第52話 大アメムシ


 第二ダンジョンのまさかの真実を知った俺達は、項垂れたまま帰宅し、不貞寝をするために翌日を休養日として……翌々日。


 しっかりと準備を整えた俺達は、第二ダンジョンを完全攻略すべく、あの近道を利用した上でダンジョン最奥の大広場へと足を運んでいた


 周囲を警戒しながら大広場に腰を下ろし、第一ダンジョンの時に姿を見せたドアはまた現れるのだろうか、そしてドアの出現条件は一体何だろうかと考えていると……またもいつの間にかドアが……石壁洞窟にふさわしい、石造りのものが広場の中央に出現する。


「……第一ダンジョンに比べると、かなり早く出現した感じがあるな。

 今回は近い道を使ってのあっという間の到着の上に、魔物との戦闘を一切行っていねぇ。

 ……その分だけ待つことになると思っていたんだがな」


 そう言いながら俺が立ち上がると、ポチが顎をその手で撫でながら「ふぅーむ」と唸り、言葉を返してくる。


「どうやらダンジョンの攻略具合とか、攻略時間はドアの出現条件ではないようですね。

 この大広間に入ってからの時間が重要で……ここで少しの間待機していればそれで出現してくれる……?

 それにしては他の方々の前には姿を見せないんですよねぇ、このドア。

 ……まぁ、僕達が持っている情報と、可能性については既に上様にお伝えしてありますし、上様の方で検証を進めてくれているとのこと……ドアの出現条件について考えるのはここまでにして、ドアの向こうのことを考えましょう」


 ポチの言葉に頷き返した俺はドアへと近付き、念の為にドアの裏側や横がに何か変わった所がねぇかの確認をし……そうしてからドアノブへと手をかけ、そっとほんの少しだけ開けてみて、そこから中の確認をする。


「……ま、予想通りだな」


「大アメムシ、ですかね」


「狼月さんを丸々飲み込めちゃいそうですねぇ」


 俺、ポチ、シャロンの順でそう言って、ドアをばたりと閉める。


 鬼の時よりも広い石造りの部屋を埋め尽くさんばかりに膨らむそれは、まさに大アメムシ、数百匹のアメムシをくっつけたら出来上がるんじゃないかという程の大きな身体をしていて……その周囲の壁や床に、数え切れないほどのアメムシ達が張り付いていた。


「全くの未知数の大アメムシも厄介だが、あの数のアメムシもかなり厄介だな。

 あの数全部が消化液を吐き出してきたなら、回避も防御も何もない、確実に食らうことになるだろう。

 ……と、いう訳で、ここはこれに頼ろうと思うんだが、どうだ?」


 と、俺がそう言って背負鞄にかけていた投げ紐を手に取ると……ポチもシャロンもこくりと頷いて、俺の案に賛成してくれる。


「ここまで来て塩ってのもねぇだろう。

 こっちに炎や熱が来るのはドアで防げる訳だしな、こいつでやってやるとしよう」


 続くそんな言葉にもポチ達は頷いてくれて……すぐさまシャロンが背負鞄から取り出し、床にずらり石灰包みを並べてくれて、それを手に取った俺達は、皿に置いてから投げ紐を振り回し……振り回しながらドアノブへと手をかけ、ドアを大きく開け放ち、その中へと次々に石灰包みを投げ入れていく。


 ……大目標は当然大アメムシだが、他のアメムシにもしっかりと投げつけておかねぇとな。


 今回は戦闘が一度も無かったおかげで石灰は十分な量があり……その全てをここで使い切るつもりでどんどんと投げ入れる。


 そうやってありったけの石灰を投げ入れながら、石灰を受けて悶えるアメムシ達の様子を観察し……煮えたぎり、その色を変化させ始めた辺りで、こいつはやばそうだとドアを閉めて、念の為にと俺とポチの身体でぐっと押し込んでおく。


「……シャロン、だいたいどのくらい待ったら、ドアの向こうに入っても良いもんなんだ?」


 ドアを押さえつけながら俺がそう聞くと、シャロンはこくりと首を傾げて……傾げたまま「うーん」と頭を悩ませ……そうしてから言葉を返してくる。


「正直に言うと謎ですねぇ。

 あの部屋にどのくらい空気があるのか、どんな可燃物があるのかにもよりますしー……大アメムシの生態もアメムシと同じと考えて良いのやら……。

 ……そもそもこのダンジョンの在り方がよく分かりませんからねぇ……この明かりや空気が一体どこから補充されているかにもよります。

 何処かから空気が循環していて、そこから熱が逃げるようなことがあれば……思ったより短時間で終わるかもですし……。

 その石製のドアから熱が伝わってきたりはしないんですか? なにかの振動とか……?」


 そう言われて俺とポチはドアに頬や耳をぐっと押し当ててみて……熱や振動が伝わってこないかを確かめる。


 だが僅かな熱も、振動も伝わってくることはなく……ただ冷たい石がそこにあるだけで、仕方ないかとため息を吐き出した俺達は、ドアを押さえたままそれなりの時が経つのを待つことにする。


 そうして、シャロンがそろそろ良いのではないかとの判断を下すくらいの時が流れて……ドアから体を離した俺達はそっとドアを開けて中の様子を確認する。


 石灰が反応を起こしたためか、ほとんどのアメムシ達が蒸発しきっていて……僅かにその皮の残骸のようなものがこびりついているのみ。


 大アメムシの巨体もすっかりと姿を消していて……これは勝負するまでもなく勝ったかなと、俺がそんなことを考えて気を緩めていると……鼻を突き出し、部屋の中の匂いを確認していたポチとシャロンが尻尾をピンと立たせての警戒態勢を取り始める。


 俺はそんな二人を見て、二人がそうするのならそれなりの意味があるのだろうと、大盾を構えながら一歩前へと進み出て……そのままドアの向こうへとぐいと大盾を押し出す。


 すると突然、何かが大盾にぶつかってきて、凄まじい衝撃が大盾から伝わってきて……、


「まさか!?」


「ちっちゃくなってる!?」


 と、ポチとシャロンが鋭い声を上げる。


 その声を受けて俺が大盾の向こう側へと視線をやると、そこには小さなアメムシが……いや、まるであの大アメムシを煮詰めて小さくしたように、薄黒く濁り固まったアメムシとは呼べない何かが蠢いていて……それを見た俺達はここからが本番かと、気合を入れ直すのだった。

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