第24話 シャロンとの手合わせ


 手合わせの準備が整い、道場の中央で俺とシャロンが構えを取ると、


「始め!」


 とのポチの合図が道場内に響き渡り……木刀を構えた俺と、投げ紐を構えたシャロンが一斉に動き始める。

 

 俺は一気に飛び込んでシャロンとの距離を詰めようとし、シャロンは一気に飛び退いて俺から距離を取ろうとし……そうしながら竹筒の底へと手をやって、仕掛けがあるらしい底蓋をぱかりと開き、そこから出てきた丸薬一つを手に取る。


 その丸薬を皿に収めて、紐の持ち手をしっかりと握り、ぐるぐると回しながら道場の中を駆け回るシャロン。


 その動きはポチよりも素早く、鋭く……さてはて、どうやって近付いたものだろうかと俺は頭を悩ませる。


 小さな身体で素早く逃げ回るポチも、いざ俺を攻撃しようと思ったなら俺の側、俺の手の届く距離まで近づく必要があるのだが、シャロンにはその必要が全くねぇ。


 ああやって逃げ回りながら投げ紐を振り回し、力を込めて狙いを定めて、毒ということになっているあの米粉丸薬を俺に当てさえすれば良いのだ。


 まったく厄介というかなんというか……コボルトと投げ紐、投げ紐と毒の相性、良すぎだろう!!


「せいっ!」


 そんな考え事をしている俺の頭目掛けて、投げ紐を思いっきりに振って一発目の丸薬を投擲するシャロン。


 猛毒ということになっているそれを、紙一重で避ける訳にも、刀で受ける訳にもいかない俺は、右へと大きく足を踏み込み、身体をぐいと曲げて丸薬を回避する。


 すると丸薬が道場の壁へとぼふんと当たって、その周囲に米粉を……仮想毒粉を壁の周囲に撒き散らす。


「……あんなに大きく広がるのか! あれを吸い込んでも駄目、目に入っても駄目、全く厄介だな!」


 その光景を見て俺がそんな声を上げると、シャロンは返事代わりとばかりに、


「せいっ!」


 との声を上げて、二発目の丸薬を体勢の崩れている俺へと向けて投げてくる。


 投げ紐を振り回す必要があるとはいえその動作は至極単純で、弓矢のそれと同じくらいの間隔で投擲する事ができるらしい。


 床に転げて、転げた勢いでもって起き上がった俺は、逃げていてもじり貧だとがむしゃらにシャロンの方へと突撃する。


 だがシャロンは、余裕を持って俺から逃げて、俺の攻撃全てを回避して、そうしながら三発目の丸薬の準備を整える。


 山の中で熊から逃げたことを思えば、平坦で安全な道場で、俺なんかから逃げるなんぞ朝飯前なのだろう。


 ポチよりも素早い足でもって、回避にだけ専念していれば良いシャロンは、悠々と回避を続けて……そうしながら俺の隙を、毒丸薬を確実に当てることの出来る鋤を探り続ける。


 駆けて飛んで転がって、逃げて飛んで回避して。


 そうやって終わりの見えない鬼ごっこを続けていると、シャロンの息が乱れ始める。


 どうやら持久力では俺に分があるようだ。


 ……とは言え俺も、かなりの疲れが溜まってきているので、この隙に勝負を決めてやろうと、一気に距離を詰める―――が、シャロンは俺がそうするのを読んでいたらしく、距離を詰めて来る俺の方へとひとっ飛びに突進してきて、そのまま俺の股の間をくぐり、俺の背後を取ることに成功する。


「せぇっいっ!」


 直後。息を乱したままそんな声を上げるシャロン。


 己の持久力のなさを自覚して、俺がそこを突いてくると読んだ上でのその投擲に、全く天晴なものだと感心しながら、その一撃を受けることを覚悟していると……ぽふんと、天井の方から丸薬が命中する音が聞こえてくる。


「ここで外すかぁ!?」

 

 悲鳴に近いそんな声を上げながら、後ろを振り返り構えを取る俺と、次なる丸薬を竹筒から取り出そうとして……そうしてそのまま硬直するシャロン。


 どうやら全ての丸薬を投げきっての、弾切れのようだ。


「そこまで!」


 それを見てか、ポチの合図が道場に響き渡る。


 合図を受けて木刀を収めた俺が礼をすると、慌ててシャロンも礼をしてくれたのだろう、鋭い衣擦れの音が聞こえてくる。


 そうしてから顔を上げて、笑い合う俺とシャロン。


 するとそこにネイが駆け寄ってきて……ぺたんと床に座り込んだシャロンのことを抱き上げる。


「凄い凄い! あの狼月に勝っちゃうなんて!」


「え、いえ、丸薬を使い切っちゃったので私の負けですよ……?」


 ネイの突然の一言に、シャロンがそう返すが、ネイは全く耳を貸さずにシャロンを抱きすくめる。


 そんなネイとシャロンの様子を、木刀を片付けながら眺めていると、ぺたぺたとの足音と共に近付いて来たポチが声をかけてくる。


「シャロンさんは良い戦力になってくれそうですね」


「ああ、あんなに動けるなら文句はねぇ。

 腕が良い上に薬の知識があるとなったら、こっちから頭を下げて仲間になってくれと頼みたくなるほどだ」

 

 との俺の言葉に、ポチはこくりと頷いて……そうしてからその瞳をきらりと輝かせる。


「まったくですね。

 ……そしてこの手合わせのおかげで、シャロンさんの装備をどうするのか、僕達の装備をどう改良するかの良い案が思い浮かびました。

 装備の改良をした上で、シャロンさんの力があれば、ダンジョン最奥のあの鬼を退治することも可能でしょう。

 という訳で明日は、具足師さんのところに顔を出すとしましょう!」


 そう言って「ふふふふ」と喉の奥で笑い声を上げるポチ。

 どうやら余程の妙案を思いついてくれたようだ。


「まったくどいつもこいつも、頼もしい仲間を持って俺は幸せもんだよ」


 と、そんな言葉を口にした俺は、ぐいと腕と肩と背中を伸ばしてから、兎にも角にも今日の所はこれで終いにしようと、そんなことを言いかけて……そうしてようやく道場内の惨状に気付く。


 そこら中が汗まみれで米粉まみれで……元々積もっていた埃もあいまって酷い有様となってしまっている。


 その光景を見て大きなため息を吐き出した俺は、まずは掃除からだなと、掃除道具のしまってある押入れの方へと足を向けるのだった。

 




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