第61話 深森の調査 二回目


 翌日。


 吉宗様のご期待に応える為にも頑張ろうと、想いを新たに江戸城へと向かうと、そこで待っていたのは、


「お待ちしておりまーーした!」


 と、元気に声を上げる深森エンティアンだった。


 いつもの白衣ではなく、白百合柄の着物姿で両手を振り回しているその姿を見た俺は、思わず踵を返し、そのまま江戸城から出て行こうとするが……そうするよりも早く、駆け寄ってきた深森が、俺の背負鞄をぐいと掴む。


「ちょちょちょ、ちょぉもぉーー、いきなり帰ろうとしなくても良いじゃないですかー!」


 鞄をがっしりと掴み、ぐいと引っ張りながらそう言ってくる深森の手を振りほどく為に、鞄を振り回す形で勢いよく踵を返した俺は……ため息を吐き出しながら仕方無しに深森に言葉を返す。


「謹慎しているはずのお前が、なんだってここにいやがるんだ。」


「謹慎ですか? してましたよー! 

 謹慎しながら上様への嘆願書と、研究論文を何通も何通も書いては送って書いては送ってしてましたらー、十分に反省しているようだからってーってお許しが出ましてー。

 迷惑をかけたんだからお詫びに犬界さん達の調査にも協力しなさいって言われちゃいましたー」


「……そうか、良かったな。

 協力の方は必要ねぇから、仕事の方を頑張ってくれや」


「相変わらずつれないですねー!

 でも駄目ですよ駄目ですよ、逃しませんよー!

 扉に関しては前回の調査で完全な空振りでしたからねー! 何か手がかりを手に入れて、研究が前に進むきっかけになるまでは逃しませんよー、離れませんよー。

 何だったらおネイさんのお店までいって、犬界さんがひどいんですって泣きながら愚痴っちゃいますよー!」


「好きにしろよ……ネイがお前の言葉を本気にするとは思えねぇしな」


「もぉー! ちょっとくらい動揺してくれても良いじゃないですかー!

 駄目です駄目です、調査自体は上様からのご依頼なんですしー! 研究のためにも今後のダンジョン攻略のためにも、とっても意味のあることなんですからー! 嫌だろうが何だろうが付き合って頂きますよー!」


 そう言って深森は俺の腕をぐいと掴み、ぐいぐいと第二ダンジョンのある大番所の方へ引っ張っていこうとする。


 それを受けて大きなため息を吐き出した俺は、後ろで様子を見守っていたポチとシャロンに視線をやり……二人が仕方ないといった様子で頷くのを見てから、深森に言葉を返す。


「ああ、分かった分かった、分かったから手を離しやがれ。

 一緒に来ても良いし、研究にも協力してやるが、これから向かうのはそっちじゃねぇ、第一……小鬼のダンジョンの方だ」


 すると深森はぱぁっと明るい笑顔になって……笑顔のまま小首をかしげて疑問の声を上げる。


「えー? どうして小鬼の方に?

 ワタシ、アメムシを研究できるのを楽しみにしてたんですよー?」


「ただの確認だ。

 もう一度言ってみて本当に扉が出現しないかの確認をして……それが終わったらアメムシの方へ行くつもりだ。

 アメムシの方は扉の確認だけならすぐに終わっちまうからな……しばらくは小鬼の方と同時進行で情報を集めるつもりだ。

 ……何度かその形で足を運んでみて……それで何が分かるってもんでもねぇんだろうが、それでもやらないよりはマシだしな」


 と、俺が返すと深森は「ふんふん」と言いながら何度も頷き……「ならば早速行きましょう」と、そう言ってぐいぐいと俺のことを第一ダンジョンの方へと引っ張っていく。


 そうして何組かの連中が挑んでいる中のダンジョンへと入り、戦闘はなるべく他の連中に任せる形で奥へと進み……他の連中が何も無いからと足を運ぼうともしないダンジョン最奥の、あの部屋に到着する。


 相変わらずの森の光景、特に変わった様子のない部屋のような空間。


 何か変わった様子が無いか、見逃しが無いか、ポチとシャロンと、それと忙しなく落ち着きなく動き回る深森と一緒に見て回って……それなりの時間が経った頃、あの扉が……前回深森と調査に来た時には現れなかった扉が、いつの間にやらぽんと部屋の中央に出現する。


「……出やがったぞ、おい。一度限りって訳じゃねぇのか。

 ……おい、深森、早速開けてみるから調査の方を……って言うまでもねぇのか」


 扉が出現したことを認識するなり、扉の側へと駆け寄った深森は、手で触れて匂いを嗅いで、あれこれと調べて、扉の形、意匠などを紙に書き写し……そうしてからノブに触れて扉を開けようとする。


「……開けても良いが、開けたなさっさと中を確認して、確認したならすぐに閉めろ。

 鬼じゃない何かがいる可能性もあるからな……ヤバそうだったら即撤退だ」


 開けるなと言っても深森は聞かないだろうと考えて俺がそう言うと、長い耳をピクピクと動かしながら頷いた深森が、扉をそっと開けて中を覗き込み……俺の言葉の通りにバタンと扉を閉める。


「鬼です……鬼でした。

 たくさんの小鬼と鬼でした……凄い、報告書にあった通り扉の向こうに広い空間が……」


 こちらを向いて扉に背を預け、呆けた表情でそう言う深森。


 そうして呆けに呆けてから深森は、扉の裏や根本や蝶番やらを見やって突いて蹴っ飛ばしまでして調べ始める。


 そうやって深森が扉を調べる中……深森の言葉を信じていない訳じゃねぇが、それでも一応念の為にと、俺の方でも扉を開けて……以前見たのと全く同じ光景がそこにあるのを確認してから口を開く。


「扉と鬼が再出現するってのは朗報だな。

 再出現の条件として真っ先に思いつくのは……時間経過だろうな。

 鬼を退治して数日してからの調査では出現しなかったが……更に数日、結構な日数が経ってからは出現した。

 ならまぁ……時間経過と考えるのが普通だろう。

 そして時間経過だと確定させる為にも……もう一度鬼を倒してみて、再出現するまで毎日欠かさず足を運んで、一体何日経過したら再出現するのか、その正確な所を調べておきたい所だな」


 鬼が再出現するとなれば、大アメムシの方も恐らくは再出現するのだろう。


 大アメムシも再出現するとなったら……レリック・アーティファクトや質の良い鉄が山程手に入るってことになる訳で……その条件を調べる為に、ドロップアイテムが二度目でもちゃんと手に入るのかを確認する為にと、俺はポチとシャロンの方を見て……シャロンに「頼む」と声をかける。


 前回鬼と戦った時に使った毒薬の改良版。


 実際に使って見た結果、鬼に与えた効果を考慮して、シャロンなりに研究と改良を重ねたらしいソレを、荷箱からそっと取り出したシャロンは、竹筒に詰め込み、油紐を差し込んで、火種を用意してから、あの日のように「お願いします」とそう言ってくる。


 そして俺がそっとドアを開けると、竹筒がドアの奥へと投げ込まれて……そうして俺達の二度目の鬼との戦いが始まったのだった。


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