第23話 薬師シャロン



「私の名前はシャロンと言います! よろしくお願いします!」


 突然の俺の言葉にしばしの間呆然としてから……そう言ってくれたシャロンを連れて、俺達はまずはと薬膳屋へと足を向けた。


 そうして薬膳屋にて一緒に粥を啜りながらお互いの話をしていって自己紹介を済ませて……油でいっぱいの腹を落ち着かせた俺達は、食い道楽を切り上げ我が家へと戻り、今度は道場へと足を向ける。


「シャロンは薬師だから戦いに参加する必要はない……が、敵意を持った魔物がうろつくダンジョンに行く以上はある程度の身体捌きが出来ねぇと、いざという時に余計な危険を招居てしまう可能性がある。

 という訳でシャロン、ダンジョンに行くだとか装備を揃えるだとかの前に、まずはある程度の動きが出来るように、身体を鍛えることから始めよう」


 道場に入るなり俺がそう言うと、道場なんかに足を運んで今から何をするのかと不安そうにしていたシャロンが安堵の表情を浮かべてこくりと頷く。


「なるほど……そういうことでしたか。

 ですが、そういうことであればご心配をいただく必要はありませんよ。

 これでも私、それなりに鍛えていますので……。

 今どきの女子としても、山歩きをする機会の多い薬師としても、護身の一つや二つ出来なければお話になりませんからね」


 自身に満ちた表情でそう言うシャロンに、俺は感心したと頷き、道場の隅にネイと並んで座ったポチは小さく驚き、座りながら両の腕を組んだネイはうんうんと同調した様子で何度も頷く。


「そいつぁ見くびったようですまなかったな。

 で、あれば……だ、一度俺と手合わせするとしよう。

 お互いの手管を知っていればこそ、背中を預けられるってもんだからな」


 腕を回し、肩を回し、身体の筋を伸ばし温める俺のそんな言葉に、シャロンは少し難しい表情をしながら言葉を返してくる。


「あの……狼月さん、その手合わせとはどの程度の本気度でしたら良いのでしょうか?

 私にとっての護身法とは基本的に、毒薬を使って相手の戦闘能力を奪う方法になるのですが……」


 膝を曲げ、背中を曲げ、ぐいぐいと柔軟をしていた俺は、シャロンの口から飛び出た「毒薬」との単語を耳にするなり、ぴしりと動きを止めて硬直する。


「……ど、毒薬を使うのか?」


 硬直したまま俺がそう尋ねると、シャロンはけろっとした顔で事も無げに物凄いことを言い始める。


「はい、勿論です。

 何しろ私は薬師ですから、薬と毒は表裏一体……毒もしっかりと使いこなしてこその薬師です。

 たとえば野盗や熊に出会った時なんかは、目潰しの毒を使います。

 他にも喉に絡まることで相手を咳き込ませ、呼吸させずに気絶させる毒とか、麻痺毒とかも使いますし……今まで一度も使ったことはないですが、フグ毒なんかも常に持ち歩くように心がけています」


 その言葉を受けて俺は、姿勢を正してから片手を上げてシャロンを制止し……どうしたものだろうかと頭を悩ませる。


 そうやって俺が顔色を悪くしながら頭を悩ませ続けていると、興味津々といった表情のポチから、疑問の声が上がる。


「あの、シャロンさん。

 毒薬を使うのは分かったのですが、野盗や熊に対しそれらの毒をどうやって投与するのですか?

 飲ませるにしても、注射するにしても、ちょっとやそっとでは出来ないと思うのですが……」


 するとシャロンは懐の中から変わった形状の部品のついた紐を取り出し、それを手に持ってだらりと下げながら口を開く。


「こちらの投げ紐を使います。

 この真ん中にある革で作った丸薬皿に丸薬を置いて……滑り止めの付いた紐の端をこうやって掴んで、ぐるぐると振り回して、その勢いでもって投げ付ける感じですね。

 目潰しにしても咳き込み薬にしても、相手の顔にぶつければかなりの効果がありますし……それらの丸薬は何かに当たった直後に砕けるように、砕けた毒粉が周囲に飛び散りやすいようにとの細工をしていますので、近くの木とか足元に当てても、まぁまぁの効果が出ます。

 子供の頃から練習している関係で、追いかけてくる熊から駆け逃げながら投げつけるという形でも、八割方当てる自身がありますね」


 まるで当たり前のことだと言わんばかりに、さらりとそう言うシャロンに、俺は制止の手を上げたままごくりと喉を鳴らし……そうしてから口を開く。


「あー……シャロン。そのー……なんだ。

 無毒な丸薬とかは無い、のか?

 流石に手合わせでなんかで、そういった毒を食らうことになるのは勘弁願いたいんだが……」


「んー……無毒ですか。

 手持ちにはないですけど……そうですねぇ。

 お米を砕いて粉にして、それを丸薬にするとかなら、少しのお時間を頂ければ作れますよ。

 ただそれでも、粉が目に入れば痛いですし、喉に入れば咳き込むことになるかと思いますが……」


 こくりと首を傾げながらそう言ってくるシャロンに、悩んで悩んで、悩みに悩んだ俺は項垂れながら「それで頼む」と、情けない声を返すのだった。




 そうしてシャロンは、台所のお袋に頼んでいくらかの古米を譲ってもらい、それをすり鉢でもって粉々になるまですり下ろし、いくらかの水と何かの粉を混ぜ込んで……と、手合わせ用の丸薬を作り始めた。


 丸薬に混ぜ込まれたその粉が何なのか……毒では無いかとはらはらする俺に、シャロンは笑顔で「大丈夫ですよ」とそう言って、その粉こそが飛び散りやすくするための細工であり、工夫なのだと教えてくれる。


 そうして出来上がった丸薬を、道場の外、陽の光の当たる場所に並べ置いて……乾燥しやすくする為という、また別種の粉をふりかけてから、うちわでもってそよ風を送り当てる。


 そうやってそれなりの時間をかけて完成させた丸薬を、竹筒に入れて腰に下げたシャロンは、なんとも良い笑顔を浮かべて、


「準備完了です!

 それでは狼月さん、お互いの背中を預け合う為にも、手合わせ頑張りましょう!」


 と、そんな言葉を、これからの手合わせを思って戦々恐々とする俺に投げつけてくるのだった。


 

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