第14話 小鬼戦、決着



 俺は今回の探索の中で、ポチに戦闘をさせるつもりは毛頭なかった。


 妖怪やら魔物やらといった連中と命をかけて斬り結ぶなんざ、ポチには向いていねぇと考えていたし……何よりポチが望んでいねぇと、そう考えたからだ。


 ポチはポチらしく、その知恵でもって活躍してくれたら良いと、そう思っていたのだが……どうやらそれは余計なお世話だったようだ。


 俺の隣で刀を構えるポチの目には、自らの腕でもって魔物という存在を確かめてみたいとでも言いたげな、強い好奇心の色が宿っていて……あの様子であれば小鬼なんかには負けはしねぇだろう。


 そんなポチが構えるコボルト達の身体の大きさに合わせた短刀、コボルト刀は俺達の振るう刀とはちょいとばかし違う造りとなっている。


 俺は刀匠ではないのでそこまで詳しくはねぇが、力ではなく速さでもって振るう為の造りになっているとかなんとかで、その刃の構造は異界にあったという曲刀に近いものらしい。


 素早く動き回りながら、その速さと全身の力を乗せてすれ違いざまに薙ぎ払う為の刀。

 江戸の世と異界の融和のきっかけになったコボルト達への感謝を込めて、ドワーフの刀匠達が考案した全く新しい刀。


 短く軽く、それでいて刃は鋭く、一度肌に触れれば深く長い切り傷を作る刀。


 それがコボルト刀だ。


 そしてポチはそんなコボルト刀だけでなく、俺を翻弄する程のすばしっこさまでを持つコボルトだ。

 ……であれば心配をするだけ野暮ってもんだ。


 と、そんなことを考えていると、小鬼達がすぐそこという所まで距離を詰めて来て……瞬間ポチの姿がさっとかき消える。


 構えている間にその脚に溜め込んだ力でもって一気に駆け飛んだようだ。


 こいつは愚図愚図している暇は無さそうだと、俺も刀をしっかりと構えて……仲間の身体を踏みつけることで鉄菱地帯を突破しやがった小鬼の片割れの方へと駆け出す。


 そうして少しは学習したのか、その盾をしっかりと構える小鬼に向けて、全力での蹴りをぶちかます。


 蹴りは見事に小鬼の盾にぶち当たり、小鬼はその衝撃を受け止めきれず、のけぞって後ろへと倒れ込む。


 刀をいきなり振るっても良かったが、あの無骨な鍋に当たって欠けでもしたら事だ。

 目の前のこれを倒せばそれで終わりという訳でもねぇ、この後の戦いのことも考えておかねぇとな。

 

 何よりこの履物には鉄板が仕込んであるんだ、それを活用しねぇってのは論外だろう。


「草鞋じゃぁこうはいかなかったなぁ!!」


 そんな声を上げながら俺は、垂れ込んだ小鬼の腹を踏みつけて、先程のようにその喉へと刀を突き立てるべく構えを取る。


 それを見るなり小鬼は大慌てでその包丁を俺の足に突き刺そうとしてくる……が、ろくに手入れをしていねぇ包丁じゃぁ俺の革履物に浅い傷をつけるのが精一杯で、何度それを突き立てようが全く貫くことが出来ない。


 そうこうするうちに狙い定めた俺は、刀を一気に突きおろし、小鬼の首を一撃で断つ。


 そうして再度の青い血しぶきと断末魔が上がって……刀を抜き取った俺が周囲へと視線を巡らせると、少し離れた場所で刀についた汚れを布切れで拭い取っているポチの姿があった。


 その側には全身切り傷まみれとなった小鬼の死体があり……どうやらポチの方が先に小鬼を仕留めていたようだ。

 

 やはり速さではポチには敵わんなぁと思うと同時に、俺はあることに気付いて刀を構え直し、神経を尖らせる。


 ポチはそんな俺の様子を見るなりその意図に気付いたようで、拭いかけのコボルト刀を構えて、鼻をすんすんと慣らし始める。


「ああもう血なまぐさいったら! 敵の気配が嗅ぎ取れないではないですか!!」


 そんなことを言いながらポチは尚も鼻を慣らし続けるが、どうやらこの血溜まりの中では役に立ってくれないようだ。


 ……つまりはそういうことだ。

 未だに死体と血溜まりが、そこにあり続けていやがるんだ。


 戦闘後になったら消えるというそれが消えていないということは、まだ戦闘中ということ。


 この小鬼達が現れた時のように、新たな敵が現れるに違いないと俺とポチは神経と尖らせに尖らせて、周囲に視線を巡らせ、更には頭上にまで視線を巡らせ……敵は何処だ、何処から襲ってくる、と警戒し続ける。


 そうして少しの間があってから、周囲に視線を巡らせていたポチが、


「あっ!!」

 

 と、声を上げる。


 そうしてポチが指を指した先には……先程その目に鉄菱の投擲を受けた小鬼や、追突を受けて鉄菱の中へとすっ転んだ小鬼の姿がある。


 それらの小鬼は痛みのせいか、それとも出血のせいか、ほとんど動きを見せていなかったが、僅かにその身を痙攣させていて……奴らのことをすっかりと忘れていたというか、討ったつもりでいた俺は、なんともいえない気恥ずかしさを覚える。


 どうやらポチも同じ心持ちのようで……そうして無言となった俺達は誰が見ている訳でもないのに、表情を取り繕いながらそいつらの方へと足を進める。


 勿論新たな小鬼が現れる可能性もあるにはあったので、警戒は続行したまま神経を尖らせながら足を進めて……まずは追突を受けた小鬼の首を絶ち、そうしてから慎重に広場へと向かう。


 獣道と違ってかなりの広さがあるそこには、倒れ伏す小鬼以外の気配はなく……ポチの鼻も耳も無反応のままのようだ。


 それでも何かがあるとするならば、目を怪我しただけのその小鬼が何かを仕掛けてくる可能性だが……思った以上に傷が深いようで、小鬼はただ痛みに悶えるばかりで何かをしてくるような気配は全くない。


 俺達が近付いても、側に立って刀を構えても小鬼はそのままで……俺はその首を断つべく、全力でもって刀を振り下ろす。


 そして刀が小鬼の首を絶ち、そこから血しぶきが上がった……次の瞬間、小鬼の姿がその血しぶきごとその場からすぅっと消え失せる。


 俺の刀についていた血や脂も、防具についていた血しぶきの跡も、何もかもが消え失せて……獣道の方へと視線をやれば、そこにあったはずの小鬼達の死体も綺麗さっぱりと消え失せていた。


「……本当に消えるたぁなぁ。

 そこにあった熱も臭さも、何もかもが綺麗さっぱりだ」


「刀の汚れも、布切れの汚れも綺麗になっていますねぇ。

 狼月さんの履物の浅い傷跡は残ったままなので、奴らが居たことは確かなのですが……」


 俺の言葉に対し、ポチがそう返して来て……履物を確認してみると、確かにそこには先程受けた傷跡が残っていた。


 ……いやはやまったく、珍妙不可思議にも程があるなぁと、俺がそんなことを考えていると、一段と不可思議な現象が目の前で起こってしまう。


 空中に突然淡い光が現れたかと思ったら、その光の中に何かが現れて……それがぽとりと地面に落ちたのだ。


 地面に落ちても尚、それは淡い光を放っていて……その現象に俺が唖然とする中、ポチが声を上げる。


「……これが例のドロップアイテムですか。

 まさか本当に何処からともなく落ちてくるとは……」


 そう言ってポチは淡い光を上げ続けるそれに、そっとその手を伸ばすのだった。


 



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