番外1 年明けて

 将義の年末年始は予定通り家族と過ごしたり、親戚に会いに行ったり、友人たちと初詣に行ったり、鍛錬空間で過ごした。

 未子や灯もそれぞれの親戚などに会ったりと忙しく、年末年始に会うことはなかった。

 フィソスたち鍛錬空間組はこれといった用事もなく、普段通り鍛錬空間ですごし、マーナは仕事にでかけたりといつも通りだ。

 親戚の集まりで将義は落ち着いたという評価を得た。この一年ですっかり大人びて子供の成長は早いわねという親戚に、両親は同意しつつもまだまだ子供な部分もあると返していた。

 その両親の評価に将義は反発などせず笑って照れるという反応を示し、その落ち着き具合から改めて成長したという印象を与えていた。

 年齢の近い従兄弟には、品行方正になったのはお年玉の増額狙いかとからかわれることになった。

 父方の祖父はいまも祖母の指輪を大事にしていて、こっそり祖母がいるのか聞いて、いないとわかると少し残念そうにする。

 今ここにいないのは祖父の現状に不安を抱いていないからと将義が言うと、納得したように頷いていた。

 

 これといって事件などない平和な三が日が過ぎて、学校が始まるまでまだ時間がある。

 将義は勉強も終えてやることがないので鍛錬空間に来ていた。仁雄たちはそれぞれ用事があるようで遊べなかったのだ。

 ここの気温は将義が澄んでいる地域と合せたものになっていて、冷たい風がたまに吹いている。

 鍛錬空間に四季以外の大きな変化はない。パゼルーの管理がしっかりしているからだろう。

 将義が来たことに気付いたフィソスとパゼルーが近くに現れる。猫の姿のフィソスを抱き上げて撫でつつ、パゼルーにマーナはどうしているのか聞く。


「今日も仕事に出ています」

「そうか」


 マーナに用事はないのでそれだけ返し、歩き出す。


「どちらに向かわれるのですか。鍛錬空間内でなにか問題でも?」

「広いところだ。体を動かす」

「見学してもよろしいでしょうか」


 将義の鍛練が見られるとパゼルーの雰囲気が華やいだものになる。


「好きにしろ」

「ありがとうございます」

 

 フィソスを抱いたまま歩き、その後ろをパゼルーが静かについていく。

 十五分ほど歩いて、なににも使われていない場所に到着する。草がまばらに生えているだけの平地だ。


「少し離れているんだ」


 そう言ってフィソスを下ろし、影から愛用の剣を取り出す。

 その剣が放つ存在感にパゼルーは目を丸くする。魔界で見聞きした武器の中でもそうそうここまでのものはなく、さすが主様だと感嘆している。

 

「『強化』『結界』」


 動いて服と靴が損壊してしまわないように、地面が荒れないように強化し、フィソスとついでにパゼルーにも被害が及ばないように結界を張る。

 

「さてとまずは魔王との戦いを思い出しながら軽く」


 将義は準備運動だと体を慣らすように動き出す。

 強化された地面に足跡を残し、常人では出せないかなりの速度で、想像上の魔王と戦っていく。

 この時点でほとんどの存在は対抗しきれず一方的に屠られるだろう。

 それを理解したパゼルーは恍惚とした表情で、少しも見逃すこともないように集中して眺める。

 

「体も温まってきたし、さらに上げて行きたいけど、強化がもっと必要だな」


 一度止まった将義は強化を重ねて、再度動き出す。一度目の強化で鉄並の頑丈さになっていた地面がそれ以上になった。

 フィソスとパゼルーの目にも将義の動きが捉えきれなくなる。速度を緩めたり、足を止めなければ見えないのだ。

 これが本気かと思った二人だったが、少しすると完全に将義の姿が消えた。

 透明化の魔法を使ったわけではなく、そこにいるというのはわかる。結界になにかがぶつかったように音が響き、地面が砕けたり斬れたりしているのだ。動いた結果が見聞きできるだけで、将義の姿はどこにもいないようにしか思えない。

