第90話 かつての縁を断つ 3

「生きてるかー」

「この程度では死なん」


 仰向けのままの魔王が返す。

 すぐに治療したのか、魔王の傷はふさがっていた。感じられる威圧感や魔力はずいぶんと減り、先ほどの一撃はすぐには放てないだろうとわかる。


「勝者の権利だ、好きにしろ」


 首を落とされることを受け入れて、逃げようともせずに言う。


「じゃあ、そっちも好きにするといい。俺にはお前の命をとる理由なんざないからな」


 魔王には殺意はあったが、将義は運動感覚であり、そう思い相手できてしまうほどの実力差があった。


「生かしておけば人間どもを攻めて殺すぞ」

「それに関しても俺が知ったことじゃない。滅ぼしたいならそうするといい」

「見捨てたのか」

「そうだよ」


 人間が馬鹿な真似をしたのだろうと魔王は察した。


「ふんっ。お前が戦う理由は本当にないのだな。お前の故郷を探し出して攻めるくらいしか、リベンジの機会はないのか」

「それは無理だろう。俺の故郷はこの世界にはない。別の世界だ。お前がそこにくることはないさ。手がかりはすでに壊したからな」


 異世界ということはよくわからないが、魔王が復活してこれまで将義の姿や気配がどこにもなかったことから、見つけだせない場所というのは理解できた。


「では負けっぱなしということか……二度目の幸運を期待するのは虫がよすぎるか」


 一度目の幸運は復活し、リベンジの機会を得たことだ。


「敗者の王として情けない姿をさらし続けるのは業腹だが、仕方あるまい」

「俺が勝ってるのは戦う強さくらいだけどな。部下を心酔させ統率するカリスマも国を運営する知識と判断力もぼろ負けどころの話じゃない。そこらへんを競ってみたら、戦う前から負けが確定している」

「なぐさめか。なにを企んでいる」

「思ったことを口に出した、なにか意味あって言ってるわけじゃない。それでもなにかしらの意味を求めるなら……強さがどうとか言ってたから、強さってのは戦う力だけじゃないよなって思っただけだ。これからは魔物の時代だろうし、お前のその強さが必要とされて証明されていくんじゃねえの?」


 本当に慰めなどではないのだ。敗者がどうとか魔王が言うので、絶対勝てない部分もあるなと思っただけなのだ。


「……お前が王として立つならどういうふうに進めていくことになる?」

「なんでそんなこと聞くんだよ。俺に王なんてめんどうなことできねえぞ。こっちの人間を世話するのもまっぴらだ」

「もしそうするならと興味がでただけだ」


 嫌々にそうに将義は考えて口を開く。


「力で従える覇道だな。恐怖でもって逆らう気をなくさせる手段をとるだろう。貴族、庶民、魔物、分け隔てなく力で押さえつける。それが手っ取り早いし、それくらいしか思いつかない」

「覇道か、その道で競うと負けるな。お前に負けた俺に力でもって対抗は厳しいものがある。となると競い勝つには……」


 自身を放って考え出した魔王から、将義は離れていく。生死を確認し、これ以上話すこともない。先ほどの会話に付き合ったことで錆落としの運動ができた借りは返したと判断し、あとは好きにすればいいと思う。

 ボールムの墓に戻った将義は、戦いの余波でヒビが入った墓を修復してこの世界でやることはすべて終わる。

 神の方もなんとかなったようで、今後地球へのちょっかいもなくなる。

 将義は狭間経由で地球に帰っていった。


 ◇


 将義が王城を飛び去った頃。地上からはるか彼方、雲の中にある三柱の神殿、その内部。

 玉座のようなものに座ったまま、将義の跳ね返した槍に腹を貫かれている存在がいる、人神だ。純白の長髪、透き通った青の目、通常は涼やかな印象を与えるであろう表情は今は怒りに歪む。

 床には槍が通った穴が開いていて、それでも威力が落ちることなく神の腹を貫いていた。

 人神は槍を抜いて、床へと放り投げる。血などついていないそれは床に一度ぶつかって光の粒へと変わり消えていった。


「私の術をはねのけるとは、思った以上に力をつけている。だが本気で術をかければあやつ程度っ」


 玉座から立ち上がり、指で空中に陣を描いていき隷属の術式を整えていく。

 そこにカツンと石床を踏む足音が響いて、人神は術の構築を止める。ここに魔神がくることはなく、ならば姿を見せる者は決まっている。


「なんのようだ秤神」


 灰色の髪を持つ女神が歩いてきて、人神まで五メートルほどで止まる。


「今度こそ、私の仕事を行いにきた」

「仕事? バランスなど崩れていないだろう。人の世が続き、万事上手くいっている。少々荒れてはいるが、すぐに収まるさ」

「人の世は続きすぎた」

「たまにはそのようなこともある」

「自然とそうなるなら私も動きはしない。三百年で交代のはずが五百年、これほど続いた人の歴史はない。だからそれを止めるため生まれた魔王はこれまでになく強かった」


 この世界では人と魔物の歴史が交代で続いている。一つの歴史でおよそ三百年。今回は人の歴史が五百年ほど。これまでで一番長い人の歴史だ。


「だが英雄たちによって倒された! 人の世はまだ続く!」

「お前が手出ししたからだろう。この世界の内で片付けるべきことを、よその世界の住人を呼び解決させた。私が気づいた頃にはすでに召喚の真っ最中だった。これも流れだろうと以前は静観を決め込んだが、今回はそうはいかぬ」


