第53話 大アメムシ戦
ドアの向こうの様子をさっと眺めて、小さくなった大アメムシ以外に何も居ないことを確認した俺は投げ紐を手放し、両手で持った大盾に大アメムシを張り付けたまま、一気に部屋の中央へと駆けていく。
そうしてから大アメムシごと大盾を床へと叩きつけ、何度も何度も叩きつけているうちに、ポチとシャロンが駆けて来て……ポチは右に、シャロンは左に、大アメムシを囲うように陣取り、戦闘態勢を整える。
「やばそうならすぐに撤退だ、っていうかなんでこいつは小さくなってやがるんだ!?」
盾を何度も何度も叩きつけながら俺がそう言うと、ポチが鋭い声を返してくる。
「恐らくですが水分を失ったことで濃縮されたのでしょう!
つまりあれは魔力の塊である可能性が高く……衝撃を与えて魔力を拡散してしまえば倒せる……はずです!」
「す、水分を失っているなら塩や石灰は効かない可能性があります!
魔力に効く毒なんて存在しているかも謎ですし、私は礫を投げることに徹します!」
ポチに続いてシャロンが自信無さげな声でそう言って来て……俺は「なるほど」と頷き、盾を何度も何度も、力いっぱいに振るう。
魔力は衝撃で拡散するらしい。ということはこの先は力技の世界、俺の出番ということになる。
ポチやシャロンの投げ紐はかなりの威力があり、小鬼を相手にする場合や人を相手にする場合は頼りになるが……面の衝撃という意味では今ひとつであり、今回ばかりは出番はねぇだろうな。
と、そんなことを考えながら盾を叩きつけていると、ずるりと音を立てながら大アメムシが盾から剥がれ、逃げるようにして地面を這いずり俺から距離を取る。
それを見て俺達はすぐさま盾を構えて、大アメムシの遠距離攻撃に備える。
近距離攻撃をするつもりならば、あんなに必死に距離を取る必要はないはずで……そうして予想していた通りに大アメムシの身体から、俺達それぞれに向けて薄黒い体液が発射される。
ポチとシャロンはその脚を活かしての回避をし、俺は大盾でそれを受け止めて……受け止めた大盾の上部がその液体と反応し、ずるりと溶けて、溶けた鉄と液体がシュウウと音を立てながら黒い煙になって消え去る。
「ぬおおおおおお!?」
まさかそんなことが起こるとは予想もしておらず、思わず大声を上げてしまった俺に向けてシャロンが鋭い声を上げてくる。
「狼月さん! 大丈夫です! 一部が溶けただけです!!
それよりも今は大アメムシの方へ意識を!!」
ポチと共に礫を次々と投げ放ち、大アメムシを牽制しながらのその声に、俺はこくりと頷いてから盾を下げ、大アメムシをしっかりと視界に捉える。
鉄製の大盾がこのざまじゃぁ、身体に直撃したらどうなるやら分かったもんじゃない。
石床は溶かさずに鉄だけを溶かすらしいあの液体は大盾で防ぐのではなく、回避に専念することにして……この役立たずとなった大盾は鈍器として扱うことにしよう。
殴る為の構えへと変えて体勢を整えて……そのまま大アメムシの方へと駆けていこうとすると、大アメムシはそうはさせないぞと言わんばかりに、次々に体液を発射してくる。
盾では防げないそれを、命中したら一巻の終わりのそれを……必死に回避し、飛んで跳ねて駆けずり回って……ポチとシャロンがそれを止めさせようと次々と礫を投げる中、回避し続けていると、シャロンから焦りの声が上がる。
「つ、礫が、そろそろ礫がなくなります!
塩や石灰はまだあるんですが……!!」
その声を受けて脳内にちらつく撤退の二文字。
塩や石灰を試してみても良いかもしれないが……鉄を溶かし煙に変えちまうような常識外の液体に効果があるのかは微妙な所だ。
……となると、やはり撤退しかないかと、飛んでくる液体を必死に回避しながら考え込んでいると……ポチが声を上げてくる。
「塩も石灰も、そして撤退する必要も無いかもしれませんよ!
奴の消化液も無限ではないようです!!」
その声を受けて改めて大アメムシを見やると、その身体は明らかに縮んでしまっていて……消化液を発射する頻度も勢いも、明らかなまでに衰えていることが分かる。
魔力を濃縮して作った身体である以上、その魔力を発射してしまえばそうなるのは当然の結果であり……大アメムシにとってあの消化液は一か八かの賭けというか、身を削る思いで放った決死の大技だったようだ。
ならばその大技を回避し続けて、放てなくなるまで回避し続けるのも一つの手だったが……相手は魔力という不確かな存在、何らかの方法で回復したり、何処かから取り込んだりしたら厄介だ、今のうちにトドメを刺した方が良いだろう。
「ポチ! シャロン! 礫を全て使う覚悟で牽制を頼む! 一気に距離を詰めて奴が潰れるまで殴りつけてやる!」
そう言って俺は大アメムシを見やり、両手で大盾をしっかりと持って大アメムシの方へと駆け出す。
低く構え、いつでも消化液が飛んできても良いようにと備えながら駆けていって……ポチとシャロンの放った礫が大アメムシの身体をバシバシと叩く中、構えた盾を思いっきりに大アメムシへと叩きつける。
すると大アメムシは、それを待っていたかのように大量の消化液を吐き出し……盾がシュウシュウと溶け始めて、俺は溶けかけの盾を何度も何度も大アメムシへと叩きつける。
大アメムシの魔力が衝撃で拡散するのが先か、盾が溶け切るのが先か……何度も何度も息を切らしながら全力で叩きつけた結果は……大アメムシの勝利、大盾の敗北というものだった。
そのほとんどが溶かされ、完全な役立たずとなった持ち手を投げ捨てた俺は、腰紐に下げてある刀へと手をやる。
衝撃という意味では今ひとつな刀だが、それでも無いよりもマシというもの。
これでトドメだと抜こうとした瞬間、消化液が吐き出され……とっさに飛び退いて回避した結果……消化液が鞘へと当たり、鞘ごと刀が溶けてしまう。
刀身が無くなり、役立たずとなり、仕方なしに脇差を抜き放った俺は、こんな脇差で何が出来るのかと歯噛みしながら脇差を振り上げる。
「とぉぉぉぉおおおう!」
「せぇぇぇぇぇい!!」
―――その時、ポチとシャロンがそんな声を上げながら飛び込んでくる。
それぞれが持っていた盾を大アメムシへと叩きつけて、その小さな身体で小さなその盾を何度も何度も叩きつけるコボルト達。
交互に、まるで餅つきのように大アメムシは叩きのめされて……そうして、今度は大アメムシの方がシュウシュウと音を立てながら溶けることになる。
そうして大きかったアメムシは、どんどんと小さくなっていって……そのまま跡形もなく溶け切ってしまうのだった。
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