第30話 鬼との決戦 その3


 俺が放った突きを、鬼はとっさに足を踏ん張って、ぐいとその身体を捩ることで回避する。


 しかしそれではまだ甘ぇと、俺が突き出した刀の刃を鬼の首の方へと振りやると、鬼は踏ん張った足でもって地面を蹴り、大きく後方へと飛び退っての回避を試みる。


 刀を振り抜くが速かったか、鬼が飛び退るのが速かったか……その問いに、鬼の首から青い血が吹き出すという形で答えが出る。


 ……が吹き出す血の量は少なく、出来上がった傷もまだまだ浅い。


 つい先程のシャロンの化け物発言もあって、しっかりと首を落とすまで安心できねぇなと俺は、鬼の方へと飛び込んで、その首へと再度の突きを放つ。


 それに対して鬼が取った行動は全く予想もしていなかった、まさかのものだった。


 手にしていた大剣を力任せに俺の方へと放り投げて、凄まじい形相で、大きく口を開けて、声なき声を上げてのがむしゃらの突撃。


 その狙いはシャロンへと向けられて、大剣を回避するために大きな隙を作ってしまった俺はそれに咄嗟の対処ができない。


 何度も繰り返された投擲攻撃に腹を立てたのか、それともこのまま何も出来ずに僅かな傷を負わすこともなく負けることを恐れたのか、はたまた発狂したのか。

 

 凄まじい勢いで迫ってくる鬼に対し、シャロンは至って冷静に回避行動を取りながら、攻撃を加えようと投げ紐を振り回す。


 ―――が、それは悪手と言えた。


 全力で回避に専念していれば十分に回避出来ただろうに、下手に投げ紐へと意識がいっているせいで動きが明らかに鈍い。


 投擲の一撃は鋭い一撃ではあるが、あの突撃を止める程の衝撃力は持っておらず、このままでは鬼の一撃を、鋭い爪をぐわりと構えるその手の一撃を食らってしまう―――と、そう思われた瞬間、煌めく一閃が飛び込んできて、シャロンのことを押し飛ばすと同時に、鬼の指の何本かをすぱりと斬り裂く。


「せぇぇい!!」


 鋭く響くポチの声。

 シャロンさんには手出しをさせませんと、そう叫んでいるかのようだ。


「えぇぇいっ!!」


 続くシャロンの声。

 押し飛ばされながらも、投げ紐を回し続けていて……そこから鉄の礫が放たれる。


 ポチの刀による一閃、シャロンの鉄礫による一撃。


 それは耐えようと思えば耐えられる程度の痛みであっただろう。

 あるいはそのまま、痛みに構わず、怯むことなく突撃を続けていれば、シャロンとポチに追いつき、一撃を加えられたかもしれない。


 だが鬼は怯んでしまった。

 指を切り裂かれ、眉間に鋭い一撃を受けて、そこで初めて、


「ヌグゥォォォォォォ!?」


 との地獄の獄卒かと思うような悲鳴を上げて、立ち止まってしまった。


 それは取り返しの付かない、致命的な隙であった。


 体勢を整えた俺は、その隙を逃さず、背後からの一突きでもってその首を貫き……そのまま横に刀を振り抜ける。


 血が吹き出し、首が僅かな皮と肉を残してもげて、だらりと垂れる。


 力を失い、意思を失い、そうして鬼の身体は項垂れて……まずは周囲の小鬼の身体がすぅっと消え去る。


 続いて鬼の身体がどういう訳だかきらきらと煌めきながら星屑のように砕けて、一つずつ少しずつ、星屑の一つ一つがゆっくりと消滅していく。


 美しいと言えないこともないその光景に、俺達が目を奪われていると……その光景の向こう側と言うべきか、きらきらと煌めく光の向こう……鬼の身体の上空に何かの景色が映り込む。


 それはなんと言ったら良いのやら、なんとも不可思議で不釣り合いで、一体何処を映しているのやら理解が難しい光景だった。


 見たこともないような立派な作りの白石の城、古びて埃だらけとなった豪華で華美だったろう調度品。

 かつての江戸城でも敵わないかもしれないその場所に、何人かの……不釣り合いで不可思議な格好をした、見すぼらしい人間達の姿がある。


 ぼろぼろの衣服、汚れきった髪と肌、怯えに負けて衰弱しきった表情。

 その手にあるのは石槍や、石斧といった武器とも言えないような出来の品々で……それらを握ったまま、構えたまま、まるで何かの襲来に備えているかのように一塊となっている。


「……なんだこれは? 

 何処だ? 誰だ?」


 との俺の問いにポチもシャロンも答えを返してこない。


 そこに居る人々は外見からして恐らくは南蛮人なのだろうが……しかし、南蛮人にしてはあまりにも格好が、武器が見すぼらし過ぎる。


 色々とごたついて、戦争に近い状態となっているとはいえ……あんな格好をしなければならない程には追い詰められていないはずだ。


 仮にあそこまで追い詰められているなら、恥も外聞もなく吉宗様のお声に耳を貸すはずだし……と、そこまで考えて、一つの可能性に思い至った俺は、それをそのまま口に出す。


「……これは異界の光景か? 異界の住人達なのか?」


 かつてコボルト達を迫害し、追いやって、追い詰めた連中。

 何の分別もなしに同様の迫害をエルフやドワーフに加えた連中。

 そいつらの『現在』なのだろうか……?


 そんなことを考えた俺と、俺の言葉を受けてハッとなったポチは、その光景をよく見る為、多くの情報を得る為にと鬼の死体の方へと踏み込んで、煌めくその光景にぐいと顔を近づける……が、そこで鬼の死体が綺麗さっぱりとかき消えてしまう。


 直後、がらんがこんと喧しい音が鳴り……何かが、ドロップアイテムがそれまで鬼が居た場所へと落ちる。


 それはつい先程まで俺達が見ていた、光の向こうの光景にあった調度品の数々だった。

 誰かの絵を覆う額縁、古びた壺に、古びた花瓶。

 宝石をいくつもつけた金の環に、金の錫杖。


 そしていくつかの何かの鉱石。


 それらをじっと見つめて俺達は……しばしの間、何をして良いやら、何を言って良いやら分からなくなってしまうのだった。



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