第29話 鬼との決戦 その2


 二個目の竹筒を投げ入れて、それから結構な時間が経ってもドアが向こうから開けられたり、押されたりすることはなかった。


 向こうの部屋の中に毒煙が充満しているとして、最良の対処法はこのドアを押し開けて外に出ることなのだが……そうしないということは、やはりこのドアの存在に気付いていねぇというか、見えてすらいねぇということなのだろうか。


 こちらから見えてるってのに、あちらからは見えてねぇ。

 それは俺達が向こうの部屋に入り込んでもそうなのだろうか? それともドアをくぐったらその瞬間から見えるようになるのだろうか?


 と、そんなことを考えていると、シャロンが「もう一度確認しましょう」との声をかけてくる。


 それに頷いて答えた俺が、ドアをそっと開けてみると……ドアの向こうにあったのは先程変わらない、鬼が膝を突いている光景だった。


 その光景をしっかりと確認してからドアを閉めて、ポチとシャロンへと視線をやると、二人が覚悟を決めた表情を返してくる。


「毒だけで倒せれば良かったのですが……変化が無い以上は、直接手を下すべきでしょう。

 勿論毒だけを使い続けるというのも手ですが、毒もただではありませんから、あまり無駄にするのもどうかと思います」

 

 と、シャロン。


「賛成です、いつまでもこうしている訳にもいきませからね」


 と、ポチ。

 

 二人のその言葉に俺はこくりと頷いて「やるか」とだけ返す。


 そうして戦う覚悟を決めた俺達は戦闘準備を整えることにして……それなりの時間をかけて準備を整えた頃にシャロンが、


「そろそろ毒煙も鎮まっているはずですし、もう中に入っても大丈夫ですよ」


 と、声をかけてくる。


「……鬼はあの大きさだ、予定通り相手は俺がやる。

 シャロンは投擲での援護、ポチはシャロンの護衛と、周囲に転がっている小鬼の生死確認をしてくれ。

 倒れているのは確認したが死んでいるかは未確認だ、毒で昏睡しているだけで鬼との戦闘中に目を覚まして襲ってくるかもしれねぇ。

 しっかりと確認して、生きているようならトドメを刺してくれ。

 少しでも戦況が拙くなったら即撤退、いつでもこのドアに駆け込めるよう、立ち位置も意識しといてくれよ」


 ポチとシャロンに向けてそう言った俺は、二人が頷くのを見てからドアへと近付いていって……愛刀を引き抜き、右手でもってしっかりと握りながら、左手でもってドアノブを握り、ぐいと回す。


 そうして一気にドアを開け放ち、尚も広間の中央で膝をついたままの鬼の下へと駆け飛んで距離を詰める。

 

 鉄製の大剣、大盾、全身が鉄製の南蛮具足。

 であれば狙うべきは頭か首かと刀を振り上げ……首へと狙いをつけて一気に振り下ろす……が、鬼は素早く大盾を持ち上げることで、その一撃を受け止め、弾く。


「ちぃ、意外に元気だな!」


 と、そう声を上げた俺は、弾かれた刀をしっかりと握り直し、構えを取り直しながら一旦鬼から距離を取る。


 何しろ獲物があの大剣で、俺をゆうに上回るあの上背だ、いつまでも呑気に間合いの内側には留まってはいられねぇ。


 距離を取って、いつでもあの大剣が振るわれて良いようにと構えて……つい先程まで毒に苦しんでいた鬼の様子を観察する。


 顔色は……まぁ、元からして悪いんだが、今は一段と悪いように見える。

 毒の効果であの気色の悪い色をした血の巡りが悪くなっているということなのだろう。


 目の色は濁っていて、呼吸は荒い。

 何度も何度も咳き込んだのだろう、口の端からは血が垂れていて……ズタズタとなっているだろう喉からは、雄叫びも嗚咽も、恨み言の一つも出てこねぇ。


 恐らくは声を出すことすら出来ねぇのだろう。

 そこまで喉が痛めつけられているのであれば、呼吸が上手く出来ないのも当然で……肺もやられていそうなあの様子を見るに、しばらくの間動き回っていれば、息が切れて倒れるかもしれないな……なんてことを考えていると、後方から風切り音と共に鉄礫が飛んでくる。


 凄まじい勢いで飛んできたそれは、ガッと鬼の右目の上に当たり……小さな傷を作ることに成功して、そこから青い血がだらりと流れる。


 それを受けて鬼は怒り狂ったような表情になるが、その怒りを表現するための声は出せずに、ただ喉を膨らませるのみ。


 それを見てやはり鬼の息を切らせるのが一番のようだと結論を出し、俺が構えを取っていると、後方のシャロンから大きな声が上がる。


「狼月さん! 油断しないでください!

 あの毒を二度も食らって立ち上がれるなんて、その時点で生命力が異常過ぎます!

 こちらの常識の通じない、完全な化け物だと思って相手してください!!

 とりあえず目潰しを狙ってみましたが、そもそも相手が目で物をみているのかも疑った方が良い、そういう化け物を私達は相手をしているんです!」


 その声を受けて俺は、息を切らせれば良いだろうなんて甘いことを考えていた自分を内心で叱責する。


 そもそも俺達と同じような肺を使っての呼吸をしているのかも分からねぇ、摩訶不思議存在だってことを忘れちまっていたな。


 であればやはり、首を落としちまうのが一番だろう。

 小鬼はそれで死んでいたし……仮に首を落として駄目なら、死ぬまでその全身を斬り刻んでいけば良い話だ。


 と、そう考え直した俺は……相手の上背のことも考えて、喉を突き裂くことにして、刀の切っ先を斜め前上に構えての突きの構えを取る。


 まずは突いて、そこから薙いで、何度かそれを繰り返してやれば首が落ちてくれるはず……と、俺が踏み込もうとすると、構えから狙いを読んだらしい鬼が、大盾を斜めに持ち上げてその顔の半分と首を覆い隠す。


 シャロンの礫も考慮してのことなのだろうが……構えから相手の狙いを読み取るとは頭の出来が小鬼よりもかなり良いようだ。


 大盾を構えたまま、その弱点を覆い隠したまま、覗き見る目でこちらをじっと睨んでくる鬼を見て、さて、どうしたものかと考えていると、後方から今度は風切り音無しで何かが飛んでくる。


 礫とは違い、余裕をもって目で追える程度の速度で鬼の方へと飛んでいったそれは、鬼が攻撃を防ぐ為にと持ち上げた大盾にぼふんと当たり、そうして包布が破けて毒粉を周囲に撒き散らす。

 

 たまらずむせ返る鬼を見て俺は、全くなんて的確な援護だよと舌を巻く。

 

 俺も負けていられねぇなと刀を握る手に力を込めた俺が鬼の方へと飛び込もうとしていると……鬼が手にしていた大盾を捨てて、両手で大剣を握り込み、凄まじい勢いでもってこちらに突っ込んでくる。


 シャロンに負けず劣らず、鬼も判断が良いと来たもんだ。


 シャロンの攻撃を大盾で防ぎきれないと悟り、いつまで様子見していても、防戦に回っていても勝てないと悟り、毒にやられた身体を押しての短期決戦を決断。


 良い判断だけでなく良い根性をしていると言えて、であればと俺は、多少の危険を覚悟での応戦の構えを取る。


 そうして俺は、なぁに、多少の怪我であれば優秀な薬師様がなんとかしてくれるさと、そんなことを考えながら、突っ込んでくる鬼の喉を目掛けて刀を突き上げるのだった。

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