 フィソスはその様を目を丸くして見ている。強くなるとここまで動けるようになるのだとただただ驚きを感じていた。

 パゼルーは至高の光景だと目を輝かせている。どのような芸術よりも素晴らしく、自身ごときが把握できるものではないと感激に浸る。

 そうして時間が流れて、音がやむ。その次の瞬間、地面は粉々に砕けて、結界も同じく砕けた。

 将義の本気に強化したそれらが耐えきれなかったのだ。


「これで終わるか」


 汗をにじませ、呼吸も少し乱した将義が二人のそばに現れる。

 荒れた地面を魔法で修復し、屋敷へと歩き出す。

 その隣をフィソスが歩き、恍惚とした表情のままのパゼルーがついていく。


「風呂の準備は必要でしょうか」


 五分ほど歩いて我に返ったパゼルーが聞く。汗を流したいかもしれないと気付かなかったことを恥じた様子だ。


「……入るか」

「すぐに準備します」


 パゼルーは空を飛び、急いで屋敷に戻る。

 フィソスは人の姿になって将義の手を握って見上げる。

 

「いっしょに入る」

「りょーかい」


 手を握ったまま歩いて屋敷に入る。

 浴室の前にはパゼルーがいた。


「準備できています。お洋服の洗濯は必要でしょうか」

「いや、いらん」

「承知いたしました。ごゆっくりおくつろぎください」


 脱衣所に入ると扉が閉められる。

 屋敷に相応な広さの脱衣所で、さっさと服を脱いでそれに洗浄の魔法を使う。

 フィソスは着ている黒ワンピースをリボンへと変えて裸になり、将義を待っている。

 浴室に移動した将義は洗面器を手に取り、お湯をすくう。


「お湯を頭からかけるぞ、目を閉じておけ」

「うん」


 お湯が耳に入らないように耳を伏せたフィソスの頭からお湯をかける。お湯をかけ終わるとフィソスはぷるぷると顔を振って、水を飛ばす。

 将義もさっさとお湯をかけて汗を流して、浴槽に入る。将義の好みの温度なのは、家で入って寛ぐ姿をパゼルーが見ていたからか。

 フィソスもゆっくりと浴槽に入って、将義の隣に座った。フィソスにはちょっと熱いのか落ち着かない様子なのを見て、将義は魔法でフィソスの周りだけ三度ほど下げる。するとリラックスできる温度になったのか、力を抜いてだらりと手足を伸ばす。

 浴槽は五人が入っても余裕のある広さだ。将義も手足を伸ばしてゆったりと湯を楽しむ。

 十五分ほどお湯につかって、将義は上がることにする。フィソスも一緒に上がる。

 魔法で水分を落として、服を着た二人はリビングに向かう。

 そこでパゼルーが飲み物を準備して待っていた。冷やしすぎない程度に冷たい果実水が二つのコップに注がれ、ソファ近くのミニテーブルに置かれる。


「どうぞ」

「ん」


 将義がソファに座ると、果実水を飲んだフィソスが猫の姿で太腿に乗る。

 しばし静かにフィソスをなでて時間を過ごした将義は影から剣と布と油を取り出す。簡単にだが手入れしようと思ったのだ。

 一通りの作業を終えて、剣を片付けようとした将義が止まる。

 じっと剣を見る将義をそばにいたパゼルーはどうしたのだろうかと内心不思議に思う。


「わかった」


 なにかを了承した将義が剣に魔法をかける。

 するとふわりと浮いた剣が将義から少し離れていく。すぐに男が出現した。

 以前意通しを人化させたように、愛剣を人化させたのだ。

 外見は二十歳半ばの優男だ。初代の使い手を模した姿だった。

 アイボリーの柔らかな色の髪を肩を越すまで伸ばし、それを紐で一つにまとめている。切れ長の目は鮮やかな青だ。しっかりと鍛えられた体は白のワイシャツと黒のスラックスというシンプルな衣服に包まれている。

 

