第51話 第二ダンジョンに秘められた真実


 物置を出て、ドロップアイテムを預けて、そうして道場へと戻ってきた俺達は、装備や道具の手入れをしながら今後のことを、あのダンジョンをどう攻略するかを話し合うことにした。


「……あの歩いているだけで疲れてしまう通路の長さと分かれ道がどうにも厄介だ。

 最奥までどれくらいあるのかも分からないし、最後の最後には鬼のような親玉が待っているはずだ。

 いつ襲われるかと緊張しながらあの距離を歩くのはかなりの負担になるし、そのことを思うとそれなりの工夫というか、攻略法を練る必要があるな」


 道場の中央にどかりと座り、革鎧を油を染み込ませた手拭いで拭きながら俺がそう言うと、すぐ側で同じく装備の手入れをしていたポチが「うぅん」と唸ってから言葉を返してくる。


「……ちゃんと地図を作っている訳ですから、地図を参考にしながら最短距離を行くのが一番でしょうね。

 アメムシとの戦闘もできるだけ体力を使わないようにして、塩も石灰もどんどん使って楽をしていく方向が良いと思われます。

 分かれ道の確認は一度だけで十分でしょう、狼月さんが言っていたような奇襲の可能性はありますが……前回のダンジョンの経験から魔物が出現する地帯は一定であることが分かっています。

 一度確認し、それでも不安なら二度確認して、出現地帯をしっかりと把握して地図に記し、以後は確認をせず地図の通りにさっさと進む。

 どうしても奇襲が不安なら定期的に通路に塩や石灰を撒いておくというのも手ですね。

 何なら測量道具を持っていって、通路の長さを正確に測定し、どれだけの塩が必要になるのかも計算で導き出しちゃうのも良いかもしれません」


「そうすると……しばらくは攻略と言うよりも、地図を作るための探索が主になる訳か。

 アメムシとの戦闘も程々にしてまずは地図の完成を目指す。

 そうしてから最奥の、恐らくいるだろう親玉の攻略をしていく。

 ……一回や二回ではなく四、五階は潜る覚悟をしておいたほうが良さそうだな」


 俺とポチがそんな会話をしていると、シャロンが手入れをしていた投げ紐をすっと差し出してきながら声を上げる。


「そういうことならお二人もこれの使い方を練習しましょう。

 塩や石灰の包みを投げるのに最適ですし、礫なんかを投げる際にも重宝します。

 最悪現地調達ということで、ドロップアイテムを投げつけて戦うなんてことも可能な訳ですし……毒だって私が調合して渡せば良い訳ですから、習得して損は無いと思いますよ。

 ……これを習得して塩を投げて投げて投げまくるのが、一番楽な戦法だと思われます」


 シャロンにそう言われて俺は……投げ紐を手に取り、手拭いを丸めたものを礫代わりにして見様見真似といった形で振り回してみる。


 そうやって投げてみると確かに楽で、思ったより遠くに飛んでくれて……なるほど、悪くは無さそうだ。


 何度か練習をしておけばシャロンのように器用にというか、戦闘をしながら戦場を駆け回り、正確に狙ったところに当てることは難しいだろうが、大体狙った方へと投げることは出来るだろう。


「……よし、なら棒の方は腰に挿しておいて、盾と投げ紐を主に使うことにして、体力を温存する方向で行くとしよう。

 塩の消費量がとんでもないことになりそうだが……幸い江戸は海沿いの街だ、塩に困ることはねぇだろうさ」


 俺のその言葉に、ポチとシャロンが頷いてくれて、そうして方針が決定となる。


 そうして俺達は翌日から、何度も何度も、地図が完成するまでダンジョンに潜ることになったのだった。



 

 結局、ダンジョンの最奥に至るまで俺達は、予想以上の七回もダンジョンに潜ることになってしまった。


 何度も何度も全く同じ構造の分かれ道があり、それが何度も何度も繰り返されると、地図があっても今何処にいるのかが不安で、地図を見間違えていねぇかが不安で……いつ襲われるか分からねぇという戦場さながらの緊張感もあって、すんなりとは行ってくれなかったのだ。


 ただ七回目で……最奥にたどり着いた七回目の探索で俺達はあることに気付くことになる。


 地図を書いておいて本当に良かったというか、なんというか……しっかりとした縮尺の地図を書ける技術を持ったポチがいなかったら……こんなこと気付けるはずがねぇってんだ。


 何度も何度も曲がりくねり、大きな円を描くような形となっているダンジョンの、最後の分かれ道の、最奥の特別大きな広場へと至る道の反対側……何にもねぇ、何でもねぇはずの行き止まりが……ダンジョンの入り口の真横、壁の向こう側に位置していたのだ。


 脚の筋肉や足の裏が、ボロボロになる程の距離を歩いて、何度も何度も同じ構造の分かれ道を経験して……まさかここが入り口の側だなんてことは、思いつきもしないだろう。


 角度も縮尺も完璧な、正確なポチの地図があってこそ気づけた……このダンジョンの真実がそこにあった。


 つまりはまぁ、うん……その道の先にある壁は、行き止まりだと思われたその壁は、ただの見せかけだったのだ。


 この壁を壊せたらどんなに楽なことかと手を伸ばしてみると、手がするりと壁を貫いてくれて、その光景に驚きながら歩を進めて……思い切って壁を通り抜けてみれば、そこにあるのは入り口のあの裂け目。


 勿論入口側から壁を通り抜けることも可能で……つまるところ俺達は、入口の側にある一瞬で最奥にたどり着ける近道に気付きもしないで、無駄な遠回りをしてしまっていたのだ。


 地図を作れたことを思えば完全な無駄ではないのだが……このダンジョンに入った際に、もう少し丁寧にというか、用心深く壁を調べていたら気づけたはずのその道の存在を知った俺達は、裂け目のすぐ側で膝から崩れ落ち、ぐったりと項垂れることになってしまった。


「……さ、最初の探索を含めて合計八回。

 たっぷりと汗をかき、何度も何度も筋肉を痛めて、足の皮が剥ける程に歩き回ったのが全て無駄だったって訳だ。

 ……なんだってまた、このダンジョンが二番目の難度なのかと不思議に思っていたが……なるほどな、幕府の探索隊はこの隠し通路の存在を知っていたって訳だ」


 項垂れたままそう言う俺に、ポチもシャロンも言葉を返してこない。

 ただただ脱力したまま……項垂れたまま微動だにせずに疲労感と絶望感をかもし出している。


 そしてそんな俺達の態度は、行動不能だとみなされたようで……そうして俺達はダンジョンの外へと吐き出されてしまうのだった。

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