第33話 そして日常へと戻る


『ハーフエルフの深森エンティアンはドロップアイテムの鑑定、査定という重要な仕事を担っている欠かすことの出来ない幕府の職員である。


 したがってダンジョン探索に日々を費やすなど到底許されることではない。


 しかしながら当人がダンジョンでの現地調査を強く望んでおり、件の扉の出現条件の調査、検証においても重要な役目を担っている人材であることから、最低でも一回、可能ならば定期的にダンジョンへと連れていき、現地調査と扉に関しての調査、検証に協力すること。


 その回数、調査結果に応じて相応の報酬を払わせて貰う。


 依頼人 徳川吉宗』



 ダンジョンから帰還した翌日の朝食後。

 俺は本棚とたんすしか置いていない自室に横になって身体を休めながら、そんなことが書かれた一枚の紙……『依頼書』を畳の上へと投げ出し、じっと睨んでいた。


 ダンジョン探索の際にあれを持ち帰って欲しい、こんなことをして欲しいなどといった幕府からの依頼を記したその書類は、ダンジョン関連法案にも記載がある公的な力を持つものであり……今後こういった依頼書は、特定個人に対し、あるいは不特定多数に対して積極的に発行されることになるそうだ。


 そして今回のこれは、俺個人に対し発行されたものであり……つまり俺は最低でも一度、なんらかの折にあの深森をダンジョンに連れて行く必要がある……ということになる。


 こういった面倒かつやる気の起きない依頼は、不特定多数……つまりダンジョン探索者全員へ向けて発行して欲しいものだが……そうすると今度は報酬の為にと多忙な深森の争奪戦が起きてしまい、本末転倒となってしまう可能性がある、とのことで……そもそも吉宗様直属の部下である身としては拒否権などあるはずがなく、受け入れるしかなかった、という訳だ。


 この依頼の持つ重要性は分かっているし、吉宗様の意にも添いたいとは思う。


 だがなぁ……あいつはなぁ……。


 吉宗様の自室に突撃してくるような極めて厄介な性格をしている上に、これまでの人生を学問と研究のみに費やしてきたんだそうで、戦闘能力が皆無どころか、運動全般を苦手としていて……吉宗様の自室まで駆けてくるまでに三度もコケてしまう程であるらしい。


 そんな奴を連れてダンジョンに……あーあー、全く厄介なことになってしまったなぁ、おい。


 ……と、そんなことを考えてごろりと寝返りを打った折、

 

「狼月、居る?」


 聞き慣れた声が廊下の方から響いてくる。


「おう、居るぞ」


 と、声を返すとふすまが開いて、馴染みの商店主、澁澤ネイが顔を見せる。


「どう? 今回は? 稼げたの?」


「おう、中々のもんだったぞ。

 といってもドロップアイテムの評価は散々で……金になるかと思った石もコボルト鉱石っていう安値のもんだったがな。

 今回稼げたのは仕入れた情報のおかげよ」


「コボルト鉱石……? コバルトじゃなくて?」


「おう、コバルトに良く似た、緑色のコボルト鉱石だ。

 もろくて溶けやすく、加工しやすいといえばしやすいが、加工した所でなんにもならねぇ。

 唯一の使いみちは、聞いて驚け畑の肥料だ」


「はた……畑!?

 そ、それは本当に鉱石なの……?」


 余程に驚いたのかネイは素っ頓狂な声を上げて、子供の頃に見たような程よく崩れた表情をする。


 それを見て小さく笑った俺は、体を起こしてあぐらをかいて、ネイと会話するための姿勢を整える。


「おうよ、砕いて畑に撒けばコボルトクルミがよく育つそうだ。

 さすが異界産の鉱石はひと味もふた味も違うよなぁ」


「……そうね、異界の品物だものね、そういうこともあるわよね。

 ……じゃあその石は肥料と同価値ってことになったの?」


「いや、好事家に売れないこともないってことで、いくらかは高くなった……が、他の連中も結構な割合で拾ってくるもんらしくてな、肥料に色がついたくらいの値段だったな。

 後は金メッキのしょうもない品と、壺と花瓶と絵画だったがー、それもまぁ異界産ってこと以外は特別珍しいもんでもないそうでな、一応幕府が買い上げってことにはなったが……まぁ、お前ならどんな値段がついたかは察しがつくだろう」


「あー……なるほどねぇ。

 それじゃぁ大した値段にはならないわねぇ」


 と、そう言ってネイは、部屋の中へと入ってきて……足を曲げ、斜めに並べての乙女座りで腰を下ろす。


「じゃあ、今回高値で売れた情報っていうのはどんなもの……ってこれは聞かない方が良い?」


 そう言葉を続けてくるネイに、俺は顎を撫でながら言葉を返す。


「お前ならまぁ、既に色々な事情に通じているし、情報を漏らすこともねぇんだろうし、言っても構わないんだろうが……ま、そうだな、言わないほうが良いんだろうし、聞かない方が良いんだろうな。

 あれこれと巻き込んだ手前、今更って感じではあるがなぁ」


「本当に今更ね。

 ま、おかげでダンジョンがどんな存在であるのか、そこにどんな価値があるのか、自分の目で確かめることも出来たし? 他の商人たちに先じての出店ができそうだし? 文句を言うつもりはないわよ。

 ……あ、でもそうね、もし少しでも悪いと思っているなら、その稼ぎでまた道楽に連れていってよ。

 またあの天ぷら屋でも良いし、別の店でも良いし……あ、つい最近しるこ屋が始めたっていう『あんみつ』でも良いわよ」


 そう言ってにっこり微笑むネイを見て俺は……あることに気付いてそれをそのまま言葉にする。


「……お前、口調がいつのまにか昔の、子供の頃のそれに戻ってやしねぇか?

 ちょいと前に店で会った時はもうちょっとこう、商人らしい、勝ち気な口調だったじゃねぇか?」


 俺のその言葉にネイは、頬を真っ赤に染めて口をぱくぱくと動かし……何を言おうとしているのか、何が言いたかったのか、それを言葉にできないまま、手を振り上げてばちんばちんと俺の頭だの肩だのと叩いてくる。


 避けようと思えば避けることができたし、防ごうと思えば防ぐことも出来たのだが……そうした場合更なる怒りを買いそうだなとの判断をした俺は、


「分かった分かった。

 ポチやシャロンを誘って今からそのしるこ屋とやらに行こうじゃねぇか」

 

 と、そんな言葉を返すのだった。




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