第13話 小鬼戦
なんとも不格好な、がちゃがちゃと音を立てる鎧を上下に揺らしながら、小鬼がこちらへと駆けてくる。
近付いて来るその姿をよく見てみると、足にはただ布が巻いてあるのみで……それを見た俺は鉄菱から距離を置きながら声を上げる。
「子供用の履物は盗めなかったか! ……いや、その足の大きさを見るに赤子用かぁ?
お前のような醜男に似合う赤子用の履物は、そう簡単にはお目にかかれねぇだろうなぁ!!」
言葉が通じるとも思えないが、兎に角足元に注意を行かせないようにと言葉で煽り、顔で煽り、手仕草でもって小鬼を煽り立てる。
すると小鬼はその青い顔を一段と濃い青色へと変えて、ギャーギャーと声を上げながら突き進んでくる。
そうしてそのまま鉄菱を撒いた一帯へと足を進めていって……、
『ギャァァァァァァァ!?』
と、鉄菱を踏んだ小鬼は悲鳴を上げながらつんのめって、その顔面を地面へと激しく叩きつける。
「ここまで上手くいくとはな!」
そう声を上げながら俺は、一気に距離を詰め小鬼の背中を踏みつけて……そうしてその、何にも守られていない首根っこ目掛けて全力で刀を突き立てる。
『―――ァァァァァァァ、ギャァッ!?』
すると喉を枯らさんばかりの悲鳴を上げ続けていた小鬼は、なんとも短い断末魔を上げながら青い血しぶきを周囲に撒き散らして……そうして息絶える。
その小鬼の姿をじっと見つめて、手に残った言い様の無い感触を確かめていると……そんな俺の下に駆け寄って来たポチが声をかけてくる。
「……狼月さん、様子がおかしいです。
魔物を討ったなら戦闘後にその死体やら血糊やらが綺麗さっぱり消え失せるという話だったのに、小鬼の死体がまだそこにあり続けています。
……その小鬼、まだ生きていたりしません?」
「おいおい……こんな細っこい首に刀が突き刺さったんだぞ?
何もかもが断たれて、息なんか出来る訳が―――」
俺がそう言葉を返している最中、一体何処に隠れていたのか四体の小鬼が広場に姿を現し、こちらを睨みつけ、先程の小鬼のようなギャーギャーとの金切り声を上げ始める。
「なるほど。
まだ『戦闘後』では無かったと、そういうことですか」
「言ってる場合か!!」
呑気なことを言うポチにそう声を返した俺は、慌てて刀を引き抜き、小鬼の死体を引っ掴んで持ち上げて、獣道の脇……目の前の連中に鉄菱を踏ませるのに邪魔にならない位置へと放り投げる。
「……いやー、いくらなんでもばれちゃっていると思いますよ。
相手がおとぼけ狸だとしても、それを踏んだりはしませんって」
そんなポチの言葉を聞き流しながら刀を構え直した俺は、じっと見やって小鬼達の様子を窺う。
すると小鬼達は広場で尚もギャーギャーと声を上げていて……どうやらポチの言葉通り、鉄菱の存在に気付いた上で警戒してしまっているようだ。
「一つ、このまま様子を窺う。
二つ、小鬼共を挑発してみる。
三つ、鉄菱を拾い上げ再度投擲してみる。
四つ、広場へ突貫。
……さぁ、どれを選ぶ」
小鬼達の様子を窺いながら俺がそう言うと、俺の数歩後ろに居るポチが、刀を引き抜く音をさせながら、言葉を返してくる。
「時間をかけたからといって有利になる訳でもないので、一は却下。
二と三を試してみて……状況が動かないようなら四を選びましょう。
時間をかけ過ぎると更に数が増える可能性もあるので、焦らず慌てず、かつ迅速に行動しましょう」
「難しいことを言ってくれるなぁ!!」
そう声を返した俺は、まずは先程のように言葉と顔と仕草でもって小鬼達を挑発してみる。
……が反応は芳しくなく、次の策に行こうと俺は小鬼の死体をちらりと見て……さっとしゃがみ、手早く数個の鉄菱を拾い上げて腰の鞄へとしまいこむ。
「その死体を使っての挑発はしないのですね」
俺のそんな様子を見てなのか、ポチが低い声で言葉を投げかけてくる。
「……そういう手段は、いよいよ命が危ういって時の、最後の手段にとっておくさ」
小さな後ろめたさを抱きながらそう返した俺は、さっと立ち上がって刀を左手で握り、鉄菱を右手でもって挟み持ち……力任せに投げつける。
横に広がる形で構える四体の小鬼のうち、右から二番目の小鬼に向けて投げたその鉄菱は……ものの見事に小鬼の顔へとぶち当たる。
その手に持っている盾を構えていれば良かったろうに、そうしていなかった小鬼は、鉄菱の尖りをよりにもよってその目で受けてしまったようで、目を両手で抑えながら膝から崩れ落ち、
『ギュォォォォォ……』
と、声を上げながら悶え苦しみ始める。
その様子を見て俺は、鞄の中から鉄菱を取り出し、小鬼達に見えるように手の中で遊ばせながら……なんともわざとらしい、にやりとした大きな笑みを浮かべる。
『次はこれをお前達の目に当ててやるぞ!』
そんな俺の言外の言葉が小鬼達に通じたのかは定かではないが、兎にも角にも結果として残りの小鬼達全てが半狂乱になりながらこちらへと駆け出してくる。
そしてその先頭を駆ける小鬼が、残りわずかとなった地面の上の鉄菱を指差して、
『ギュオ! ギュオ! ギュォォォ!』
と、後ろの小鬼達に向けてなのか、言葉を話している風な声を上げる。
あの数であれば、あの陣容の薄さであれば、駆けたとしても踏む心配は無い……とかなんとか、恐らくはそんなことを言っているのだろう。
そういうことならと俺は、手の中で遊ばせていた鉄菱を地面へと転がし、転がし次第に手で合図を出し、ポチと共に大きく後退する。
『ギュォォォ!?』
再度鉄菱を撒かれることを予測していなかったのか、驚愕の表情でそんな声を上げた先頭の小鬼は、慌ててその足を止めようとする―――が、そこに後ろを駆ける小鬼達が追突してきて、その勢いでもって顔面から鉄菱まみれの地面へと倒れ込み……ああ、あの有様じゃぁもう戦えねぇだろうなぁ。
「考えが浅いと言ったら良いのやら、なんとも短絡的な種族なのですねぇ」
目の前の惨状を見て、そんな声を上げたポチは、コボルト刀をしっかりと構えながら俺の横に立つ。
「残るは二体。
であれば一体は僕が引き受けます」
そんなポチの力強い言葉を受けた俺は、さて、どうしたものだろうかと考え込む。
そして数瞬後、目の前のあれと違って思慮深いポチがそう言うのであればと頷いて、大きく口を開く。
「任せたぞ!」
そんな声を共に気合を入れ直した俺は、ポチと並び立ちながらしっかりと刀を両手で握り、構えを取るのだった。
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