第91話 かつての縁を断つ 4

「お邪魔しますっと」

「おう、いい加減真正面から来てもいいと思うがの」


 慣れた様子で山神は声をかけ、差し出された酒瓶を嬉しそうに受け取る。


「行ってきたよ」

「あまり心配はしていなかったが、怪我一つないようでなによりだ。それでどのようなことがあった?」


 将義は向こうであったことをすべて話す。それを山神は酒をちびりびちりと飲みながら聞いていく。話したことには人神が秤神によって眠りにつかされたことも含まれていた。


「わしがこっちに来たのは骨を組み込んだからじゃろうな。それくらいしか理由が思いつかん」

「だろうね。しっかりと回収して墓の下、地下深くに放り込んだから、また使われることはないと思う」

「一度死んだから墓があってもおかしくはないが、なんとも不思議な気分になるもんだ。まあボールムとして死んだと区切りをつけるにはいいことか」

「墓には名前とか刻んでないし、誰の墓なのか、そもそも墓ということも理解されるかわからないけどね」

「それでいいさ。わしはここにおる。誰かに墓参りしてほしいとも思わん。それにしてもあちらの人間は今後大変じゃろうな」


 山神からは心配する思いは感じられず、他人事のように言う。向こうで生きた時間よりも長い時間を地球で過ごし、地球の住人という意識なのだから、他人事と感じられても無理もないのだろう。


「俺が召喚されなかったら、もっと早くそうなるはずだったんだし、頑張って生きていけとしか言えないな。人の時代を魔物が生き抜いたように、魔物の時代を人も生き抜くさ。もともとそんな感じで繰り返してたらしいしね」

「三百年ほどの周期で交代していたのだったか。向こうの神が言うなら間違いないのだろうな。そのような仕組みとは文献には載っていなかったから、人は誰も気づいていなかったのだろう」

「文献を残しても魔物の時代に紛失しそうだしね。発掘調査をしっかりと行えばそこらへんのヒントはみつかったかもしれないけど」

「わしが知るかぎりでは考古学はあまり発展しておらんかったな。昔からの技術は大切にしていたが、生活様式などを気にする者はほぼおらんかったよ」


 山神は少しだけ向こうの暮らしに思いをはせて、酒とともに思いを飲み込んだ。


「なんにせよ、これで向こうからおかしなものが送り込まれることはないのだな」

「ないね。しっかりと召喚陣は潰して、知識に関しても一部を完全に消してきた。再現しようとしてもどれくらいの時間がかかるか。押し寄せる魔物への対応で、そんな暇はないかもしれないけどね。ああ、でもまったく別の世界からなにか入ってくる可能性もあるのか?」

