第48話 アメムシ戦 その2


 盾を構えながら俺がじりじりと足を進めていくと、それに合わせてシャロンの投げ紐から塩が発射されて……そうしてダンジョンの天井が塩まみれとなっていく。


 そうやって天井に残った粘液に塩が当たる度に、しゅうしゅうとの音が聞こえてきて……アメムシ共は塩そのものというよりも、塩によって引き起こされるその音を恐れているかのように音がする度にびくりびくりと震えて後退っていく。


 耳があるようには見えねぇが一体何処で音を聞き取っていやがるんだと、そんなことを考えながら足を進めていると、いつまでもそうしていても勝ち目がないと悟ったのか、天井にいる十五、六匹と、床で横たわっていた四匹のアメムシ達がはたとその動きを止めて……ぶるりとその身体を震わせてから一斉にこちらの方へと這いずり、飛びつき襲いかかってくる。


「せぇいっ!」


 それを受けてシャロンが鋭い声を上げる。


 声を上げながら投げ紐を器用に操り、天井から俺の方へと飛びついてきた一匹のアメムシへと塩包みを命中させて、塩包みの直撃を食らったアメムシは悶え、震えて、しゅうしゅうと音を立てながら勢いそのままにこちらへとやってきて、俺はそれを盾でもって受け止める。


 そして塩を受けたアメムシが張り付いた盾でもって残りの、続けて飛びついてきたアメムシ共を受け止めて……一塊になり塩まみれとなったアメムシ達が悶えているのを振動で感じながら……アメムシまみれとなった盾を壁へと叩きつける。


 一度だけでなく二度、三度と叩きつけてやって……そうしてアメムシ達はさっきのアメムシと同じように潰れたのか、それとも塩にやられたのか……しゅうしゅうと音を立てながら先程の薄皮のようになって、ダンジョンの壁や盾の表面にべっとりと張り付く。


 その光景はアメムシにとってはとても恐ろしいものだったのだろう、攻勢に出ていたはずの残りのアメムシ達は勢いを失い……進むでもなく引くでもなくその場に留まったままふるふると震える。


 そしてその様子を見てなのだろう、何か思いついたことがあったらしいポチがシャロンに声をかけてから『何か』をし始める。


 一体何をしているのだろうかと訝しがりながら俺が残りのアメムシ達のことを睨んでいると、ポチが俺の側へとやってきて……粘液まみれ塩まみれとなった盾と鉄の棒を俺に見せつけてくる。


「なるほど」


 との一言を返した俺は、手にしていた鉄の棒でもって盾に張り付いたアメムシの死体というか、皮というか、抜け殻のようなそれと粘液をこそぎ取り……その棒を後方、シャロンの方へとぐいと差し出す。


 するとシャロンがそこに塩をふりかけてくれて……塩がべったりと張り付いた鉄の棒が出来上がる。


 塩をその身に食らったアメムシは悶え震えるばかりで、攻撃らしい攻撃……消化液とやらでの攻撃を仕掛けてこない。


 であればこうやって塩まみれの武器防具をこさえてやれば……アメムシ達としてはもう打つ手が無くなるはずだ。


 いっそのこと全身塩まみれになっとく方が安全かもなぁと、そんなことを考えながら……俺とポチは前方のアメムシ達へと塩まみれとなった鉄の棒と盾を突き出す。


 それを見て……いや、見ているのか何なのかは分からねぇが、とにかく塩まみれのそれらを突き出されて、アメムシ達は尚も進むでもなく引くでもなく、そのままそこで……恐怖で怯えているかのように震え続ける。


 いっそのことそんなことを思う賢さなど無いまま、小鬼達のように何も考えずに突進してくるような存在であれば楽だっただろうに……と、アメムシに同情しかけるが、そもそも目の前のあれは泡沫の夢……本当にここにいるのかも分からない、胡乱な存在だということを思い出し、同情心を捨て去り、さっさと戦闘を終わらせて消し去ってやることだけを考える。


 そうして俺達はじりじりと距離を詰めていって……シャロンの投げ紐から塩包みが放たれて、俺とポチが手にした塩まみれの武器が振るわれて、残りのアメムシ達を殲滅していく。


 小鬼と違って囮を使うような賢さがあり、戦略を練るような賢さがあり、賢さがあるせいで打つ手なしと悟ってしまったらしいアメムシ達は、諦めたのか何なのかそのまま何もせずに殲滅されていって……最後のアメムシが俺の盾で潰されたことにより、アメムシ達の身体が、そこら中に張り付いた粘液が、そしてそこに溶け込んでいた塩までがすぅっと消えていく。


「えっ、塩も消えちゃうんですか?

 あ、体内に取り込んだ……から?

 でもそうか、そうじゃなければ鬼が吸った毒も鬼が消えた後に残っていなきゃおかしいことになるから、体内に取り込んだものも一緒に消えるのがここの、この世界の道理なんですねぇ」


 その様子を見てそんなことを呟くシャロン。


 そうなると腕や足が魔物に食われてしまった場合……その腕や脚も一緒に消えることになる訳で……それはなんとも嫌な話だなぁと俺が顔を歪めていると、鈍い光の塊が空中に現れて……どすりと床に落下する。


「……今回のドロップアイテムはまた随分と大きいというか、重量感があるな。

 ダンジョンと相手が変わるとここまで変わるのか」


 と、そう言いながら俺が手を伸ばすと、鈍い光がゆっくりと消えてドロップアイテムが姿を表す。


 何かの牙に何かの爪、風変わりな形の刀剣に短刀、何かが入っているらしい革袋。

 一体どこのものなのか複雑な形をした鍵に……羊皮紙の地図か何か。


 刀や鍵は錆びてしまっていて、地図らしいそれは墨が薄れてしまっていて、使うに使えず読むに読めず、何の役にも立たないごみの山という有様だった。


 俺達はそれらのドロップアイテムを、背負鞄の中から取り出した布や袋に包んでからしまいこみ……そうしてからダンジョンを見やって、もう少し先へ進んでみるかと、立ち上がり……粘液ごと塩を失った盾と鉄の棒を構え直すのだった。

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