「中和剤……?

 前回はそんなもの、使わなかったよな?」


「前回は前回、今回は今回です!

 改良したということはそれだけ毒が強くなったということ……猛毒の域に達しつつあるものですので、念には念を入れて対策をお願いします!」


 その言葉に俺が「なるほど」と頷くと、続く形で足元のポチも頷く。


 そうして毒が十分に効果を発揮するという時間が過ぎてから、今度はやや大きめの、いろいろな粉が詰め込まれた竹筒が投げ込まれて……しっかりとゴーグルとマスクの確認をし、深森が手拭いを口元に巻いたのを確認してから、扉の向こうへと足を踏み入れる。


 死屍累々。

 そんな光景がそこには広がっていた。

 小鬼は当然の全滅、前回は膝を突いてどうにか耐えていた鬼も、今回ばかりは耐えられなかったようで……うつ伏せの状態でその体を痙攣させている。


 その光景を見やった俺は、大アメムシ戦で溶けてしまった愛刀の代わりにと持ってきた、安刀を抜き放ち、その首を断ってやる。


 すると周囲に転がっていた小鬼達の死体が消え去り始め……鬼の体もゆっくりと星屑のようになって消え去り始める。


「お、おおお、これが話に聞いた大物を倒したときの星屑ですかー!

 するとするとー、この後にー? 星屑の向こうに見える謎の光景がー?」


 鬼の側へと駆け寄ってきながらそんなことを言う深森。


 前回の鬼戦と、大アメムシ戦の後に見たその光景を、その目で見てやろうと、脳裏に刻んでやろうと深森がぐいと顔を突き出すと……星屑の向こうに、以前にも見た白石の城が写り込む。


 そこには相変わらずのみすぼらしい格好の連中がいて……いや、よく見てみれば相変わらずではねぇな。

 怯えてきっていた表情にいくらかの穏やかさが戻り、身につけている服や、手にしている武器もそれなりに立派なものとなり、その肌艶、頬のこけかたを見るに食糧事情も改善しているようだ。


「……連中に何かがあったのか?

 何かがあって状況が改善したのか……?

 ……全くなんだってこんな光景が見えるんだかなぁ……。

 誰かが何かを伝えようとしているにしては断片的過ぎてなぁ、まるで連載形式の瓦版じゃねぇか」


 その光景を見やりながら俺がそう呟くと、顔を突き出していた深森が、更に前へと……光景の中へと顔を突っ込んでしまいそうなくらいに顔を突き出し、言葉を漏らす。


「これは確実に異界の光景ですねー。

 お城の材料がそもそも、独特の特徴を持っていると言いますか、こちらの世界では聞いたことも見たこともないような代物ですし、そこらに転がっている食料や、木材なんかを見てもこちらには無いものであることは明白ですー。

 魔力の影響を受けて生育する食物で、豊富な魔力を有していて……ああ、そもそも漂っている魔力もこちらとは違って完全に異質なー……。

 ……ん? あれ? み、皆さん皆さん、あれ見てください、あれ!! あの人が腰に下げているのって日本刀じゃないですか!?」


 言葉の途中でそんな大声を上げて、星屑の方へとぐいと手を突き出す深森。


 そうやって星屑の中の光景のある地点を指し示そうとしたのだろうが、突き出された深森の手のせいで星屑がかき乱されてしまい、写り込んでいた光景は乱れに乱れてしまって……散り散りになってしまって、そのままかき消えてしまう。


「……おい」


 と、俺がそう声を上げると、珍しく申し訳無さそうな顔をして、血の気を引かせた深森は……がくりと項垂れ「す、すいません」と、小さな声での謝罪の言葉を口にする。


 あの光景が異界だとして、何故異界に日本刀があったのか……。

 向こうでも日本刀のようなものを作れる技術があるのか、それともあるいはコボルト達がこちらに来たように、日本刀があちらへ行ってしまったのか。


 そんな疑問を抱えながら俺達は、光景が消えてしまったのでは仕方ないと全員で大きなため息を吐き出す。


 そうしてやれやれと頭を振っていると、先程まで星屑が浮かんでいた辺りから、ごとごととやかましい音と共にいくつもの鉱石が降ってくる。


「……前回は調度品やら何やらもあったんだが、今回は鉱石だけか。

 鉱石の量自体は前回と同じ程度だが……うぅむ、相変わらず分からんことばかりだな」


 と、そんなことを言いながら俺達は、兎にも角にもと鉱石を拾い上げ……この部屋を調べたいという深森の調査に付き合ってから、ダンジョンを後にするのだった。




 それから俺達は第二ダンジョンへと向かい、あの裏道を使って最奥の部屋へと向かったのだが……いくら待てども、深森が何をしようともあの扉が再出現することは無かった。


 そうして江戸城へと帰還した俺達は、そうした結果を踏まえて皆で話し合い、入手した情報を整理し、吉宗様にその次第を報告することにした。



・深森が同行した状態でも扉は出現した。


・扉の向こうにいる大物を倒すまでは足を運べば何度でもあの扉は出現し、大物を倒すと当分の間は出現しなくなる。


・そして恐らくは当分の間……一ヶ月かそこらの時を開けたなら再度扉が出現し、大物も再び姿を現す。


・その大物を倒すと……星屑の向こうに見える光景の『つづき』を見ることが出来る。


・そしてそこには日本刀の姿があった。



 そうした情報を手にした吉宗様は……他の連中のダンジョン攻略などから得た新情報を、俺達に開示してくれるのだった。


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