第49話 一息ついて


 アメムシとの戦いの後、ダンジョンを道なりに進んでいくと、そこにはったのは大きな広場だった。


 以前のダンジョンにあった広場と大体同じ広さで、そこから左右に別々の道が伸びていて……魔物の気配は欠片も感じられねぇ。


 であればと俺達は、一旦休憩しようと互いに背を預け合いながら腰を下ろし……いつものように妹のリンが拵えてくれた弁当に手を付けることにする。


 俺とポチとシャロンの分も用意してくれた今日の弁当は、いつもの握り飯とは違う、人数分の長四角の竹籠に入っていて、その蓋をそっとあけると……その中にあったのはふっくらと膨れた茶色の塊……確かパンとか呼ばれている食い物だった。


 小麦の粉をこねて焼くと出来上がるそれは、うまくやると保存食になるとかで、幕府がどうやったら美味くなるかだとか、保存食にするにはどうしたら良いかなどの研究を進めていて……白米の普及で食されることが少なくなった麦の使い途を模索する意図もあって、家庭でも積極的に食べることが推奨されている。


 今ひとつ腹持ちが悪いというか、すかすかの食感が気に入らなくて俺はあまり好きじゃぁねぇんだが……リンはパンのことを大層気に入っていて、時たまこうやって俺達の分まで焼いてくれたりするのだ。


「あぁ、やっぱりこの香りはパンですか、良いですねー。

 そしてなんだか甘い香り……ああ、これは、なるほど。

 リンさんは発想力が豊かなんですねぇ」


 と、シャロン。

 どうやらこのパンは甘い味付けがされているらしい。


「ああ、なるほど、確かに良いですねこれは。

 良い小豆の香りがしてきます」


 と、ポチ。

 小豆で甘い……? もしかして……?


 と、そんなことを考えながら普通の鼻しか持っていない俺は、食べてみれば分かることだと、竹籠の中身を手にとって、それにかぶりつく。


 なんとも香ばしい、米には無い香りが口全体に漂ってきて、ふんわりというか、もさもさというか、独特のパンの食感があり……そしてその奥に隠されていた甘さが、食べ慣れたあの甘さが口の中いっぱいに広がる。


「あんこか」


 言わずと知れた甘味の王道。

 甘味と言えば干し柿かあんこかという論争が起きる程に皆に愛されているその味は、パンの食感とよく合っていて……味気ないとも言えるパンの味が数段上のものへと昇華されていた。


「美味い……美味いんだが、喉が乾くな、これ」


 と、そう言って俺は水筒を取り出す。

 蓋をあけて中身を口の中に流し込むと……どうやら中身はリンが淹れてくれた渋い冷やし煎茶のようで、それがまたあんこの甘さと喉の乾きを良い具合に整えてくれる。


「なるほどな、こうして食ってみるとパンも悪くないもんだな。

 中にあんこを入れる、か……他にも色々なもんを入れても良いかもしれねぇなぁ」


 そんな感想を口にした俺は、パンの残りを口の中に押し込み、味わい……煎茶と共に飲み下す。


 あんこのおかげか満腹感も中々のもので……以前食べたトーストとか言うのよりは好みというか、なんというか、また食べたくなる味だった。


 甘さのおかげで疲れも飛んでいったように思えるし、腹の底から力が沸いてくる。

 煎茶のおかげもあって頭も冴えてきたようで……俺はさっきやりあったアメムシについてを考え始める。


 水と薄皮だけの存在で、ああやって動けたりこちらを感知出来たりするのは、やはり魔力とやらのおかげなのだろう。

 エルフ達やドワーフ達が持つというその力は、幕府でも研究していて、日常でも活用している力ではあるが、その全容は未だに謎で、特に魔力を持たない俺達には理解するのが難しい存在となっている。


 魔力で動けて、魔力で俺達を感知できて、そして塩でああなるのもまた魔力が影響してのことなのだろう。


 そしてその魔力は衝撃で散らす事ができる……と。


 全く訳が分からねぇなぁとため息を吐き出していると、そんな俺の思考を読んだのか、あんこパンを食べ終えたポチが煎茶をすすりながら声をかけてくる。


「アメムシのことなら、僕はドロップアイテムのことが気になりますね。

 以前小鬼達から手に入ったのは、小鬼達が村などから盗んだと思われる、小鬼達の所有品らしき品々でした。

 そうするとアメムシのドロップアイテムも同様にアメムシの所有品ということになる訳ですが……アメムシ達は一体何処からどうやってあの品々を手に入れたんでしょうね」


 それに対し俺は、顎を撫でながら唸り……自らの考えを言葉にして返す。


「そりゃぁ当然、あいつらが吐き出すっていう消化液で溶かした連中からじゃぁねぇか?

 牙や爪は獣から、武器や道具やらは旅人か魔物を倒そうっていう俺達みたいな連中から。

 ……アメムシの住処がここのような、洞窟とか坑道のような場所ならそこに迷い込んだ獣や、侵入してきた人間を溶かして手に入れたんだろう。

 牙や爪が手に入るくらいだから、そのうち人間の骨なんかも……」


「……それはあんまり考えたくないですね。

 仮に人やコボルトの骨がドロップアイテムとして手に入ったらどうするんですか?」


「どうするもこうするもないだろう。

 ドロップアイテムを持ち帰るのも俺達の仕事のうち、持ち帰った後のことは幕府に任せるしかないだろうよ。

 ……だがまぁ、幕府のことだ、人やコボルトの骨となれば丁重に埋葬するに違いねぇ。

 そうなればアメムシに命を奪われた連中も浮かばれることだろうし、まぁまぁ悪くはねぇんじゃねぇかな。

 あっちの世界じゃなくて、こっちの世界の極楽に行くことにはなるだろうが、そのくらいはしょうがねぇことだと受け入れてもらわねぇとな」


 と、俺とポチがそんな会話を続けていると、静かに耳を傾けていたシャロンがぽつりと呟く。


「……私達にドロップアイテムに、あちらの世界がどんとんこちらに流れ込んできていて、そうやって色々なものが失われているあちらの世界は……一体どうなっているんでしょうねぇ……」


 その言葉に俺とポチは、


「さてなぁ」

「どうなんでしょうねぇ」


 と、そんな言葉を返すのだった。


 

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