「……」

「ああ、いいぞ」


 じっと自身を見てきた愛剣に将義は許可を出す。

 一礼した愛剣は本体である剣を持って、部屋から出ていく。


「主様、あの方はどなたなのですか?」

「見て通り、剣を人化した。見た目は初代の使い手を希望したんで、それに合わせてある」

「なぜ人の姿に?」

「たまには自身で動いてみたいと本人が希望したからな」

「名前などはあるのでしょうか」

「バシュムルというのが剣につけられた名だ。本人がそれ以外を希望すれば別につけるが、今はそのままでいいだろうさ」


 主張が激しい剣ではないので、名前を変えるということはないだろう。

 将義たちが話しているうちに屋敷から出たバシュムルは屋敷の前で剣を振っていく。初代の技術を基本とした動きだ。

 その動きは将義の剛剣よりのものと違い、柔剣よりのしなやかなものだった。演舞にも通じる動きで、芸としても披露できるだろう。

 魔法でその様子を見ていた将義はたまには鎧の方も手入れしようと思う。

 剣と違ってしばらく使っていなかった金属鎧を取り出すと、将義は困ったような表情で鎧を見る。

 見た目はどこも問題はない。胴と籠手と足と腰回りのセットで、細かな傷もなく深い青が綺麗な防具だ。パゼルーから見て、バシュムルに負けず劣らずの力を持つ防具に思えた。

 先ほどの剣とは違った反応を見せる将義を、パゼルーはまた不思議そうに見ている。

 将義がそんな反応を見せたのは、鎧がすねていたからだ。


「わかったよ」


 鎧も人化を主張し、将義は魔法を使う。

 現れたのは少女だ。この姿も鎧にとって初代の使い手だ。

 外見は初代の若い頃のもので、十五歳くらいのもの。肩を越す金髪を後頭部の下の方でアップにしている。普段は愛嬌を感じさせるであろう丸く赤い目は不機嫌そうだ。着ているものは白のブラウスと臙脂のフレアミニスカートを将義が選んだ。


「なんで拗ねているんだ」

「ふーんだ」


 鎧の少女は腕を組みぷいっと顔を背ける。

 困ったように見るだけの将義にパゼルーは考えを読まないのかと聞く。


「この子らには世話になったからな。そういったことはあまりしたくない」

「使われたのは剣ばかりじゃない。私はあそこの途中からずっと使われなかった。二度目の魔王戦だってそうだった」


 顔を背けたまま鎧の少女は言う。

 あそことは異世界から地球に帰ってくるときに滞在していた狭間だ。

 

「ああ、使わなかったから拗ねているのか。でもなお前を使うほどの敵はいなかったから」

「剣だって使わなくてもよかったじゃない。強くなった魔王にも素手で勝てたでしょ」

「まあ、そうだけどな」


 あのときは魔王が剣を使っていたので、気分的に使う気になったのだ。

 魔王との会話でも話したように、鎧はなくても大怪我などすることはないと使わなかった。


「どうしたら許してくれるんだ?」

「使ってほしい」

「平和な暮らししているから出番なんてないぞ」


 現状素の防御力で事足りているのだ。

 素直に答えた将義に鎧の少女は頬を膨らませた。


「主様、シャツに変化してもらい日常的に身に着けるというのはいかがでしょう。それならば守るという面では出番はありませんが、日常的に使うということはできます」

「それは可能だが」


 それでいいのかと将義は鎧の少女を見る。

 鎧の少女は悩む様子を見せる。本分は攻撃から守るということなのだが、それは現状無理だと鎧の少女自身もわかっている。

 それ以外にも緊張する思いがあるのだ。これまで使い手を守ってきたわけだが、肌に接することはなかった。そういうのは鎧下や肌着の役割だった。本来は鎧の自分が本当にやっていいのかと疑問を抱くと同時に、恥ずかしさと興味もある。