「なにかの予兆でも感じたか?」

「いや、可能性としてあるかもなって思っただけ。さすがにないかな。異世界がまた地球に繋がる可能性より、ほかに数多あるだろう星とかに繋がる可能性の大きいだろうし」

「そういうのをフラグと言うのではなかったか?」


 いやないないと手を振って笑い、将義立ち上がる。


「帰るのか」

「唐谷さんにクリスマスパーティ誘われてるから」

「楽しむといい。プレゼントは用意してあるのか?」

「……一年間続く無病息災の魔法でいいだろ」


 両親へのプレゼントは考えたが、あちらへはまったく考えていなかった。その場で思いついたものを口にする。

 それを山神は見抜いて、呆れたような視線を向ける。


「せめて見栄えをよくして、それらしく繕えよ」

「見栄えねー」


 少し考えて頷く。二通りの方法が思いついた。


「じゃあ、また」

「うむ。年末年始は忙しいから来ても相手はできんぞ」

「こないよ。大晦日は友達と初詣行く予定だし、元旦は親戚に会いに行くだろうし」

「ああ、そうだ。カロムンの露を持っていたらくれぬか。対価は二千円くらいか」

「向こうの年末に食べるゼリーみたいなやつだっけ?」

「向こうの話を聞いたからかな、久々に食べてみたくなってのう」


 はいはいと言いながら将義は鏡から、飴玉のような緑の玉を五つほど生み出し、山神の手のひらへと飛ばす。かわりに二千円がひらりと将義の手に飛んでくる。

 カロムンの露を一つ口に運んで、山神は頷く。向こうに未練はないが、食べ物や飲み物は無性に飲み食いしたくなるときがある。


「ああ、こんな味だったな」

「じゃあね」


 互いに片手を振って別れる。

 鍛錬空間に戻った将義は、フィソスに呼びかけたあと、灯にもテレパシーを送り、唐谷家に行くか聞く。

 今友達と遊んでいて一時間後くらいに家に帰るということで、それまで将義は猫状態のフィソスを抱いて魔界の花などの様子を見て回る。その背後にパゼルーがいて、シャイターたちが来ていたことなど留守中にあったことを報告していた。


「次はいつ来るとか言ってた?」


 振り返らず聞く。


「近いうちに来たいとは言っていましたが、詳細は言っていませんでした」

「近いうちか、今年中にまた来るのかもしれんってことか」

「ユニが少し難しげな顔をしていたので、今年中は無理かと。来月再来月になるかもしれません」

「ふーん、そっか」


 盛大に歓迎するわけでもないので、関心少なげに返す。

 パゼルーが仕えだした頃とあまり変わらない関係で、このままの将義とパゼルーはそう変わらない関係が続いていくのだろう。将義はいまさらパゼルーに親身に接するのは違和感があり、パゼルーもこの関係性で落ち着いていた。

 見回りを終えて、将義は屋敷でパゼルーが入れたお茶を飲み、上機嫌なフィソスを撫でながら灯の帰りを待つ。

 家に帰るという一時間後になり、大内家のリビングに空間を開くと、五分ほどで灯がそこを通って鍛錬空間に入ってくる。小走りで駆け寄ってきて、満面の笑顔を向ける。


「ただいま、お兄さん!」


 ただいまはおかしくないかと思いつつ将義はおかえりと返した。


「家の戸締りはすませた?」

「うん。全部閉めてきたよ」


 それを聞き、将義は大内家へと繋がる穴を閉じて、次に唐谷家のリビングへと穴を開く。


「フィソス、人間に」


 ひらりと床に下りたフィソスは人間に化ける。冬にあわせて長袖ワンピースという衣装だ。それを見て将義は「少し変えるか」と魔法を使う。

 フィソスの着ているものが変化していき、黒を主体にしたクリスマス衣装になる。ケープに、長袖の上に、下はミニスカートと白のタイツだ。

 灯からパチパチと拍手が送られ、フィソスはこてんと小首を傾げる。


「こんな感じになっている」


 現在の姿をその場に投影し、フィソスに確認させる。それをフィソスと灯が興味深そうに見ていた。


「あ、開いてる」


 唐谷家に開けた穴から未子の声が聞こえて、すぐに未子が姿を見せる。


「こっち来ないの?」

「行くよ、フィソスの服を少し変えていたんだ」

「クリスマスだからそれっぽくしたのね。灯ちゃんもそうしちゃいましょ」


 こっちおいでと手招きする未子と一緒に唐谷家のいずこかへと向かう灯。

 将義たちもあちらへと向かう。

 リビングに入ると、未子の両親の正樹と翔子とメイドたちがいて、将義たちを歓迎する。


「久しぶりだね、未子と仲良くしてくれてありがとう」

「今日は楽しんでくれると嬉しいわ。庭をイルミネーションしたから、夜になったら楽しめるとおもうわ」


 椅子を勧められ、そこに座って天体観測くらいからなにか能力者側の事件があったかなど聞かれ、将義は知っていることを話していく。

 そうしているうちに赤のクリスマス衣装に身を包んだ灯を連れて未子がリビングに入ってくる。灯の衣装はワンピース型で、帽子もある。


「あらあらそれはたしか未子が小さい頃に着た服ね」

「うん、私もたしか着たなって思って引っ張り出してきた」

「小さなサンタガールが二人もいて可愛らしいわ」


 翔子と正樹が微笑み、灯とフィソスを見ている。

 未子たちも加えて雑談やトランプをしているうちに、マーナがバイト終わったと将義にテレパシーを入れて、鍛錬空間へと開かれた穴を通ってやってくる。さらに午後五時半くらいにチャイムが鳴り、幸次がメイドに案内されてやってきた。これで参加者は全員だ。

