第58話 コボルト屋
茶屋で食った柏餅のせいでなんだか妙なことになり……なんでか妙にご機嫌になったネイと俺は、それからゆっくりと六義園を見て回り……十分に初夏の景色を堪能してから、六義園を後にした。
「何処かにご飯でも食べにいく?」
六義園を出るなり俺の前を歩き、くるりと回転し、なんとも良い笑顔を見せながらそんなことを言ってくるネイに……俺がなんと返したものかと悩んでいると、コボルトクルミが描かれた竹竿旗を腰紐に差した割烹着姿のコボルトが側まで歩いてきて『堂々開店 コボルト屋』との文字の書かれたチラシを差し出してくる。
「コボルト屋?
何処かの店の宣伝か? 一体全体何の店だ……?」
膝を折ってそのチラシを受け取りながらそう言うと、コボルトが笑顔になって大きな声を張り上げてくる。
「コボルトの飯屋です!
コボルトがご飯を作ります!! 安くて美味しいですよ!!」
その声を受けて俺の側に駆け寄ってきたネイは、俺の手元のチラシを覗き込みながら言葉を返す。
「コボルトが……?
無理とは言わないけども、コボルトだけじゃぁ難しいこともあるんじゃない?」
「そういうことはお雇いした人間の助手さんが手伝ってくれます!
でも作業のほとんどはコボルトがやります! コボルトの伝統料理もでますよ!
今ならそのチラシを持っていけば割引です!!」
「へぇ……ちょっとおもしろそうね。
狼月、行ってみない?」
と、ネイがそう言いながらこちらに視線を向けてきて、同じく面白そうだと思った俺が頷くと、割烹着コボルトが満面の笑みとなって、店がある方向を指し示してくる。
「あちらの道を曲がった先、3軒進んだ所にあります!
行けばコボルトがいっぱいですぐに分かると思うので、どうぞどうぞ、ずずいと進んじゃってくださいな!」
その言葉に再度頷いた俺とネイが示されたままに足を進めていくと……広い空き地に作られた大きな屋根というか、なんというか……柱と屋根だけの建物が姿を見せる。
「……建物というかなんというか……野っ原店舗とでも言うべきか?
空き地に柱を立てて屋根を設置しただけって、凄まじいなぁ、おい」
「……まぁ、初期投資は少なくて住むだろうし、悪くないんじゃない?
商売に失敗したとしても柱と屋根を撤去したら良い訳だし……」
俺とネイがそう評する簡単な作りの屋根の下には、いくつもの机と長椅子が置かれていて……その奥、店舗というかなんというか、店の最奥には石積みの竈がいくつも並んでおり、割烹着姿のコボルト達が、懸命に鍋を揺らし、匙を振り回し、まな板の上で何かを練り込み、なんとも楽しそうに、元気に料理を作っていた。
そして長椅子のあちらこちらには美味しそうに食事をするコボルト達の姿があり……そこからはなんとも良い匂いが漂ってくる。
「揚げ料理に煮込み料理……なんだなんだ、思ったよりも美味そうじゃねぇか。
見たことない料理もあるし……結構期待出来るんじゃねぇか?」
「そうねー、あっちの変な……麺の天ぷらみたいなの、パリパリしてそうで美味しそうね」
その光景を眺めながら俺達がそんなことを言っていると、割烹着姿のコボルトが「いらっしゃいませー」との声を共にてこてことやってきて、空いている席まで案内してくれて……そこに腰を下ろすとコボルトに合わせた大きさの、やや小さめの品書きを手渡してくれる。
「どれどれ……コボルト揚げに、コボルト煮込み。
コボルト蕎麦に、コボルト包み。
……名前じゃぁよく分からねぇ料理ばっかりだな」
「……うん、全然分からないわね。
店員さん、おすすめは何?」
とのネイの質問に対し店員は、
「おすすめですか? 全部です!
全部ですけどー……自分の好みはコボルト揚げですかね!
むかしむかーし、おおむかし、あっちの世界のコボルトが食べていたお料理だそうで……コボルトクルミの粉末に小麦粉と水とお塩を混ぜて、こねてねって麺にして、麺をごわっと油で揚げちゃいます!
良い感じに揚がったらそこにお砂糖と良い感じに砕いたコボルトクルミをちょちょいとふりかけまして、あつあつかりかりあまあまです!」
「それじゃぁこっちのコボルト煮込みっていうのは?」
「揚げと同じ麺を、お野菜とコボルトクルミと、お肉と一緒にお醤油と昆布お出汁で煮込みます!
つるつるじゃなくて、とろとろな感じまで煮込んだ麺をむにむに味わいます!
お腹にやさしーので、疲れ気味の時とか、病明けのときにおすすめですよ!」
との説明を受けてネイが「良さそうじゃない?」との視線をこちらに向けてきて……俺が「美味そうだな」と頷いて返すと、ネイが注文を済ませてくれる。
「じゃぁそれを二つずつ頂戴な」
「はーーい! 揚げ二つに煮込み二つ、ご注文いただきましたー!」
そんな声に対し、竈のコボルト達から「はいなー!」との声が上がり……かなり早く、ほとんど間を空けることなく料理が届けられる。
「煮込み料理は事前に煮込んでおいて、揚げ料理は揚げる直前まで仕込んでおく……なるほど、早く出来上がる訳だなぁ」
「そうねー……値段も安いし、これで美味しかったら早い安い美味いの三拍子ね」
と、そんなことを言いながら俺達は、まずはと薄紙に包まれたコボルト揚げを手に取る。
紙に包まれた部分を掴み、がぶりと麺を感じるようにして食べる料理なようで……周囲のコボルトを真似して齧ってみると、なんとも言えない香ばしさと、かりっとした歯ごたえと、コボルトクルミの風味と、砂糖の甘さががつんと口の中に広がって……そうして俺とネイは、
『美味っ』
と、異口同音に声を上げてしまうのだった。
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