第56話 庭園へ
「それでその後はどうなったの? 意図的じゃなかったにしろ江戸城に傷をつけたとなったら大問題なんじゃない?」
あれから数日が経って……色々なことが片付き、ようやく落ち着くことが出来た俺は、ネイに声をかけ、二人で茶屋へと繰り出していた。
「当然問題にはなったが、俺達は特にお咎めなしだったな。
俺達よりもあの小刀がそういう代物だと気づいていたってのに、江戸城に向かって振るえと指示した深森の方が問題になってな……結果、大幅減給と20日の謹慎処分だそうだ」
店先の長椅子に腰を下ろし、熱々の茶を啜りながらネイの言葉にそう返すと、ネイは「へー」と呟き、脇に置かれた串団子へと手をのばす。
「で、ことの発端となったその小刀ってのは一体何だったの?
何かを飛ばして切り裂く刃なんて、まるで物語の中の代物みたいじゃない?」
「江戸に滞在しているエルフとドワーフの長老連中を呼んで調べてもらったところ、あれはレリック・アーティファクトって呼ばれる代物なんだそうだ。
あちらの世界で大昔に滅んだという文明の遺物、エルフ達の知識でもドワーフ達の技術でも作ることのできねぇ未知の道具。
一応魔力を原動力にしているらしいが、それ以外のことはさっぱり分からず、一度バラしてしまったが最後、訳の分からない構造過ぎて再び組み立てることすら不可能だと言われている代物なんだそうだ。
……まぁ、使う分には知識がなくても何の問題もなく、ただ振るえば良いそうでな、次回以降の探索ではポチの武器として活躍してくれるんじゃねぇかな」
「あれ? 幕府に献上っていうか、没収されなかったの?
そのまま使って良いんだ?」
「俺もポチも所属は御庭番、見ようによっては幕府の所有物を幕府の職員が使っているってな風にも見えなくはないからな……そういうことになるように上様が計らってくださったらしい。
幕府に預けて研究したとしても、構造も仕組みも何も分からねぇってんじゃぁ、倉庫の肥やしになるだけだしな……現場で使う方がマシってもんだろう」
「ふぅん……。
ちなみにその大事件をやらかしたポチとシャロンちゃんは今日どうしてるの? 何か用事?」
「江戸城の研究所であの小刀の調査をしているよ。
エルフやドワーフでも駄目だったんだ、ポチ達がいくら調べた所で何も出てこねぇんだろうが、それでも満足がいくまで調査をしたいらしい。
ちなみにあのアーティファクト、コボルトにしか扱えないそうでな……ダンジョンからそんな代物がドロップした関係で、ダンジョンとコボルトには何らかの繋がりがあるんじゃないかって話題にもなっているな。
俺達だけがあの扉に出会えているのも、そういうことなのかもしれねぇな」
そう言って俺が串団子に手を伸ばし、たっぷりと醤油だれの塗られた団子を頬張っていると、ネイが半目になって言葉を返してくる。
「……コボルトにそんな特別な力があるってなったら、色々問題起きそうじゃない?
無理矢理ダンジョンに連れていっちゃうとか、騙して連れていっちゃうとか」
大方のことを分かった上で言っているだろうネイに、俺もまた半目になりながら言葉を返す。
「そんなこと上様と幕府が許す訳ねぇだろうよ。
ダンジョン探索者達には、そういったことをしたなら厳罰だと通達しているし、法整備も進んでいる。
当然コボルトの長老達や、コボルト連絡会、人とコボルトの会、異界連合会なんかや、保育園にも連絡が行っている……問題はねぇだろうよ」
「そ、なら良いけど……まぁそうね、ダンジョン商工会としてもそんな連中がいたら出禁処分にするように連絡を回しておこうかしら」
そう言って串団子をかじるようにして食べたネイは、串を皿の上にからんと置いて……すっくと立ち上がる。
「いきなり二人っきりで出かけようなんて言うから驚いたけど……要はせっかくの休日なのに、ポチとシャロンちゃんが居ないもんだから一人寂しくやることが無いって訳ね。
そういうことならしょうがないしょうがない、可哀想な狼月に今日一日付き合ってあげましょう」
立ち上がるなりそう言って、良い笑顔をこちらに向けてくるネイ。
白い歯をむき出しにしてのその笑顔は、まるで子供の頃の笑顔のようで……支払い分の銭を長椅子の上に置いた俺は、どう言葉を返したものか分からず、頭を掻きながら立ち上がる。
「で、今日はどこに行くの?
また食い道楽? それとも別の道楽?」
俺が立ち上がるなり側にやってきながらネイがそう言ってきて……俺は尚も頭を掻きながら言葉を返す。
「正直何処に行くとかは決めてねぇんだよなぁ。
何か食いに行っても良いし、遊びに行っても良い……ネイの方で何処か行きたいところはあるか?」
「なによ、あたし任せ? 甲斐性がないわねぇ……。
それなら久しぶりに、庭園散策でもしてみる?
今の時期なら六義園が良いかしら?」
綱吉公の盟友、川越藩主・柳澤吉保が造園したその庭園は、柳澤家の好意により一般公開されており、その美しさから天下の大名園として知られている。
桜の時期ならしだれ桜が、初夏なら青々した草木が、秋なら紅葉が、冬ならしんしんとした雪景色が見るものを楽しませてくれる。
桜が散ってしまった今くらいの時期でも、いくらかの花が咲き始め、いくらかの木が芽吹き始めていて……十分楽しむことが出来るだろう。
更には茶屋もあるし、飯屋もあるし、そっち方面で楽しむのも悪くないかと頷いた俺は、ネイと共に六義園へと足を向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます