第19話 ダンジョンの稼ぎは道楽に


「あ、アンタ達、昨日はあの方にあんなにも自信たっぷりなことを言っていたのに、いつまでこんな所に居るつもりなのよ」


 翌日の昼前。

 菓子屋の軒先で、春の日差しを存分に浴びながら、蜂蜜羊羹をゆっくり味わっていると、隣に座るネイがそんな言葉をかけてくる。


 それを受けて眉をぴくりと動かした俺とポチは……少しの間考え込んでから、構わずに次の羊羹へと手をのばす。


「む、無視するんじゃないわよ!!

 あの方のために悪い噂の払拭をするんじゃぁなかったの!?」


 なんとも険しい顔でそんな大声を上げるネイに対し、俺は大きなため息を吐き出してから言葉を返す。


「だから、今、こうやって一生懸命、払拭に勤しんでるんじゃねぇか。

 キンキン声でがなり立ててばかりいねぇで、お前も羊羹を楽しめよ。支払いは俺達の奢りなんだからよ。

 ……あ、それともアレか? 餅菓子とかのほうが良かったか?」


「……はい?

 勤しんでいるもなにも、ただ菓子を食べているだけじゃないの……!」


 そう言って声を荒げるネイに再度のため息を吐き出した俺は、周囲を見回し……聞き耳を立てている者が居ないことを確認してから、ネイの方へと向き直り、いくらか小さめの声を上げる。


「悪い噂の払拭と聞いてお前がどんな想像をしていたかは知らねぇが……これが今出来る最善の策なんだよ。

 俺とポチがダンジョンに挑んだって話は、事前の支度を派手にしていただけあって、とうに江戸中に広まっている。

 そこら辺の事情を知っているやつが今の俺達の姿を……大金を抱えて、金持ちの良い女を連れて、思う存分に道楽に耽っている俺達の姿を見たらどう思うか、考えてもみろよ」

 

 俺がそう言うと、何故かネイは頬を赤らめて小さな動揺を見せて……そうしてそのまま黙り込んでしまう。

 そんな様子のままいつまで経っても答えを返してこないので、仕方ないやつだなとため息を吐き出してから、言葉を続ける。


「ダンジョンを悠々と攻略し、大金を稼いで、そうして余裕の態度で遊んでいるんだと、そう思うにちげぇねぇ。

 少なくとも今流れているような噂の、血生臭い印象とは一致しねぇはずだ。

 ここはあくまで最初の一手で……これから俺達は数日をかけて、この大金を使い切る勢いで遊び倒すつもりだ。

 そうやって江戸中を遊び歩けば、ダンジョンに行けばあんな風に遊べる程の大金が手に入るって類の良い噂が立ってくれるに違いねぇ。

 悪い噂には良い噂で対抗するってのは常套手段なんだぜ。

 ……実際、この大金は今回の稼ぎによるものだからなぁ、嘘って訳でもねぇし、悪くない手だろうが」


 今回のダンジョン探索に対し、吉宗様が用意してくれた報酬は驚いてしまう程の大金だった。

 具体的には俺やポチの月給の三倍をゆうに超えるような大金だ。


 報酬がまさかの大金となった理由は、新たな情報を得ただとかも少なからず影響しているが、何よりもあの赤い石を持ち帰ったことにある。


 ただの石だと思ったあの石は、ドワーフの学者が調べたところによると、こちらの世界に存在していないと思われるあちらの世界のある山の、一部分にだけ存在する石なんだそうだ。


 これといって特別な力がある訳でも、特別な使い方が出来る訳でもねぇんだが、好事家に売れそうな珍品を持ち帰ったということで特別な報酬が出たと、そういう訳だ。


 ……と、そんな俺の説明をどうにか呑み込んだらしいネイは、いくらかの冷静さを取り戻し、口元を手で覆い隠しながら声を返してくる。


「……アタシはてっきり、立ってしまった悪い噂をかき消すために江戸中を奔走するとばかり……。

 たとえばダンジョンで死んだ連中がいかに迂闊で、準備不足な連中だったとか、その人品の悪さが悲劇の原因だとか、そんな噂を流すとかさ」


「……まぁ、そういう手があるってのも否定はしねぇよ? 否定はしないがな、そんな手を使っちゃぁ、死んだ連中が浮かばれないだろうよ。

 悪い結果になっちまったとはいえ、あいつらだって志があってダンジョンに挑んだはずだ。

 中にはあの方の役に立とうだとか、家族の為にだとか、そういった理由を持っていたやつも居ただろう。

 だってのに、失敗しちまって死んじまったから悪く言ってやろうなんてのはちょっとな……。

 仏様を悪くなんか言いたくねぇってのもあるし、そういった誹りの類は、最終的にこの計画の頭である、あの方への誹りに繋がりかねん……」


 誰かに聞かれるかもしれないと、あえて名前を伏せているあの方のことは心の底から尊敬しているし、俺もポチも今回の計画が上手く行くことを心から願っている。


 そう願っているからこそ、後ろ暗い手段や、誹りに繋がるような手段は使いたくねぇ。


 逆に今俺達がやろうとしている、大金を思いっきりに使っての遊び回るという手段はどうだ。

 食い道楽というどこまでも明るくて楽しい手段な上に、店は繁盛し、俺達は存分なまでに豪遊を楽しめるという、誰も損をしない手段となっている。


 大金があまりにも大金過ぎて俺とポチだけじゃ使い切れそうにねぇと、事情を知っていて都合の付くネイを誘ってやった訳なんだから、あーだこーだと文句を言わず、素直に楽しんで欲しいもんだよ、まったく。


「ポール、ポリー、ポレットにリンさん。

 僕達の弟妹達も誘いたかったのですが、この時間は学校がありますからね……。

 そういう訳でネイさん、僕達の道楽に付き合ってくださいな」


 俺の言葉に続く形でポチがそう言うと、ネイは納得しきれていないという表情をしながらもこくりと頷いてくれる。


 そんなネイの承諾と受けて俺とポチは、


「女将さーん! 寒天菓子を追加でよろしくー!」

「あ、僕はおしるこで! コボルトクルミをお餅の中にたっぷりと入れてくださいね!」


 と、店の奥へと向けて大きな声を上げるのだった。




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