第31話 帰還


 刀を鞘に戻し息を整え、今しがた起きた現象のことを思い出し、ドロップアイテムをじっと見つめて……あれこれと考えを巡らせていた俺は、大きなため息を吐き出す。


「やめだやめだ、考えたって仕方ねぇ。

 とりあえず今は素直に勝利を喜んで、ついでにこの大収穫を喜ぶことにしようじゃねぇか。

 見ろよ、金だぞ金、これは高く売れるに違いねぇ!」


 そういって俺が金の輪っかを手に取ると、ポチが小さなため息を吐き出してから声をかけてくる。


「それ金メッキですよ、鉄の匂いがしますし……。

 宝石もガラスを加工したもののようですし、価値としてはどうなんでしょうねぇ。

 しかし見た目としては王冠なんですが、なんだって王冠をそんな程度の悪い金メッキで仕上げたんでしょうねぇ」


「王冠?」


 と、俺が言葉を返すと、ポチがこくりと頷いて言葉を続ける。


「南蛮……エゲレスとかの王様の証みたいなものですね。

 それを頭に乗せていれば王様ってことなんですよ。

 王様は分かりますよね? あちらで言うところのお殿様……征夷大将軍のことです」


「はぁん、なるほどなぁ。

 ってーと、こっちの金の錫杖もそれ関係か?」


「ええ、王の錫杖……王笏ですね。

 ちなみにそれも金メッキです、価値としては微妙でしょうねぇ。

 壺と花瓶は価値不明……絵に関してはどう価値をつけたものか全く不明、そしてこの、緑色の鉱石は……なんでしょう、初めて見ますね。

 これもまた前回の赤色鉱石みたいに、価値があると良いのですけど……」


 なるほどな、と頷いた俺は、手にした王冠を頭にひょいと乗せて、杖を背負鞄の紐に引っ掛けて、鉱石を鞄しまいこみ……そうしてから結構な大きさの額縁を両手で抱えて持ち上げる。


「俺はこいつを持って帰るから、シャロンとポチでその壺と花瓶の方を頼む。

 帰り道にあいつらはでねぇはずだから大丈夫だと思うが……もし出てきたらそこらに放り投げちまっても良いからな、割れても壊れても問題ねぇ。

 命あっての物種だ、変に欲をかく必要はねぇぞ」


 俺のその言葉にポチとシャロンは素直に頷いてくれて……そうして俺達はえっちらおっちらと大きな荷物を手に来た道を戻っていく。


 ドアを開けてダンジョンに戻り、ダンジョンを進んで入り口に戻り……そこでようやく、あのドアを向こう側から開け閉めしたらどういう変化を見せるのか、ドアの向こうに仲間を残したらどんな風になるのかなど、色々調べることも出来たな、なんてことを思うが……まぁ、いつでも調べられるだろうと頭を振って、入り口へと手をのばす。


 そうやって江戸城へと、あの蔵へと帰還すると……目の前に一人のエルフが立っていた。


 長くさらっと真っ直ぐな金の髪、緑色の瞳の切れ長の目、すらっとした細面にとんがった長い耳、だぼっとした白布の衣。

 相変わらず外見で男と女を見分けられねぇ種族だなぁと、その顔を眺めていると、透き通るような女性独特の高い声を上げて、声をかけてくる。


「どうも、ワタシは江戸城勤務の深森エンティアンです。

 今度新設されることになったドロップアイテム買取窓口の担当、アイテムの鑑定、査定を得意としちゃうハーフエルフです。

 ……と、いう訳で早速そちらの、なんとも鑑定欲をそそる品々をお渡しくださいな!」


 独特の訛りというか、言葉遣いでそう言った深森は、ずいとその両手を差し出してくる。


 その手を見てじっとその顔を見て、胡乱げな表情を作る俺に対し、深森が何かを言おうとしたその時、深森の背後……白衣の向こうに隠れていた顔なじみのコボルトがひょこりと顔を見せる。


 吉宗様直属の部下であるそのコボルトの顔を見て、俺が安堵の表情を浮かべていると、深森がなんとも渋苦い、嫌な表情を作ってくる。


「いや、大事なドロップアイテムを、初対面の怪しげな奴に預ける訳もいかねぇだろうよ」


 と、俺が先程の胡乱げな表情の理由を説明すると、深森はぴくぴくと頬を痙攣させて……その様子に気付いているのかいないのか、足元のコボルトが「この人は大丈夫ですよ、吉宗様直属の部下なので」とのほほんとした態度で声をかけてくる。


 そういうことならばと俺達は、それぞれ両手で抱えていた大荷物を深森の側に置いて、そうしてから王冠と王笏と、鉱石もその近くにそっと置く。


「じゃあ後は頼んだぞ」


 と、そう言って俺達がその場を離れようとすると、深森が俺の腕をがしりと掴んでくる。


「いやいやいや、待って待って。

 報告、中で何があったのか報告がまだでーすよ! こんなに珍しい品々がどっさりと手に入るなんて、何かまた、前例の無い何かがあったのでしょう!

 ワタシにそこら辺のことを教えてくださいな!!」


「……報告は吉宗様に直接するつもりだから気にしねぇでくれ。

 悪いがあんたには話せねぇよ」

 

 報告を求めてくる深森に、俺がそう言葉を返すと、深森は再度ぴくぴくと頬を痙攣させて……そうしてから何かを言おうとした、その時。


 コボルトがくいくいと深森の白衣を引っ張る。


「深森さん、駄目ですよ。

 重大な発見や新発見があった場合は吉宗様に直接報告させるようにと、吉宗様も仰ってたではないですか。

 貴方の飽くなき探究心は評価出来る部分ですが、命令よりそちらを優先するのはいただけませんね。

 ……犬界さん、そういう訳ですから、お手数ですがこのまま吉宗様の下へと報告に向かってください。

 こちらの品々の鑑定はこちらで責任をもって進めておきますので、よろしくおねがいします」


 と、頭を深々と下げてそう言ってくるコボルトに、深く頭を下げ返した俺とポチとシャロンはそれぞれによろしく頼むと声を返してから、蔵を後にする。


 蔵を出て足を進めて、それなりに蔵から離れた時点で、ため息を吐き出した俺はぼつりと呟く。


「変人が多いとは聞いていたが、エルフってのは本当におかしな連中なんだなぁ」

 

 するとポチが続いて、


「いやぁ、あれはあの方だから、ではないでしょうか。

 ハーフエルフだから一際の変人になったという可能性もなくはないでしょうが……」


 なんてことを言ってきて、そして、


「きーこえてますよ!

 しーつれいなこと言わないでください!!」


 と、蔵の方から地獄耳であるらしい深森の、大きな声が響いてくるのだった。

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