第10話 いざ、ダンジョンへ
五日後。
牧田から防具が完成したとの連絡が届き、その日のうちに防具を取りに行って……そして道場に戻り、澁澤の店で揃えた旅具と合わせての試着を行った。
隙間なく身を覆ってくれる革鎧を纏い、中の品を守る為か四角く硬い、革と布合わせの背負鞄を背負い、鉢金を巻いて、頭巾付きの外套をその上から羽織る。
腰鎧には小物を入れる小さな箱鞄を縛り付け、カンテラを下げ、鉄製の水筒を下げ、備え付けられた鞘受けに愛刀と脇差を縛り付け、しっかりと固定する。
そして草鞋(わらじ)と脚絆(きゃはん)を一体化させたような、長い履物で足をすっぽりと覆い……履物に足首を支えられるという違和感に戸惑い、その動きやすさに目を丸くする。
ポチの方は薄皮の羽織に薄皮の袴といった格好に雨避けの外套を羽織り、薄く小さいものながらしっかりとした強度を保っている鋼板を貼り付けた鉢金をおでこに巻きつけている。
そして腰にはコボルト刀と、小さな箱鞄と小さなカンテラと……大体俺と同じ物を下げているようだ。
背負鞄の中には野営の道具などがあり、箱鞄の中には様々な薬が入っており……これだけあればどんな魔物が相手であれ、問題なく対処できることだろう。
そうやってしっかりと装備を身につけたら……そのままの状態で道場を駆け回り、転げ回り、ポチと相撲を取るなどして体を装備に慣らし、装備を体に慣らしていく。
身に付けた当初は硬かった革鎧も、そうするうちに柔らかくなり、動きやすくなっていって……そのまま日が暮れるまで体を動かし続ける。
ダンジョンへ向かうのは明日で良いだろう。
今は兎に角この装備に慣れるのが優先だと体を動かしに動かし……そうして夕刻になったら装備を脱いで、手入れを始める。
馴染みがなく知らないことだったが、革というものは手入れをしてやらないとあっさりとひび割れて使い物にならなくなってしまうらしい。
油を塗り、薬剤を塗り、保管場所にも気をつける必要があるのだそうだ。
新しい装備を手に入れるまではこいつが俺達の相棒だ、大事にしてやらなければならない。
手入れを終えて、水浴びを済ませて、そうして夕餉時となり母屋に向かうと、そこにはわらびに若菜に鯛に、染ゆで卵に天ぷらに、山盛りのコボルトクルミに大福にと、誰の結婚式かと思うような豪華な膳が用意されていた。
「上様の直命を受けての出陣前夜だ、このくらいは用意してやらんとな。
それとも三献の儀でも用意してやったほうが良かったか?」
膳を見て驚く俺とポチに向けて、満面の笑みを浮かべる親父がそう声をかけてきて……俺とポチは笑顔で礼を良い、早速とばかりに膳に飛びつく。
品が豪華なだけでなく、かなりの手を尽くしてくれたのだろう、どれもこれもが驚くほどの美味で、俺とポチは夢中で箸を動かし続ける。
江戸湾で釣ったばかりらしい春鯛は驚く程に香り立ち、わらびも若菜も噛む度に味が深く、卵と天ぷらはいくらでも食える程に美味で、最後にクルミと大福を食えばもう腹が張り裂けんばかり。
そうして満腹の腹を抱えた俺とポチは、そのまま寝床に入ってぐっすりと眠り……翌朝。
身支度と水浴びと朝餉を終えた俺とポチは、装備を身に付け、整え、堂々と出立すべく玄関へと足を向けた。
すると家族の皆が俺達を見送ってくれて……皆の声援に背を押されながらいざいかんと足を踏み出そうとした―――その時、妹のリンが大声を張り上げる。
「あっ、忘れてた!!」
そう言って何処かへと駆けていったリンは、少しの間があってから二つの大小の笹包を持って玄関へと駆け戻ってくる。
「はい! おむすび!
あっちで食べてね!」
俺に大きな笹包を、ポチに小さな笹包を差し出してそう言ってくるリンに、俺とポチは、
「おう、これを食って手柄を立ててくるよ!」
「あっ、この香り、コボルトクルミですね、コボルトクルミの甘露煮入りですね!!」
と、そんな声を返しながら包を受け取り、それぞれの腰の箱鞄の中へとしまい込む。
そうして俺とポチは、全身が沸き立つような初陣気分で江戸城へと足を向けたのだった。
ダンジョン。
異界のひび割れの残滓。
それは日の本中の……世界中のそこかしこに存在しているらしい。
ひび割れた空が、まるで稲妻かと思うような形でどんどんと広がっていって、地面の方へと下って行って……そしてそれが地面にまで至った時、固定された裂け目となり、ダンジョンとなるのだそうだ。
そうやって出来上がったダンジョンは、こちらから触れなければ何事も起こさず、ただ浮かんでいるだけで、幕府はそれを家屋敷や蔵などで覆い隠し、これまで隠蔽してきたのだそうだ。
この大江戸にある裂け目は全部で八つ。
そしてその全てが江戸城内部、大手門の向こうにあるんだそうだ。
そういう訳で俺達はまずは江戸城へと、大手門の向こうへと足を進める。
するとそこには既にダンジョンへ潜った後なのか、それともこれから潜ろうとしているのか、いかにもな武装をした者達がおり……そいつらは俺達を目にするなり、あからさまな嘲笑を浮かべ始める。
どいつもこいつも派手で、色鮮やかで、なんとも立派な戦国具足や大鎧を身に付けていて……そんな連中からすると、俺達の地味な出で立ちは笑えるものなのだろう。
そうした嘲笑を受けた俺達は、ただ堂々と、この格好をよく見てくれと大股で、百人番所……江戸城にあるダンジョンの中で、最も安全で、最も弱いとされている魔物が出るダンジョンがあるという、そこへと足を向ける。
その様子を見てなのか蔑みの声まで聞こえてくるが、気にせず足を進めて……百人番所へと辿り着くと、百人番所の大蔵の前に吉宗様と、牧田、澁澤の姿がある。
事前に連絡をしていたとはいえ、まさか吉宗様までがこうして待ってくれているとは……。
俺達がすかさず深く頭を下げ、礼を言おうとすると、吉宗様は「よせよせ」と手を振って、大蔵の扉に手をかける。
そうしてその扉が開かれると、その向こうには何も置かれていない空っぽの蔵の姿があり……その中央に、ぽかりと浮かんだ『裂け目』としか表現出来ない何かがある。
……黒い稲妻を途中で切り取ったとでも言えば良いのか、空間を両手でひっ掴み、無理矢理裂いたと言えば良いのか。
兎にも角にも初めてその姿を目にした俺とポチは、思わず笑顔になり、興奮のあまりに体を震わせて……、
「これが武者震いか」
「これが武者震いですか」
と、異口同音に呟くのだった。
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