第2話 ショートホラー「兆し」


篠原絵里子は、遺産の三億円のことを、考えるのが苦痛だった。

だからといって、誰かに相談できるものでもなかった。

三か月といった、その期限は、容赦なく過ぎようとしていた。


「お決まりになりましたでしょうか?」

今日も銀行の、支店長から直々の電話があった。


離婚して離れ離れになった父からの遺産。

あまり記憶のない父の命の代金の三億円。

「お骨さえ、拾ってないのにね。」

絵里子は、母の遺影に、呟いた…。


絵里子は、東京を離れることに決めた。

三億円で、遠くでやり直そう…。

絵里子は、支店長に、全額通帳に振り替えてもらうように、依頼した。


引越しのトラックが、絵里子の家を出たのは、三か月後だった。

行先は、富山…。

母の実家があって、昔遊びにいった記憶があった。


そこで、小さな家でも買って、大好きな絵でも描いて過ごそう…。


砺波市に家を買った絵里子は、油絵の個展を開いた。


お父さん、使わせて貰うね…。


絵里子の個展は、盛況だった。


ある政治家の秘書から、是非買い求めたいという、話が持ち掛けられていた。

「母の肖像」

その絵が法外な値段で、引き取りたいと交渉されて、絵里子は、売り物ではないと、断った。


こちらでしたら…。


代わりに絵里子が持ち出したのは、「巡礼」という名の、油絵だった。

「では、こちらで…。」


秘書は、うやうやしくその油絵を抱えると、黙って、一枚の小切手を差し出した。


五百万円…。


絵里子は、呆気にとられたまま、その小切手を見詰めていた。


それが、恐怖の幕開けとも知らずに…。



―完―

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