 もしかすると不可侵の領域に足を踏み入れかけているのではと考える。越えては駄目な線だと思うし、越えてみたいとも思う。

 ドキドキとした感情を抱いて悩む鎧の少女を将義はフィソスを撫でつつ眺める。


「……」

「おかえり」


 体を動かし終えたバシュムルが戻ってくる。

 鎧の少女を見て、首を傾げたバシュムルはどうなっているのかと将義に無言で問う。


「使われなくて拗ねていたんだよ。そこに普段使いする機会が訪れて悩んでいる。シャツとして変化してもらって着るかって話になっている」

「……」


 納得だと頷いたバシュムルは鎧の少女を見る。鎧の少女は視線に気づき、不機嫌そうに見返す。


「なによ。主に迷惑かけては駄目って。私よりも使ってもらえているあんたに言われたくないわ」

「……」

「出番がないのは平和な証拠ってのは同意だけど、使ってもらいたいのは私たち道具にとって当たり前の思いでしょ。決めた! シャツとして使ってもらう。あなたよりもずっと使ってもらうもんね」


 自慢するように言う鎧の少女にバシュムルは苦笑を向けた。可愛い我儘と思えたのだ。

 その様子を見ると兄と妹のような感じだった。


「主様、さっそくやっちゃって」

「いや今日は着替えなくていいだろ。さっき綺麗にしたばかりだしな」

「そうやってまた影の中に片付けたままにするんでしょ」

「しないしない。明日の朝ちゃんと取り出す」

「ほんとに?」


 そう言って近寄りジト目で見てくる鎧の少女の瞳に、将義は不安の色を見る。


「約束だ、ケリストンジー」


 鎧の少女の名前を呼びながら、頭を撫でる。

 少しされるがままだったケリストンジーはわかったと答えて離れる。

 その表情はなんでもないような感じだったが、付き合いの長い将義とバシュムルは喜んでいるとわかる。

 無言で小さく笑ったバシュムルに、ケリストンジーは拳を突き出す。それをバシュムルは掌で受け、むきになったように何度も突き出される拳を全て受けていく。


「ほらもういいだろ」


 将義に止められケリストンジーはパンチを止める。


「バシュムルもペンダントかなにかに変化して普段から一緒にいるか?」

「……」

 

 少し考え込んだバシュムルはこくりと頷いた。何度か使ってもらっているのでケリストンジーほど使ってもらいたいと強くは思っていないが、日常的にそばにいられるのは嬉しかった。


「お二方とも主様に好意を持っているのですね。大事に使われている品物とは皆そういったものなのでしょうか」


 パゼルーが聞く。


「そりゃ大事にされたら嬉しいわよ。代々の使い手も大事にしてくれて、私たちにとっては大事な存在。その中で今の主様が一番。主様は限界以上の性能を引き出してくれて、最大限に使いこなしてくれて、壊れても完璧に修理してくれていつまでも使ってくれるっていう確信がある。それは使われたい道具としてはとても嬉しいことよ」

「……」


 バシュムルも同意だと頷く。

 道具としての立場からの発言であるが、仕えるものとして存在するパゼルーには共感できるところがあった。


 次の日からケリストンジーは約束を守ってもらい、インナーシャツとして身に着けてもらう。バシュムルもペンダントとして首にかけられる。学校はアクセサリー禁止なので魔法を用いて隠されていたが、バシュムルは気にしなかった。

 本当に使ってもらえることになり、ケリストンジーは嬉しさのあまりほかの衣服や靴に自慢する。主のことを一番身近で守れるのは私しかいないと、頼られている存在なのだと。

 服などにはケリストンジーたちと違って感情はないが、長々と自慢されてイラッとした雰囲気が漂うこともあった。そんなケリストンジーをバシュムルは止めずに呆れた雰囲気を漂わせて見ていた。

 機嫌がとても良いケリストンジーだったが、体育の時間になると教室に置いていかれることになる。

 物言わぬ服たちに置いていかれたことを煽られる雰囲気を向けられ意趣返しされて、たじろぐことになった。そして体育を終えて戻ってきた将義に体育の時間も連れていってほしいと半泣き状態で頼み込む。

 了承した将義によって体操服としても使われることになったケリストンジーだが、ずっと先で水泳の授業が始まりまた置いていかれることになる。


あとがき

まずは連載が終わったあとも見てくださり、ありがとうございました

連載再開というわけじゃなく気分転換に書いてみました

ネタはあるのでまた書いてみようかなと思っていますが、いつになるのかわかりません

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