第63話 ロスト


「……ダンジョンで失われた品が、ドロップアイテムとして出現した、か……」


 江戸城を後にし、シャロンを家まで送ってやっての帰り道で、吉宗様から頂戴した新情報を俺がそう呟くと、隣を歩くポチが言葉を返してくる。


「ただ出現したというだけでなくて、失った時よりも明らかに良い状態で、ある程度の手入れがされた状態で出現した、というのがミソですね。

 深森さんが見たというあの光景の中にあった日本刀のことを考慮すると……ダンジョンで失われた品はあちらの世界に行って、あちらの世界で失われた品がこちらの世界にやってくると……そういうことなのかもしれません。

 一度あちらに行って、あちらで手入れされて、あちらで再度失われた……。

 深森さんが見た日本刀も、もしかしたら狼月さんがあの時に失った愛刀だったのかもしれませんね」


 アメムシの体内に溶け込んだ塩は、戦闘を終えてアメムシが消え去ると、溶け込んだまま、アメムシと共に消え去ってしまう。

 大アメムシに溶かされてしまった愛刀も同様に消え去ってしまっていて……そして、あの光景の中には日本刀の姿があった。


「俺かポチがその日本刀の姿を確認してりゃぁ、本当に俺の愛刀だったのかを確定できたんだがなぁ、深森のせいで全く……。

 しかしまぁ、本当にそうだとすると……色々面白いことになるよな。

 たとえば手紙なんかを意図的にあちらに送れば、あちらの連中に意思疎通が出来るのかもしれねぇし、この仕組を上手い感じに利用したなら、あちらとこちらの行き来が可能になるかもしれねぇ。

 ……そうなれば、あっちに帰りたくて仕方がなかった連中にとっては待望の帰還方法ってことになる訳だ」


 と、俺がそう言うとポチはこくりと頷いて……学者の血が騒ぐのか尻尾を振り回しながら言葉を返してくる。


「ですね。

 ……しかし手紙というのは狼月さんらしからぬ、まさかの良い発想ですね。

 それが可能になったなら色々な研究が一気に飛躍するかもしれませんし、それをきっかけに行き来まで可能となったら更に更に色々なものが得られるかもしれません。

 ……まぁ、その分だけ問題も多くなって大きくなっていくんでしょうが……」


「というかだ、物をアメムシに溶かさせちまえば、エルフ達の言う所の『ロスト』が出来る訳だろう?

 ならもうあちらに行くだけに限れば、ほぼほぼ手段は確立されていると言って良いんじゃねぇか?

 ……何しろ大アメムシに飲み込まれて溶かされちまえばそれで良いんだからよ」


「い、いやいやいや、それじゃぁあちらに行けたとしても死んじゃうじゃないですか!?

 死んじゃったら意味ないじゃないですか!?」


「……そうか?

 苦痛に耐えてでも命を失ってでも故郷に帰りてぇって奴はいるんじゃねぇかな。

 ……仮に俺がどこか、日の本でも南蛮でもない、知らない世界になんて行くことになったら、魂になってでも戻りてぇと考えて、即座に腹を切るかもしれねぇ」


 あくまで俺の居場所はこの大江戸で、骨を埋めるのもこの大江戸だと決めていて……それ以外の場所で生きていくなんてことは、とてもじゃねぇが考えられねぇ。

 御庭番として地方に行くだけでもしんどいんだからなぁ……他の世界なんて、冗談じゃねぇってんだ。


 と、そんなことを考えていると、ポチがなんとも言えない苦い顔をこちらに向けてきて、なんとも言えない大きなため息を吐き出し……そうしてから言葉を返してくる。

 

「……あ、あとで吉宗様にその旨の連絡をしておきましょう。

 狼月さんみたいな物騒な考えのエルフさんが、あちらに戻りたい一心でアメムシの群れに飛び込んだ、なんてことになったら大問題ですからね……。

 と、いうかですね、狼月さん……愛刀のことは良いんですか?

 ロストによる行き来が事実だとすれば、上手くすれば愛刀を取り返せるかもしれない訳で……早くしないと何処かの誰かがドロップアイテムとして手に入れてしまうかもしれない訳で。

 早く手に入れようと焦るとか、どうにか取り返してやろうと手段を講じるとか、そういうのはないんですか?」


「んー? いや、ねぇなぁ。

 そもそもあちらに行った品の全てがドロップアイテムとして帰ってくると決まった訳じゃぁねぇんだし……本当に帰ってくるかも分からない物にそこまでの手間はかけてらんねぇよ。

 確かにあの刀は長年愛用していたもんだが、特別な銘の一振りって訳でもねぇからなぁ……ま、いい機会と思って業物に名前を連ねる一振りでも手に入れてみるかなぁ」


 今回のドロップアイテムと情報のおかげで、中々良い金額を稼ぐことが出来た。

 これだけの銭がありゃぁ装備を一新出来るのは勿論のこと、一振りか二振りの業物を手に入れた上で、あれこれと美味い飯を腹一杯に食うことまで出来ちまうだろう。


 当分の間は吉宗様の期待に応える為に、新たなダンジョンに挑むのではなく、大アメムシの出現期間の調査や鉄の入手などをしていく必要がある訳で……ならまぁ、その間に、色々と装備を整えて業物を手に入れて、ポチ達との連携なんかも一から見直してみるのも良いかもしれねぇ。


 何しろ死に方によっちゃぁロストして死体があちら行き、なんてこともあるかもしれねぇんだ……十分過ぎる程に備えて、十分過ぎる程に鍛えておくことにこしたことはないだろう。


 ……なんだかダンジョンに行く度にそんなことを考えちまっているが……人間死んじまったらそれでお終い、生き延びてこそ美味い飯を食えるってもんだしなぁ。


 ……それにまぁ、俺が死んだら悲しむ人間も……それなりにいるだろうしなぁ。


「あ、その顔……さてはネイさんのこと考えてますね?

 最近ネイさんと仲良いですもんねー、二人っきりで遊び回るくらいですもんねー。

 ……一応言っておきますが狼月さん、子作りしたいならまずは祝言を挙げるのが道理。

 順番を間違えちゃぁいけませんよ?」


 そう言ってしたり顔をするポチを見やった俺は……帰宅して着替えが終わったらその毛を毟ってやるからなと、心中で静かに決意するのだった。

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