第57話 柏餅


「桜が終わって、青葉ばかりと思っていたが……そうか、六義園にはツツジがあったか」


 ネイと並んで六義園へと足を踏み入れると、赤、紫、桃色といった色とりどりのツツジ達が出迎えてくれる。


 またその美しい光景を見ようとやってきた散策客の数もかなりのもので……俺とネイはその流れに混ざりながら、六義園の光景をゆったりと眺めていく。


「和歌が元なんだっけ? この光景は」


「らしいが……俺もあまり詳しくはねぇな。そこら辺はポチの得意分野だ」


 ネイの問いにそう答えながら俺は……自分が知る限りの六義園の情報を頭の底から引っ張り出す。


 綱吉公の盟友、柳澤吉保が作った庭園で……四季それぞれの光景が楽しめるようにと、いくつもの丘が作られ、多種多様な植物が植えられ、池までが作られて……この庭園を綱吉公は深く愛し、足繁く通っていたそうだ。


 綱吉公の盟友だけあって、柳澤吉保もコボルトと仲が良く、庭園のそこかしこにはコボルトクルミの木が植えられていて、コボルト達が楽しめるようにと、背の低い木々を中心とした、コボルトの体格に合わせた規模の庭園も作られている。


 ゆったりと歩きながら見て回る、いくつもの区域に分かれた、かなりの広さの庭園だからか、所々に茶屋があり、茶室があり、立派な武家屋敷にしか見えない休憩所までが用意されている。


 また庭師の為の小屋もいくつかあって、その周囲には大小様々な道具を手にした庭師らしい法被姿のコボルトや人間達の姿があり……それぞれの体格を上手く活かし、協力し合いながらの庭仕事に励んでいる。


 特にコボルトは体重が軽い為、木の枝を折ることなく、曲げることなく木の上に登ることが出来て……大きな木の手入れには欠かすことの出来ない存在となっている。


 ……と、そこら辺のことをネイに説明しながら足を進めていくと、たまたま客がはけたらしい、赤いのぼりが並ぶ茶屋が視界に入り……ネイの様子を見て、そろそろ良い頃合いのようだとそちらへ足を向ける。


 峠のようになっているそこからは、青々とした木々と涼やかな池を望むことができて……こいつは良い光景だなと感嘆しながら白布に覆われた長椅子に腰を下ろし、品書きを手に取る。


「お、柏餅があるぞ、柏餅」


 そんなことを言いながら俺が、品書きにかかれた、最近発案されたばかりの餅菓子の名を指差すと、隣に腰を下ろしたネイが品書きを覗き込みながら言葉を返してくる。


「えっと、柏の葉っぱは、新しい葉が出来るまで落ちることが無いから、お家繁栄、子孫繁栄の縁起担ぎなんだっけ?

 ……柏の葉は食べられないから、あたし的に今ひとつなのよね」


「お前は桜の葉の塩漬けが好きだからなぁ……まぁ、今時期ならこっちの方が季節を楽しめるだろうよ。

 今日の所は俺に付き合え」


「まー、良いけどね。一つにしてよ? 庭園散策が終わったら普通のご飯も楽しみたいし」


 そんな会話をしながら割烹着姿の店員のコボルトに声をかけ、柏餅を一つずつと注文すると……すぐにコボルトが二つの柏餅を盆に乗せて駆けてくる。


「はいはい、柏餅ですよー。お茶はもうちょっとお待ちくださいね! 

 それとご夫婦でのご注文なのでお支払いは割引価格になりまーす」

 

 そう言いながら盆を差し出してくるコボルトに……俺は柏餅を受け取りながら言葉を返す。


「……いや、俺達は夫婦じゃぁ……。

 というか、なんだってまた夫婦だと割引になるんだ?」


「なんでも何も、柏と言えば子孫繁栄ですよ、子孫繁栄。

 そしたらもう、夫婦でいただくしかないでしょう?」


「いや、俺が聞いた話じゃぁ柏の葉は子供の健康を祈るもんだって……」


「いえいえいえ、コボルト達の中じゃぁもう、子供がわんさか出来る、夫婦仲を良くする葉っぱだって、評判ですよ?

 コボルトは子沢山、後継ぎが出来なくて悩むとかはそうないことですからねぇ」


 そう言って店員コボルトは、盆で口を隠して「うふふふ」と笑い……タタッと店の奥へと駆けていってしまう。


 そうして俺のネイの手には柏餅が残り……俺達はそれを見つめながら、なんとも言えねぇ空気に包まれてしまう。


 とは言えそのままじっとしていても、初夏の良い風のせいで柏餅が乾き硬くなってしまうだけ……。


 ならばと俺は、柏の葉をめくり……今更食べない訳にもいかないだろうと、がぶりと餅にかじりつく。


 良い上新粉を使っているのだろう、しっとりとした、柔らかな餅の感触があって……これまた良いあんこを使っているのだろう、さっと溶ける甘さと小豆の良い香りが口の中いっぱいに広がる。


 美味い。

 思っていた以上に美味いんだが……どうにも喉を通りにくいのは何でなんだろうな。


 隣のネイが俺のことをじっと見つめているからか、通りすがりのコボルト達がこちらに生暖かい視線を送っているからか……。


 兎にも角にも食べきらないことにはどうにもならねぇと、二口、三口と食い進める。


 そうこうするうちにネイも食べ始めて、熱々の茶が届けられて……茶も美味いし、餅も美味いんだがどうにも食べ辛いと唸りながら食べ進める。


 そうして平らげて支払いだとなって……さっき俺達は夫婦じゃねぇと言ったばかりなんだが、店員コボルトはそれでも良いものを見られたと、良い客寄せになったとかそんなことを言って、割引された金額しか受け取ろうとしねぇ。


「確かに俺達が食い始めてから急に客が来たようだが……ただの偶然だろう?」


 との、俺の言葉はさらりと無視され、それでも割引だと店員は譲らず……更にはネイまでが、良いから割引で払えと無言の肘打ちでもって伝えてきて……そうして俺は渋々、夫婦割引価格を支払うことになるのだった。

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