 食事は将義が一度帰る七時くらいで、メイドたちがキッチンで仕上げに入っている。

 正樹と幸次は少しずつ酒を飲みながら仕事に関して話している。ここまで車で着ていた幸次は、帰りは将義が送るということで美味い酒を飲んでいる。

 翔子は小物を持ち出してきてフィソスと灯を着飾らせていた。灯はおしゃれを喜んでいるが、フィソスはそうでない。そんなフィソスをいかに少ない装飾品で可愛く見せるか翔子は楽しんでいる。

 将義と未子とマーナは今後の予定などを話してゆったりとしている。

 力人から仁雄たちと楽しんでるぞとメールがくる。


「『そりゃよかったな。仁雄と沢渡さんの邪魔はするなよ』っと」


 メールを返し、誰からかと未子に聞かれたので力人からだと答える。


「力人兄さんは香稲さんと?」

「いやあの人たちはクリスマスって行事をやらないらしい。仁雄たちの方に参加してる」


 香稲と過ごせず落ち込んでいたと笑いながら力人の様子を話す。


「それは残念だったね。でも楽しんでいるらしくてよかったわ。そういえば異世界からはいつ帰ってきたの?」

「昨日の夜。そんなに長く向こうに滞在しなかったんだけど、狭間を通ると時間がずれるらしい。春に帰ってきたときほど入念に帰還準備しなかったせいでもあるんだろうけど」

「向こうでの用事は無事終わったの?」

「終わった。召喚陣そのものも、関連した知識も壊してきた。ほかには爺さんの肉体の方の墓を作ってきたし、リベンジしにきた魔王をぶっとばしたし、邪魔入れてきた神に仕返しもしてきた」

「うーん、魔王やら神やら相変わらず主さんの話は規模が大きいわ。そもそもなんで神が邪魔してくるのよ」


 隷属しようとしてきたこと、それを力尽くで破ったこと、召喚陣の破壊をしようとしたら攻撃されたこと、攻撃を跳ね返し逆にダメージを与えたことを話す。


「うわぁ、いろいろとあったんだね。魔王は九ヶ峰さんが倒したの?」

「いんや生きてる。切り捨てたけど致命傷にはならなかった」

「だとすると人間はもう魔王たちに蹂躙されるだけなのか」


 少し可愛そうだと思う未子。その気持ちを解消させるというわけではないが、気にすることはないと前置きして続ける。


「もともと人と魔物の歴史が交代の時期に来ていたらしい。俺が前回魔王を倒したことで、人の歴史が少し伸びただけで正しい流れに戻っただけだ。人の神は中立の神に次の時代まで封印されて、魔物の神が魔物を見守るため起こされるんだとさ」

「あっちはそんな感じなんだ。やっぱり異世界って地球とは違ってるんだねぇ。九ヶ峰さんがいいように使われず、無事に帰ってきてよかったよ」


 改めておかえりと告げられ、将義はただいまと返す。

 そのまま時間が流れて七時前になり、帰るかと将義は席を立つ。


「ああ、そうだ。プレゼントを渡すんだった」

「プレゼント?」

「爺さんが準備しとけよって言うから考えたものがある」


 未子に答えつつ魔法を使う。将義の手のひらから光球が浮かび、そのまま天井までいって止まる。さらに将義が指をパチンと鳴らすと、その光球からなにかがいくつも放たれて全員の体に当たり弾ける。

 なんだろうかと将義以外の全員が放たれるものを注意深く見ている。それは一センチほどの星形の光だ。それが体に当たると、さらに小さな粒になって消えていっている。熱さや衝撃もない星のシャワーだ。もう一つ思いついたのは、青い光の蝶をそれぞれの肩や手に止まらせることだった。星の方がクリスマスらしいだろうとこちらを選んだ。

