第4話 江戸城
より大きく、多くの人々が行き交えるようにと改築された大手門を過ぎて右に折れて、警備詰め所へと向かって、警備の同心に挨拶をしながら刀を預けて、入城の受付を済ませる。
そうしてから櫓門を通り過ぎて少し進むと、すっかり観光名所となったコボルトクルミ畑が一面に広がっている。
春となって芽吹き始めた畑と畑の間を貫く石畳の道には、多くの観光客の姿があり……説明員とのたすきをかけたコボルトが、観光客を相手にコボルトクルミの解説をしている。
「かつて三の丸があったこの場所には、コボルト達が異界から持ち込んだコボルトクルミが植えられています。
滋養があり、保存も効くコボルトクルミは、コボルト達の大好物であり、主食であり、コボルトの文化を支えて来た根幹……コボルト達にとっての魂のようなものなのです」
そう言って説明員は、懐からいくつかの殻付きのコボルトクルミの実を取り出して観光客達に手渡していく。
「このコボルトクルミに目をつけ、奪い取ろうとしたのが異界の人間達でした。
コボルトの村を襲撃し、クルミ畑を占領し、蓄えのクルミすらも力づくで奪おうとする人間達に対し、コボルト達はクルミを抱えて逃げる道を選択し……命からがらの逃亡劇の果てにコボルト達はこちらの世界へとたどり着いたのです。
こちらの世界の人々を前にしてコボルト達は、また襲われるのか、また奪われるのかと震え上がりましたが……その態度と表情から大体の事情を察した綱吉公は、奪おうとするどころか、こちらの世界のクルミを山のようにかき集め、コボルト達に下賜されたのです。
そうやって綱吉公のお心に触れたコボルト達は、言葉が通じないながらも綱吉公と心を通わせることになり―――」
何度聞いたかも分からないそんな解説を聞き流しながら、石畳を踏み歩いていると、ポチが尻尾を振り回しながらなんとも楽しげに声を上げ始める。
「それから綱吉公とコボルト達は、手を取り合いながらコボルトクルミの栽培に挑み……何度も何度も失敗することになりましたが、諦めることなく挑み続けて、そうしてエルフとドワーフの到来によって得た知識と技術でもって見事に成功。
以後コボルトクルミは、異界との融和を象徴する神樹として大切にされているのです―――と、ここら辺の話もリンさんにしてあげないとですねぇ」
今朝方、似たようなことをやらかして逃げられたばかりだというのに、懲りない奴だと呆れながら足を進めていって……コボルト同心達が日光浴をしている二の丸公園を過ぎて、同心番所を過ぎて、そうしてようやく江戸城の本丸……があった場所が見えてくる。
太平の世に天守は不要。
との先代将軍の方針により大規模の改築工事が行われたそこには、天守台すらもなく、ドワーフ考案の地震と火災に強いという、鉄筋レンガ造り、二階建ての江戸城が鎮座している。
横に長く、奥に広く、角張った作りと、いくつも並ぶガラス窓と、玄関前の大噴水がなんとも特徴的だ。
その周囲には似た造りの、やれ経済だの、文化だの、薬学だのを研究している支城が何棟も立ち並んでいて……そこかしこを人やコボルトや、ずんぐりとした灰髪、灰目、灰髭ダルマのドワーフや、金髪青目、長身とんがり耳のエルフが、着物の袖を揺らしながら行き交っている。
「ん~、ここはいつ来ても慣れねぇ不思議な空気が流れてるよなぁ。
大江戸らしくねぇというか、噂に聞く異界みたいというか……これが文明開化の景色なのかね」
「僕は好きですけどね、この景色。
行政の中心、太平の象徴……江戸城ここに在り! って感じがします。
そのほとんどが屋久島に住んでいるエルフさんや、佐渡島に住んでいるいるドワーフさん達ともここなら簡単にお会いできますしね」」
ポチとそんな会話をしながら足を進めていると……大噴水の辺りに、この景色に似つかわしくない物騒な連中がたむろしている様子が視界に入り込んでくる。
筋骨隆々といった様子の連中や、物騒な槍やら刀やらを担いだ連中や……ドワーフが考案した施条種子島を背負った連中までいやがる。
「……おいおい、なんだよ、この物騒な連中は。
詰め所に武器を預けもしねぇで……一体何事だよ」
「警備の同心達が騒いでいなかったので、許可を得てのことだとは思いますが……うぅん、エルフさんやドワーフさんまでが武装をして、その上伝統衣装まで着て、本当に何事なのでしょう……」
ポチの視線の先には絹地の南蛮服、シャツとズボンとかいうのを着たエルフと、獣の毛皮と鉄で作ったらしい鎧姿のドワーフが居て……なるほど、あれがエルフとドワーフの正装なのか。
着物姿しか見たことの無い俺からすると、凄まじいまでの違和感を覚えてしまう格好だなぁ。
と、そんな風に俺とポチが困惑していると、江戸城の二階の中央の窓に、見覚えのある男が姿を見せて、俺達に向けてこっちに来いと、大げさな仕草でもって手を振ってくる。
その男に向けて俺がかしこまった態度で頭を下げていると……男の姿に気付いたポチが慌てた様子でぐいと頭を深く下げる。
そうやってしばしの間、頭を下げ続けてからゆっくりと頭を上げると、男は豪快に笑いながら「良いから早くこっちに来い」と、仕草で俺達に伝えてきて……俺達は素直に従って、江戸城の玄関へと足を進める。
葵の御紋の装飾がされた扉を引き開き、履物を脱がないまま足を踏み入れて、柔らかい床敷……真っ赤な絨毯を踏みしめながら少し進むと、目の前に広がる大階段を、先程の男がどすどすと駆け下りてくる。
「遅いぞ、犬界! ポバンカ!
待ちくたびれたわ!」
年は三十、長身でがっしりした体躯をしており、そこらで売っているような葵色の着流しを身に纏い、長い髪を束ねもせずに揺らす、豪快な笑顔を浮かべた男……江戸幕府第八代将軍、徳川吉宗はそう言って……ポチのことを片腕でぎゅっと抱きかかえ、もう片方の手で俺の肩をバンバンと、力いっぱいに叩いてくるのだった。
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