第32話 検証


 吉宗様の自室へと三人で向かい、挨拶もそこそこにダンジョンで何があったのかの報告をすると、吉宗様は自らの顎を撫でながら何の言葉も発することなく考え込む。


 考えて考えて、かなりの時間考え込んで……そうしてからゆっくりと口を開く。


「鬼の死に際に見たという光景については考えた所で埒が明かないので、とりあえずはそういうことがあったという情報を共有するだけにとどめようと思う。

 そもそもその光景が本当にあちらの世界を映したものなのかも疑わしい上に、光景を見たというだけではどうにも出来ないからな。

 暗黒時代と呼ばれた頃の魔物達が再現されていることから考えるに、その頃の……人々が魔物の驚異に晒されていた頃の光景かも知れんし、現在の光景かも知れんし、未来の光景かも知れん……とにかく更なる情報が手に入るまでは保留とする」


 その言葉に俺達が「了解しました」と返すと、吉宗様は満足そうに頷いて、言葉を続ける。


「……そんなことよりも今考えるべきは、その鬼の下へと繋がっていた扉についてだろうな。

 前回の時点ではただの偶然かも知れぬと考えていたが、二度続けてとなれば偶然で片付ける事はできないだろう。

 お前達が休養している間、何組かの者達があのダンジョンに挑んだが、扉を見つけたという報告は一つも無い。

 お前達の前だけに現れて……前回では広間にて休息を取っている間に現れた、今回は広間に到着した時点に既に現れていた。そして広間に到着するまでの時間は前回と今回で大差無かった。

 ……さて、お前達はどう考える?」


 その問いに答えることを早々に諦めた俺は隣のポチへと視線をやって……その向こうに座るシャロンもまた、ポチへと視線を向けている。


 そうして俺達の代表となったポチは「うーん」と唸りながら少しの間考え込んでから、口を開く。


「……以前頂戴した資料によると、ダンジョンが見つかったばかりの頃に行われたという調査では、あちら側に帰りたがっているエルフさん達やドワーフさん達が、それぞれの種族ごとの組を作って調査したとのことでしたが、これは事実ですか?」


 とのポチの問いに対し、吉宗様は力強く頷いて言葉を返す。


「ああ、事実だ。

 幕府の人間が調査にいくこともあったそうだが、その危険性ゆえに回数は少なく、奥まで入り込むことはなかったそうだ。

 ダンジョンの最奥まで足を運んでの調査したのはいくつかのエルフ組と、いくつかのドワーフ組だけだ」


「……なるほど。

 コボルトが調査をしたことは?」


「あるにはあるが、同じく危険性を考慮して最奥まではいっていないな。

 特に綱吉様の時代では、コボルトは非力であるとして保護の対象となっていたからな、当人達が行きたがったとしても許可が下りることは無かっただろう」


「……なるほどなるほど。

 現在調査している人達の中に、僕とシャロンさん以外にコボルトはいますか?

 それと人とエルフ、人とドワーフといった組み合わせでダンジョンに挑んでいる人達はいすか?」


「……いや、どちらもいないが……ポバンカ、まさか……」


 繰り返されたポチの質問からその意図を察した吉宗様が驚きの色を浮かべているのを見て、ポチはしっかり頷き言葉を返す。


「はい、ダンジョンに挑む際の組み合わせに意味があるのではないか、と僕は考えています。

 というわけで、可能性その一、僕達コボルトの存在が扉の鍵となっている。

 前回は僕一人だけで、今回は僕とシャロンさん。一人が二人になったことでその分早く扉が出現したと、そういう可能性ですね。

 そして可能性その二は、こちらの住人とあちらの住人という組み合わせや、別々の種族での組み合わせが鍵となっている……です。

 どちらの可能性にせよ検証はとても簡単なので出来るだけ早く検証を済ませるべきでしょうね。

 鬼は強敵ではありますが、その分得る物が多いですし、扉の出現条件が確定できたなら、吉宗様の計画にとっても大きな益をもたらしてくれることでしょう。

 ……まぁ、一度倒したらそれっきり、二度と扉が出現しなくなる、鬼が出現しなくなる、という可能性もあるにはあるのですが、それについて検証するためにも、まずは扉の出現条件をはっきりさせるべきでしょう」


 ポチがそう言って言葉を終えると、吉宗様は顎を撫でながら感心したようなため息を吐き出し……そうしてほんの少しだけ頭を悩ませてから、再度のため息を吐き出し、口を開く。


「ポバンカの考えが当たっているとすると、なんとも皮肉なことになるな。

 過去、エルフ達、ドワーフ達はなんとしてでもあちらの世界に帰ろうと必死に調査をしていた。

 その必死さが過ぎて種族間の諍いを起こすことも多く……種族の壁を超えての協力や調査は一切行われていなかった。

 唯一コボルト達はそういった諍いを一切起こすことなく穏やかに日々を過ごしていて、コボルトとであれば協力が出来たのかもしれないが、連中は早々に人間如きに追いやられた劣等種族だとコボルト達を見下し、その可能性を自ら断ってしまっていた。

 ……その必死さと過ぎた誇りが調査の妨げとなっていたと知ったら……連中は一体何を思うのだろうな」


 そう言って吉宗様は視線を反らし窓の向こうの、青々とした空をじっと見つめる。


 ハーフエルフと呼ばれる、人間とエルフの混血児が生まれる程に、エルフやドワーフのほとんどは江戸の世に馴染み、コボルト達のように人と共に生きる道を歩んでいる。


 この江戸城にも何人かのエルフ、ドワーフの職員がいるし、江戸の町中でも稀有ではあるが日々を営んでいる姿を見ることが出来る。


 ……だが、屋久島に住まうエルフと、佐渡島に住まうドワーフの一部の者達は、人との関わり合いを一切拒否し、自分達だけの世界を作ってしまっていて……世界のすべてに融和と和平をと望む吉宗様としては色々と複雑な思いがあるのだろう、窓の向こうを見つめたまま、一際大きなため息を吐き出す。


 更にもう一つ大きなため息を吐き出した吉宗様は、こちらへと視線を戻し、表情を引き締めて……ゆっくりと言葉を吐き出す。


「検証はこちらでも進めておく。犬界、ポバンカ、ラインフォルトの方でも出来うる限りの検証をよろしく頼む。

 それと今回得た情報の質はかなりのもので……鬼の討伐とその際に得たドロップアイテムの分も含めて、それ相応の報酬を出させて貰うつもりだ、期待しておいてくれ。

 ……まぁ、数が数だけに鑑定の為にいくらかの時間がかかってしまうだろうが―――」


 と、その時。


 吉宗様の言葉をかき消さん勢いで、ドタバタと慌ただしい足音が響き聞こえてくる。

 それはどうやらこの部屋へと向かってきているようで……直後、扉が凄まじい音と共に開け放たれて、先程顔を合わせたハーフエルフ、深森なんとかが顔を見せる。


「鑑定、査定無事に終っわりましたー! 頑張って終わらせましたよーー!!

 だからワタシにも、ワタシにも情報をおしえてくださーーいな!!!」


 顔を見せるなりそんな大声を上げた深森に、俺とポチとシャロンと、吉宗様の下で働くコボルト達が呆れ返った表情を向けていると……吉宗様がとんでもない言葉を口にする。


「種族の壁を超えた調査……か。

 するとハーフエルフが同行するとどういう結果になるかも、調査するべき……か?」


 その言葉を受けて慌てて俺達が振り返ると、吉宗様は真剣な……どこまでも真剣な表情をしていて、俺とポチとシャロンは凄まじいまでな嫌な予感に襲われて、背筋を震わせるのだった。

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