 灯は楽しげに全身で浴びるように両手を上げている。

 ほかの者たちは将義を見る。代表するように未子が聞く。


「これはなに?」

「クリスマスプレゼント。一年間の無病息災の効果がある。見た目に意味はないよ。クリスマスってことでそれっぽくしただけ」

「なんていうか、こういうサービスするの珍しい。魔法かけて、はい終わりって感じなのに」

「まああっちが片付いて、それなりに気分がいいし」


 どれくらいの効果があるのだろうかと聞く幸次に、将義は真冬に水を浴びても寒くて震える以上にはならないと返す。


「もうちょい詳しく言うなら、風邪をひくことはないし、体温が下がることでの異常もでない」


 ほかには飲みすぎてもひどい二日酔いになることはないし、傷んだ食材を食べても軽く腹痛になるだけ、生理も軽めですむ。

 説明しているうちに星のシャワーがやんで、将義は家に帰る。

 将義がいなくなり、正樹が能力者はこういったことが可能なのか幸次に聞く。


「無理です。痛みを和らげたり、怪我を治療する術はありますけど、一年間持続する病魔退散の術など彼以外には無理です。神なら可能かもしれませんが、一人に与える祝福であって、複数に与えることはないかと」

「なんでもない顔をしてさらっと行える彼は、やはり規格外なのだな」

「夢物語でしかないと思われた超人ですからね」


 家に帰った将義は玄関前で買っていた揃いの湯呑が入った紙袋を影の倉庫から取り出し、ただいまと言いながら入る。

 リビングには先に帰っていた永義が織江とテレビを見ていて、おかえりと言ってくる。将義はリビング入り、織江を手伝って料理をテーブルに運ぶ。チキンステーキに温野菜サラダ、ミニグラタンというメニューで、どれも織江が心を込めて丁寧に作ったものだ。プロには負けるかもしれないが、将義にとっては十分すぎるほどの御馳走であり、いつものように美味い美味いと食べる。

 デザートの手作りプリンアラモードも食べ終えて、まったりとすごす。つけたままのテレビから声は聞こえてくるが、三人ともそちらには目を向けず、雑談に興じている。


「はい、プレゼント。揃いの湯呑」


 床に置いてた紙袋から、両親と自分の湯呑を取り出し渡す。


「あら、ありがとう」

「嬉しいぞ」


 それぞれの湯呑を手に眺めながら微笑みを浮かべる。


「今年は良い一年だったわ。来年もこんな感じで過ごしたいわね」

「おいおい、今年はまだ一週間あるぞ。同じ気持ちではあるけどな」


 湯呑を丁寧にテーブルに置いて言う織江に、永義は一年の終わりを語るのは少し早いと笑いながらも頷く。

 永義が織江の隣に移動し手を重ねると、織江は将義に肩を寄せる。仲の良い光景を見ることができて、将義も微笑む。


「来年は将義の彼女とか見たいのだけど」

「彼女いるのか?」


 聞いていないぞと興味深げな視線を将義に向ける。


「いないよ。例の小学生でいいなら連れてくるけど」

「できれば年齢の近い子の方が安心できるわね」

「友達と遊んだりするのが楽しいうちは彼女はできそうにないよ」

「友達二人に彼女ができたって聞いているが、焦ったりしないのか?」

「焦ってもできるもんじゃないし」


 その気もなさそうだなと夫婦は思う。それが悪いこととは思わない。毎日を楽しんでいる息子だ、いつか素敵な恋をして嫁候補を連れてくるだろうとなんとなく思う。その日を楽しみにして、今は家族の団欒を楽しもうと会話を続ける。

 将義が異世界で取り戻したいと求め願った温かい空間がそこにはあった。

 異世界関連にけりがついて穏やかに年の瀬が迫り、将義は来年も楽しく過ごせるといいなと望む。

 年明けはすぐそこで、いつものように家事を手伝ったり、遊んだりして、鍛錬空間でフィソスたちの相手をしたりして、普通の高校生が外れつつも普通を装い過ごすのだった。


あとがき

というわけで終わりです

ここまで読んでいただきありがとうございました

異世界関連にけりがついて区切りとするのにちょうどよかった

この先続けることは可能ですが、ここを終わりとしとかないとだれるだけ

そんなわけで今回の話で終わりとなりました

この後は北海道に修学旅行へ行ったり、別の異世界から将義の所有する宇宙船関連でやってきたりといったイベントがあるという感じです

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