第50話 吐き出され


 休息を終えて、探索の続きだと立ち上がった俺が、左右の道どちらに進んだものかと悩んでいると、ポチがすっと右の道の方へと立ってピンと耳を立てて……それを見たシャロンが右の道の奥の方へと投げ紐でもって攻撃ように持ってきていたらしい礫を投げる。


 投げられた礫が壁に当たり床に落ち、その音が反響する中……こくりと頷いたポチは、左の道の方へと立って、シャロンが先程と同じように礫を左の道へと投げる。


 そうして再び響いてくる礫の音を立てた耳で拾い、


「……音の反響からして右は行き止まり、左は奥へと続いている感じですね。

 どうします?」


 と、そう言ってくるポチに俺は「右にするか」と返す。


 コボルトは人よりも数段耳が良い、そのコボルトが行き止まりだと言っているのだから間違いなく行き止まりなのだろう。


 そして右の道が何も無い、ただの行き止まりであれば問題はねぇんだが……アメムシがたっぷりと詰まったアメムシ溜まりだったなら最悪だ。

 左の道を進んでいる最中に、後方からの奇襲を食らう可能性がある。


 俺のその考えはわざわざ言わずとも二人に伝わったようで……俺を先頭にポチ、シャロンという形で並びながら右の道へと足を進める。


 ……が、右は一切何も無い、本当の行き止まりで、俺達は小さなため息を吐き出しながらも、必要な確認だったと気持ちを切り替えてから踵を返し……広場へと戻り、左の道へと足を進める。


 ほぼほぼ一本道だった小鬼のダンジョンと違って、このアメムシのダンジョンはこういった分かれ道がいくつもあるようで、その後も俺達は何度か分かれ道に遭遇し、その都度礫を投げての確認と、行き止まりに何があるのかといった確認をすることになった。


 だが特にアメムシが居るような様子もなく、罠や仕掛けがあるといった様子もなく、ただただ繰り返して左右や前右、前左といった形での分かれ道があるのみ。


 あれ以降アメムシと遭遇することも無くなって……そうして俺達は結構な距離を歩かされることになった。


 そうして更に奥ヘ奥へと進む中……俺はぼつりと言葉を漏らす。


「ポチとシャロンのようなコボルトが居なかったら、今以上に消耗しているんだろうなぁ。

 どっちが行き止まりか分からないまま足を進めて、進んでは行き止まりに当たって落胆し、行き止まりでない道を選び取り先に進めたとしても、反対側に何があったのだろうかと疑心暗鬼になり……しかもそれが何度も続く。

 体力もだが心も消耗しちまって……たかが分かれ道だってのに、思った以上の厄介さだな」


 そんな俺の言葉に対し、俺の背後で鼻をすんすんと鳴らして警戒をしていたポチが言葉を返してくる。


「分かれ道がある度に地図を書いて、しっかりと両方の道を確認して、疲れてしまったら撤退して、次の攻略では地図を参考にして……という形を取ったとしても結構な手間と時間がかかりそうですねぇ。

 今は二つに分かれているだけですが、これが三つ四つの分かれ道となったらもっと厄介で……ダンジョン全体がこちらを迷わせるような作りになっていたなら、地図を書いていたとしても迷う可能性がありますし……魔物に襲われるまでもなく疲労や飢え、乾きで命を落としてしまうかもですね」


「……しかしあれだな、今まで考えもしなかったつーか、思いつきもしなかったことなんだが……。

 ダンジョンってのは行動不能になったら外に吐き出されるもんなんだろ?

 それなら疲れたり飢えたりしても、死ぬ前に吐き出されるだろうから全く問題ねぇんじゃねぇか?

 ……それだけじゃぁなくてよ、ある程度進んだらわざと行動不能になるっつぅか、わざと動きを止めて吐き出されるのを待つってのもありなんじゃぁねぇか?」


「え? ああ、そう言えばそうでしたね。

 確かにそれも一つの手と言えそうですが……しかしそうなると『吐き出され』の条件がよく分かりませんね?

 僕たちだって休憩中はほとんど行動をとっていない訳ですし……行動不能とも取れないこともない休憩中に吐き出されないのは一体どうして……?」


 と、俺とポチがそんな会話をしていると、シャロンが「あのー」と声を挟んでくる。


「休憩中といっても飲食はしている訳ですし? 私達コボルドはゆるりと尻尾を振っていたりする訳ですし? 身じろぎや瞬き、呼吸なんかでも動いていると言える状態にありますよね。

 そうした動きを一切止めて……死んだ振りのような真似をしたなら、あるいは吐き出されるのかもしれませんよ?

 結局は実際に試してみないと分からないことですがー……」


 その言葉を受けて俺は、はたと足を止める。


 そしてポチ達の方へと振り返り……試してみてぇなぁと、表情で訴えかける。


「いやいや、いやいやいやいや。折角ここまで来て何を……。

 ま、まぁ、試した結果どうなるという確信を得ておけば、いつでも脱出路を確保できる訳ですし、悪くはない考えですが……」


 そう言ってなんとも苦い表情をするポチに、俺はじぃっと視線を返しながら言葉を返す。


「ポチ、地図は書いてあるんだろう?」


「はい、抜け目なく」


「もう随分と歩いたし、戦闘もあったし、行ったり来たりで結構疲れたよな」


「そ、それはまぁ、そうですが……」


「ならまぁ、試すくらいは悪くねぇんじゃねぇか?」


「せ、せめて次の広場までは進みましょうよ……地図的にも探索的にも切りの良いところまではやっておきたいですし」


 とのポチの言葉を受けてシャロンへと視線をやると、シャロンはこくりと頷いて賛同の意思を示してくれる。


 それを受けて俺は足取り軽く道の先へと進んでいき……もう何個目になるのか、じとっとした空気の漂う広場へとたどり着く。


 そうしてから広場の安全を確認し、またも左右に道が別れていることを確認し……そうしてから広場の床にばたりと伏せて大の字になる。


 動かないで良い体制といったらやっぱりこれだろうと、俺がそのまま呼吸を止めてじぃっとしていると……シャロンとポチも俺に続いて床に伏せてくれる。


 そのまま数秒……数十秒の時が流れて、いい加減呼吸を止めてるのも辛くなってきたなって所で、なんとも言えない目眩が俺を包み込む。


 床に伏せているっていうのに視界が揺れて、体全体が揺れて……それからダンジョンに入った時のあの感覚があり……そうして目眩が収まると、全身に伝わってくる床の感触が、ダンジョンのそれから木の床に変わっていることに気付く。


 周囲の空気がじめじめした空気からさらっとした空気に変わっていて、木と埃の香りが鼻をついてきて……目を開くとそこにあったのは物置の光景だった。


「……なんだかあれだな、今まで歩いて帰ってきてたのが馬鹿みてぇだな……」


 体を起こしながらそう言うと、同じく立ち上がりながらのポチが、


「はい……本当に。

 こんなに簡単に帰ってこれちゃうんですね」


 と、そんな言葉を漏らすのだった。

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