第18話 吉宗の自室、再び
「よくぞ無事に戻ってくれた」
俺達が帰還したと聞いた吉宗様に呼び出された俺達と、何を言っても何をしても俺達から離れようとしない澁澤ネイの三人で吉宗様の自室へと向かうと、なんとも慌ただしく、忙しなくコボルト達が駆け回る室内で、疲れきった顔をしている吉宗様からそんな言葉が放たれた。
吉宗様の顔を目にし、その言葉を耳にしたことでようやくネイは自分が今何をしているのか、何処に居るのかを理解し、冷静さを取り戻たようで、その顔色を真っ青なものへと変えてしまうが……わざわざ特別な願いを提出しての、入室許可を取りまでしたのだから、最後まで付き合って貰うとしよう。
吉宗様の自室へと入室し、履物を脱いだ俺達三人は、吉宗様に向かって頭を下げて……そうしてからその前まで進み、挨拶をし、許可を得た上でゆっくりと腰を下ろす。
腰を下ろし、そして大きな息を吐き出した俺とポチは、ドロップアイテムを鞄から取り出し、それらを吉宗様の前に並べて、ダンジョンで何があったのか、その全てを報告していく。
その報告の中で、ポチが描いた地図や、細々とした調査記録なども提出していって……ドロップアイテムと、その記録の数々を軽く見た吉宗様は、満足そうな表情となりこくりと頷く。
「大義であった。
想定していた数以上のドロップアイテムを持ち帰ってくれた上、新たな発見があったともなれば成果は十分に過ぎる。
その上怪我一つなく帰ってきてくれたのだ……褒美は弾ませてもらうぞ」
その言葉に俺とポチが深く頭を下げると、ぽかんとした顔で話を聞き流していたネイが、慌てた様子で俺達に追従する様子が、音や気配で伝わってくる。
商店主としてはかなりの腕を持ち、それなりの地位に居るネイだが、まだまだこういった所では未熟さがあるのだなぁと、小さく笑っていると、吉宗様から「頭をあげよ」との声があり……頭を上げた俺は、早速とばかりに吉宗様に質問を投げかける。
「……それで、他のダンジョンで一体何があったと言うのですか?
ここにいる澁澤の話だと全滅と言って良い程の、なかなりの犠牲者が出たとのことですが……」
すると吉宗様は、その顔を厳しいものへと変えて、そうしてから大きなため息を吐き出し……言葉を返してくる。
「全滅、というのはいささかの語弊があるな。
ダンジョン攻略のために集めた連中の二割程が死んで、一割程が重い怪我を負ったが、残りの七割……お前達を含めたほとんどが怪我もなく存命している。
……とはいえそこの娘が嘘を言っているという訳でもない。
娘が目にした範囲で、という意味ではそのほとんどが死ぬか怪我を負うかしているからな……」
「それは一体全体どういうことで……?」
吉宗様の言葉に俺がそう返すと、吉宗様は傍らに置いてあった紙束……名簿と思われるそれをめくりながら説明をし始める。
「まずダンジョン攻略のために集めた連中の五割程はそもそもダンジョンに挑んでおらず、旅籠や自宅にて待機している。
いわゆる様子見、というやつだな。
期限がある訳でもなし、早い者勝ちという訳でもなし、であれば情報が出揃うまで様子を見るというのも一つの選択肢という訳だ。
お前達を含む残りの五割と、ビラを見て集まった江戸町民の何人かがダンジョンに挑んだ訳だが……挑んだ連中の半数近く、全体から見ると二割程の連中が、ダンジョンに入った直後に、自らの未熟さや準備不足を理由にダンジョンから脱出している。
ダンジョンの光景をひと目見た後、魔物をひと目見た後、魔物と一戦交えた後。
多少のばらつきはあるが、大体がその辺りで撤退を決意したとのことだ。
……そして、そこの娘が現場に到着したのは恐らく、そういった撤退組が居なくなってからのことなのだろう」
俺達が挑んだダンジョンは、この江戸城にあるダンジョンの中で、最も弱い魔物達が出現する最も安全なダンジョンだとされている。
そしてその最も安全だとされているダンジョンに挑んだのは俺とポチの二人だけ。
残りの連中が挑んだ他のダンジョンにはあの小鬼よりも、強くて厄介な魔物達が出現するということになる訳で……各ダンジョンの詳細を記した事前情報からするに、他のダンジョンにはあの時に見た『鬼』のような連中や、鬼を圧倒するような連中がうようよと……俺達が戦った小鬼と同じくらいの数、頻度で出現するのだろう。
「……それにしても三割もの数が全滅とは……。
まさかいきなり最高難度のダンジョンに挑んだ連中がいたのですか?」
吉宗様の言葉をしっかりと噛み砕き、頭の中で情報を整理してから俺がそう言うと、吉宗様はなんとも無念だという表情をし、その顔を左右に振る。
「いや、犠牲者のほとんどが下から二番目、三番目の難度のダンジョンで命を落としている。
重傷者達からどうにか話を聞き出したのだが……どいつもこいつも全くもって、ろくでも無い理由で死んでくれたものだ。
一匹の魔物にどうにかこうにか、己の全てをぶつけて勝てたから、次も勝てるはずだという理解に遠い慢心。
一切の警戒をしないまま、ダンジョン深部に駆け込んで、包囲されてしまっての全滅。
実戦向きではない飾り具足で挑んでの重症。最新式の旋条式種子島を持ち込んだは良いが、それを狭い室内で発砲して跳弾が起こっての重症。
小さな諍いからの仲間割れ。ドロップアイテムを奪おうとしての襲撃。手柄を独り占めするための妨害やら何やら……
生き残った連中の半分は牢獄行きが決定する有様で、よくもまぁ余の顔に泥を塗ってくれたものだ……」
そう言って吉宗様は深いため息を吐き出す。
ネイが見たという、いくつもの惨死体やら血まみれの重傷者がダンジョンの入り口から吐き出されるという衝撃的な光景は、江戸城内で働く職員や、騒ぎを聞きつけた観光客、興味半分での見学客など多くの人々が目にすることになったようだ。
となるとそこから、様々な噂が発生してしまうことは必定だろう。
その噂のほとんどがダンジョンは危険な場所だと、吉宗様のせいで人死が出たという内容になるであろうこともまた必定と言えて、そういった噂がダンジョン攻略の……その先にある黒船計画の障害になると考えて吉宗様は心を痛めているようだ。
で、あればと一つの決心をした俺は、ポチのことをちらりと見やり、俺と同じ決心をしたらしいポチと共に頷きあってから、異口同音に、
「そういうことなら俺達にお任せください」
「そういうことなら僕達にお任せください」
と、力をいっぱいに込めての言葉を投げかけるのだった。
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