第25話 新装備、制作依頼
翌日。
俺とポチと、意外にも近所に住んでいたシャロンの三人で具足師牧田の工房へと足を運ぶと、工房内は以前とは打って変わっての慌ただしさに包まれていた。
若い具足師達が右へ左へと忙しそうに駆けていて……そんな工房の最奥で、どっしりと構えた牧田があれこれと指示を飛ばしている。
その様子があまりの慌ただしさに、さて、どうしたものだろうかと俺達が怯んでいると、そんな俺達のことを見つけた牧田がどしどしと床を踏みしめながらこちらへとやってくる。
「おうおうおう! ようやく来やがったか!!
普通はよう、女と遊び回る前にこっちに顔を出すもんだろうが!!
そうやって注文を済ませてから好きなだけ遊べば良いものを、全く何を考えてんだお前らは!!
……あー、それで? 今日は例の、お前が江戸中連れ回してたって例の美人は連れてねぇのかよ?」
牧田の突然の声にシャロンが怯む中、負けじと工房の中にどしどしと踏み入った俺が声を返す。
「澁澤はあれでも商売人なんだ、連日遊んで回れる程暇じゃねぇんだよ。
今日も一緒に遊びたそうにしてはいたが……ま、それはまた今度になるだろうな。
……しっかし、あの澁澤に会いたがるとは、具足師ってのは意外に商売っ気があるもんなんだな」
牧田の発した美人という言葉を無視してそう返すと、牧田はにぃっと笑って大声を上げてくる。
「そりゃぁお前ぇ、見ての通りよ!
だんじょん特需のおかげで景気が良いこと良いこと! そういう訳で売り先としても仕入先としても、商売人との縁が欲しくて仕方ねぇんだよ!
だからよ、今度の機会があったらよ、あの澁澤の嬢ちゃんを紹介してくれや!」
その言葉に軽く手を振って応えた俺が、何はともあれ話をするためにと工房の奥へと足を進めると、牧田が俺を追い抜く形でどしどしと客間の方へと足を進めていって……ポチとシャロンが俺の後ろをゆっくりと追いかけてくる。
そうして客間へと到着し、先に腰を下ろしていた牧田の向かいに、俺、ポチ、シャロンという並びで腰を下ろす。
「で……今日は何の用だ」
俺達が腰を下ろすなりそう言ってくる牧田に、ずいと身を乗り出したポチが、牧田の目を見上げながら言葉を返す。
「ドワーフ達が鍛冶仕事の際にするという保護眼鏡を知っていますか?
火花が散っても切り屑が散っても良いように、目の周囲をガラスでもって覆い守るというアレです。
それを僕、狼月さん、シャロンさんの三人分……『割れないガラス』で作ってください。
似たような感じで、口鼻を覆い守るというマスクもお願いします、こっちは呼吸が出来るように布製にしてくださいね。
それとシャロンさんの装備を……シャロンさんは直接戦う訳ではないので、丈夫な履物と外套と、動きやすい服を仕立ててあげてください」
すらすらと今日の用件全てを一度に言うポチに対し、牧田は手を上げてちょっと待てと制してくる。
「あー……まずは、なんだ。
なんでその保護眼鏡とやらが要るのか、そこから説明しやがれ」
手を上げたままそう言った牧田に、ポチはシャロンが薬師であることと、その戦い方が毒ぉ用いるものであることを説明する。
「―――という訳で、仲間の僕達が毒にやられたではお話にならないので、それを防ぐための防具は必要でしょう。
シャロンさんが言うには、目と鼻と口の中に入らなければとりあえずは問題ないとのことなので、そんな感じでよろしくお願いします」
すっぱりとさっぱりとそう言ったポチのことを半目でぎろりと睨んだ牧田は、小さなため息を吐き出してから言葉を返す。
「随分とまぁ簡単に言ってくれたもんだが、お前なぁ……その割れないガラスって何なんだよ。
そういうガラスの作り方を知ってるのか?」
「いやですねぇ、僕みたいな素人が知っている訳がないじゃないですか」
「……お前は知りもせんものを儂に作れってそう言うのか」
「はい、お願いします。
何しろ目を覆うものですから、戦闘で割れて瞳に刺さったなんてことになったんじゃぁお話になりませんから、上手くやってくださいね」
「……更に毒を防ぎながらも呼吸が出来るますくとやらも作れと、そういう訳か」
「はい、よろしくお願いします」
保護眼鏡とマスクが必要だと言い出したのはポチであり、どういう物を作って貰えば良いのかを考えだしたのもポチであり……そういう訳でポチに注文というか、交渉を任せてみたのだが……また随分と無茶なことを言い出しやがったなぁと呆れてしまう。
呆れに呆れて呆れ果てた俺が深いため息を吐き出す中、ポチの向こうではシャロンはあわあわおどおどと挙動不審になってしまっていて……そんな俺達に向かって牧田が、その口を大きく開く。
「こんの大馬鹿野郎共が!
特需で忙しい時だってのに無茶な仕事を持ってきやがってよぉ!!」
その大声を耳にしてやはり駄目かと俺が再度のため息を吐く中、牧田がその顔を歪めて……なんとも気色の悪い笑顔を作り出す。
「だがまぁ、あれだよなぁ。
どわあふ共が使っていると知って尚、儂らのとこに来た訳だからなぁ、具足師としちゃぁその気持に応えなきゃぁならんよなぁ……!!」
……なんとも意外なことに牧田はこの依頼に乗り気であるらしく、貼り付けたような笑顔を維持したまま言葉を続ける。
「とりあえず、だ! 今日の所はお前らの顔の採寸と、そこの嬢ちゃんの全身採寸をさせて貰う!
で……そうだな、前より手間自体はかからねぇだろうから……三日だ、三日後に受け取りにきやがれ!!」
そう言って牧田はその右手をぐいとこちらに差し出してくる。
以前にも見た「銭を寄越せ」とのその仕草を見るなり、ポチが牧田を煽るかのような言葉を投げ返す。
「……本当に三日後に出来てるんですか?
割れないガラスなんて作ったことないんでしょう?」
すると牧田はその笑顔を般若のそれへと変化させて、ごうと凄まじい大声を上げる。
「儂が三日と言ったら三日で出来ているに決まっているだろうが!!
もし仮に出来ておらんかったら、銭なんぞいらん!! そっちの嬢ちゃんの防具はただでくれてやるわ!!!」
その大声を受けて一切怯むことなく満足気に頷いたポチは、俺の方を見て「銭を渡してください」と、その目でもって伝えてくる。
それを見て俺が懐の中から財布を、今回の稼ぎが詰まった財布を取り出すと、すかさず牧田の手が伸びてきて、
「無茶な注文を受けてやるんだから、こんくらいはもらっとくぞ!!」
と、そんな言葉を発しながら財布ごとその全てを奪い取ってしまうのだった。
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