第59話 コボルトの意地
「あー、なんだこの美味さ。
手が込んでるって訳でも、すごい食材を使ってるって訳でもねぇのになぁ」
「簡単なんだけど、これで完成されているっていうか……この手軽さでこの美味しさは驚いちゃうなぁ」
俺とネイがそう言って、二口三口と食い進めていると、奥で調理をしていた割烹着姿の長白毛コボルトが、俺達のことをじーっと見つめてきて……こちらへとてくてくと歩いてくる。
「いやはや、楽しんでいただけているで、嬉しい限りです。
コボルト以外に受け入れてもらえるかどうか、少しだけ不安だったのですが……そのご様子であれば杞憂だったようですねぇ」
野太い声ながら丁寧にそう言ってくる……それなりに年がいってそうなおっさんコボルトに、俺は一旦食べるのをやめて言葉を返す。
「受け入れるも何も、普通に美味いぞ、これ。
この安さでこの手軽さならまた食いにきたくなるだろうなぁ……家の近所にあったら最高なんだがなぁ」
「ほんとほんと、これならアタシもまた足を運んじゃうなぁ。
揚げたてで食べてこその料理っぽいから、買いだめできないのが少し残念ね」
と、ネイがそんな風に俺の言葉に続いてきて、おっさんコボルトはにっこりと微笑み、満足そうに何度も頷く。
その様子を見ながら再びコボルト揚げを齧り、欠片も残すことなく綺麗に食べ上げた俺は……包み紙をたたみ、そっと長机の上に置いてから、おっさんに声をかける。
「しかしコボルトだけで商売しようとはまた思い切ったな。
道端で声をかけてきた店員は人間にも手伝ってもらってるなんてことを言っていたが……見た所、今日は何処にも居ねぇようだし、実際の所は店のほとんどをコボルトだけで回してるんだろう?
……言っちゃなんだが、なんだってそんな面倒なことをわざわざやってるんだ?」
コボルトだけで頑張ること、それ自体は悪いことじゃぁねぇんだが……コボルトにしか出来ないことがあるのと同様に、人間にしか出来ないこともある訳で……力仕事やら何やら、色々と人の手を借りたくなるだろう客商売をコボルトだけってのは、何らかの意図が合ってのことに違いない。
との俺の疑問に対し、おっさんは感慨深そうに一度頷いて……そうしてから言葉を返してくる。
「お客さんのおっしゃる通り、常から人と手を取り合ってやっていれば色々な部分で楽が出来ることでしょう。
ですがそれでも……それでも私共はコボルトの力だけで商売をやってみたかったのです。
人の手を借りるのは本当に必要な最低限だけで、後のことはコボルトだけで頑張る……つまりはまぁ、意地というやつですかな」
そう言ってガシガシと頭をかいたおっさんは、天井を見上げながら言葉を続ける。
「この世界の人達は皆私達に良くしてくださって、様々な活躍の場を用意してくださって、私共は今の今まで、何不自由なくこの地での暮らしを送らせて頂いております。
ただそれは……皆様の気遣いの結果と言いますか、綱吉公のお優しいお心があったからこそのもので、私達が自らの力で勝ち取ったものだとは言い難いのです。
それが悪いと言いたい訳ではないのです、私達のご先祖様達も色々なご苦労をされたのでしょうし、それなりの障害もあったのでしょうし……決して楽な道ではなかったのだと理解はしています。
人とコボルトが手を取り合う江戸の世のことは私も大好きですし、愛しておりますし……ですがそれはそれとして男の意地として、コボルトにしかない力で何か一つ大きなことを成し遂げてみたかったのです」
「なるほど」
と、話を聞く中で俺は呟く。
男の意地、コボルトの意地。
まぁ、そういうこともあるんだろうなぁと、感心するというか納得するというか、心に響くものがあって頷いていると、隣のネイがなんだか知らないが冷たい視線を送ってきて……そんな俺達の様子を見てくすりと笑ったおっさんが言葉を続けてくる。
「……そんな想いを心中に懐き続けていたある日のこと。
私共はダンジョンで活躍しているという、さるコボルトの話を耳にしたのです。
危険を承知でダンジョンに挑み、切った張ったの世界に身を投じ……見事に成果を上げているというポチさんの話を……!
あくまでポチさん一人でなく、ご友人の人間さんと手を取り合っての活躍との話なのですが……それでも私共の心は沸き立ちました。
まさかまさかコボルトがそんな活躍を! と!
ポチさんの勇猛果敢なる冒険譚を耳にする度、沸き立つ心はどこまでも膨れ上がっていって、更にはもう一人、女性のコボルトまでが参戦し、活躍なされているとか!!
そのことを知ったらもう、居ても立ってもいられず、夢を追わずにはいられず……仲間を集ってこの商売を始める決意を固めたという訳です」
真剣に、何処までも熱く語り続けるおっさんコボルト。
……だが俺達はもうそれどころじゃなかった。
まさかの名前が出てきてしまって、長い付き合いの友人のアホ面が、何処までも真剣なおっさんの頭上に浮かんできてしまって、吹き出すのをこらえるので精一杯。
肩を震わせ腹を抱えて、笑いが口から飛び出ないように、何度も何度も息を飲んで、どうにか笑気を鎮めようとする。
そもそもポチ以外にも同心やら密偵やら、色々な場面で活躍しているコボルトも居るだろうになぁと思うのだが……まぁ、それを今ここで口にするのは無粋なんだろうな。
「しかしながら事が商売となれば、ただ人間さんの真似をしていては駄目なのです!
体格が違う、手の構造が違う、ポチさんの冒険譚にあるようにそこは認めなければならないのです!
ならばと料理もあえて手の混んだものではなく、簡単で手早い……伝統的な、私共のご先祖が好んでいた料理にしてみてはどうだろうかと思い立ったのです!
そうしていざやってみると、様々な場面において私共コボルトは活躍できるのだとの再認識ができました! まったくもってポチさんには感謝してもしきれません!!
たとえばこの毛皮に油を塗り込んで、料理に混入しないようにと固めますと、油はねなどをしっかりと防いでくれますという予想外の効果が発揮されました。
更に私共は鼻が良い訳で、耳が良い訳で、それがまた揚げ料理などの際に―――」
そうおっさんコボルトが熱く語る中、よく見知った顔が……幼馴染かつ友人のあの顔が店先に現れる。
それはおっさんが名を上げたあのコボルトの顔で……どうやら小刀の調査を終えるか、休憩することにして、ここまで食事に来てしまったらしい。
その顔を見て……「美味しそうですねぇ」とか言ってそうな間抜け面を見てしまった俺とネイは、結局耐えきれなくなってしまい……腹を抱えて足をバタバタと騒がせながら、盛大に吹き出してしまうのだった。
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