第11話 ダンジョン探索開始


 ポチと頷き合い、見送りに来てくれた面々に頭を下げて……そうしてから俺とポチはその裂け目へと手を伸ばす。


 危ないものでは無いと知ってはいるのだが、どうにも恐ろしくてゆっくりと手を伸ばし……伸ばした手が裂け目に触れた瞬間―――裂け目が蠢き、大きく開かれ……俺達はその裂け目に飲み込まれてしまう。


 まるで意思を持っているかのような裂け目の動きに驚き、目を見開いていると、周囲に見えていた蔵の光景がぐにゃりと歪んで……その歪みが正されていくと同時に、周囲の景色が、木々が持つ幹の色やら青葉色やらに塗り潰されていく。


 時間にして一秒か、二秒か。

 景色はそれ程の短時間で塗り潰されていって……そうして歪みが綺麗に正されたそこには、見たこともない風変わりな草木が生い茂る、山林の景色が広がっていた。


「……分かっていたことだが、それでも驚いちまうなぁ、これは」


「……えぇ、驚くやら恐ろしいやら、事前に知っていなければ狂乱してしまっていたことでしょう」


 そう言って俺とポチは、腰の刀に手をやりながら周囲を見渡す。


 どうやら俺達が立っているのは山林の獣道であるようだ。

 獣道にしては不気味な程真っ直ぐに前方へと続いていて……道の左右は木々が隙間なく生え揃うことで覆い尽くしている。


 空を見ようと見上げて見ても、そこにあるのは枝葉ばかりで、空は全く見えないのだが……不思議と太陽の光は届いていて、周囲が見通せるくらいには明るく、春心地といって良いくらいには暖かい。


 そして後ろへと振り向くと、そこには先程触れた裂け目があり……、


「なるほど、これに触れればあの蔵に戻れるのか」


「……これに触れるか、最奥に至るかが帰還の手段、と。

 知っていなければ本当に泣きわめいていたことでしょうねぇ……」


 と、俺達はそんな言葉を呟く。


 ……ポチの言葉は決して大げさな物ではない。


 見たことも聞いたこともない木々が、なんとも不自然な形で広がる、珍妙不可思議なその光景は、見ているだけで言い様のない恐怖が膨れ上がるもので……帰る手段を知っていなければ泣き喚いて当然、発狂すらあり得ただろう。


「……ここに生えている木々が異界のそれで、この光景を見たことによりエルフやドワーフ達は帰還の可能性を信じた……と、そういうことか。

 懐かしき故郷の光景を前にしながら、帰還出来ないと知った時の絶望たるや、尋常では無かったのだろうな」


「苔むした感じとか、所々にびっくりする程の巨木がある感じとか、写真で見た屋久島の光景にちょっと似ていますね。

 ……エルフさん達が屋久島を住処に選んだのも納得です」


 そう言って俺は壁となっている木々に手を伸ばし、ポチは地面の土や小石に手を伸ばし、触れようと試みる……が、不思議な力で阻まれてしまい、そうすることが出来ない。


 柔らかい壁があるというか、何かの力が抵抗しているというか、強風や川の流れに押されてしまっているような感覚によく似た何かがそこにあった。


 試しに足を持ち上げ、地面を蹴ってみるが……土埃は上がらず、小石も飛ばず、硬い石床を蹴っているような感覚が足に伝わってくる。


「見せかけの世界……か、なるほどな。

 景色に惑わされず、岩洞窟の中を歩いているくらいの感覚で居たほうが良さそうだな」


「……でも、匂いは山林の中の匂いなんですねぇ。

 うぅん、不思議が過ぎて、理屈で理解するのは無理っぽいですね」


 鼻を突き出し、すんすんと匂いを嗅ぎ集めながらそう言ったポチは、腰鞄の中から鉛筆と、厚紙を取り出し、そこに周囲の地図を記し始める。


 このダンジョンの中において、俺とポチの役割ははっきりしている。


 俺は戦闘担当、兎に角敵を切り捨てる役。


 ポチは索敵と頭脳担当、その優秀な耳と鼻で敵を見つけ出し、俺に知らせる役。

 その敵がどんな敵であるかの情報を、事前に受け取った資料の中から探り、俺に教える役。

 地図を作っての道案内役。

 ドロップアイテムの収集、管理役……などなど。


 江戸の世が築いて来た……それぞれの長所でもってお互いを助け合う、人とコボルトによる協力共同暮らし。

 それはきっとこのダンジョンの中であっても通用することだろう。


 


 それから俺は刀に手をやりながら敵……魔物がやってこないかの警戒。

 ポチは道の形や、特徴的な景色の絵図、そこに広がる匂いなどの細かい情報を地図に書き記していって……そのまま、何も起こらないまま時が過ぎていく。


 少しばかり退屈ではあったが、これも必要なことだとぐっと堪えて、神経を尖らせていると、ポチがゆっくりと鉛筆を滑らせながらぽつりと言葉を漏らす。


「狼月さんは、このダンジョンをどういう存在なのだと捉えていますか?」


「あん? 相変わらずの藪から棒だなぁ。

 ……どういう存在、か。

 珍妙不可思議! 八大地獄巡り! ってところかね?」


「……狼月さんらしいですね。

 僕はお詫びの品なんじゃないかって考えています」


「……詫び? 誰から誰へのだ?」


「異界の神様から、貴方達江戸の人々へと……。

 僕達みたいなよそ者を押し付けてごめんなさい、お詫びにこの便利なダンジョンで便利な品々を―――」


 と、ポチがそこまで言ったところで、俺は鞘を鞘受けから外し、こじり(鞘の先端のこと)でもってポチの鉢金を小突く。


「この大馬鹿野郎が!

 お前達は江戸生まれの江戸育ちの、立派な江戸っ子じゃねぇか。

 何がよそ者だよ、まったく……。

 今も昔もこの大江戸には、お前等をよそ者だとか迷惑だとか、そんなことを考える馬鹿は一人たりとも存在してねぇよ!

 それどころかよくぞ来てくれた、よくぞ友になってくれた、よくぞ江戸の世をここまで豊かにしてくれたと感謝する声ばっかりだろうが!」


 俺がそう言うと、ポチは顔を上げて目を丸くしながら言葉を失う。


「もし、仮にお前の言う通り神だの仏だのの余計なお世話だったとしたら、今頃綱吉公が、権現様(徳川家康)と一緒になって、あの世で異界の神を相手取っての大立ち回りをしているに違いねぇ。

 それどころか歴代将軍とそれに従った猛者達までもが参戦して、あの世でも江戸の世が出来上がっているかもしれねぇな!

 ……どうせならば東照大権現様からのありがたい贈り物くらいの、気の利いたことを言いやがれ」


 更に俺がそう言葉を続けると、ポチは小突かれた鉢金を撫でるようにして触って、位置を直し、目元を隠し……そうしてから地図を完成させるため、さらさらと、軽快に鉛筆を動かし始める。


 その様子を見た俺は熱のこもった鼻息を「ふんっ」と、荒く吐き出すのだった。





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