 本来はあの魔王が人の歴史を終わらせるはずだったのだ。将義というイレギュラーがいなければ、今頃は魔物があちこちを我が物顔で闊歩していただろう。そして魔王を中心に国が生まれ、文化が発達していったはずだ。


「人を助けるのが人神の役割だ。なにもおかしなことはしていない」

「助けはあくまで助言のみ。お前がやったことは助言にとどまらず、術式知識の譲渡、術式行使の材料の譲渡。助言の範疇を超えている」

「私のことを間違っていると言うのだな」

「ああ、言うさ。人を慈しむのはいいだろう。愛すのもいいだろう。大切にするのもいいだろう。それが人神だ。だが甘やかし増長させることは悪だ」


 秤神は、人神が人のためになっていないと言い切る。

 人神は自分のこれまでが否定されてかっとなり睨みつける。それだけで風が生じ、秤神の髪を揺らす。


「悪だと! この私が悪だというのか! 愚かで可愛い人を愛せと本能が告げる。それに従い動き人を守る私が悪だというのか!」

「入れ込みすぎだ。人の親子を見てみろ。独り立ちした子供に干渉しすぎる親は煙たがられるもの。お前も同じだ」

「私が助けなければ人はどうなるのか! 煙たがられようと私は助けることをやめはしない。人を愛せと本能が告げる。人を愛そうと私自身が欲する。だから私は人の歴史を続かせ、いつまでも人を愛するために動く」


 人神が光の矢を何本も生み出し、秤神へと飛ばす。

 それを秤神は片手をふるって消した。


「勇者によって傷を負わされ力を削られたお前が、私に勝てるわけないだろう」


 秤神は言いながら右足で軽く床を踏む。そこから青い光が床を伝って人神へと伸びる。

 人神は空中に浮かんで避けたが、青い光は逃さぬとばかりに空中まで追って捕まえた。

 人神は青い光に拘束され、空中で動きを止める。抜け出そうともがくが、それが限界で抜け出すことはできない。


「魔王があのまま滅びていれば、人の世は問題なく続いたのだ! なぜ知らせなかった!」


 魔王と将義が戦ったのは魔物の領域。人神ではすべては見通せない場所だったので、魔王が完全に滅びたのか確認できなかったのだ。勇者とその仲間が帰還したことで、彼らの勝利を人神も知った。


「意趣返しというやつさ。召喚の件では出し抜かれたからな。だがその後はお前自身の怠慢だろう。人を見ることに夢中になり、魔王復活を見逃した。見ることはできずとも、力を感じ取ることはできたはずだ。さて神休の儀式を行う。これより始まるは魔物の歴史。人神は眠りにつき、魔神が目覚める。新たな歴史とともに歩み、その終わりを見届ける。歴史の終わりにてまた目覚めるがいい人神よ」


 人を愛しすぎた人神の記憶と想いは眠る間に消え去って、目覚めた頃には新しい人神が現れることになる。

 これまで繰り返されてきたことであり、これからも繰り返されることだ。


「このまま魔物の歴史が始まれば人はっ」


 虐げられる人を守らねばと言う人神を青い光が包み込んでいく。完全に光が人神を包むと、青から白へと光はかわり縮んでいく。やがて人形のようになったそれは玉座にゆっくりと移動し、置かれた。それを見届けて秤神は神殿を出る。


「勇者はどうなったかな」


 秤神ははるか地上を見る。視線の先にはボールムの家を焼き払って墓を作っている将義がいた。そこに魔王が接近し、戦い始める。

 最後の魔王の技は自分たちにも致命傷を負わしかねないもので、それを叩き斬った将義の実力が自分たちを超えていることを秤神は察する。

 しかし秤神は将義をどうこうしようと思わない。将義がこの世界に興味がないことを理解しているからだ。世界を壊したいほど憎んでいるなら、その身を賭して立ち向かうが、嫌がらせ程度なら放置する。


「ほう」


 将義の魔王の会話を聞いていた秤神は面白そうだという表情を浮かべた。


「魔王が王道を進む可能性が生まれたか」


 魔王の心中が人間への慈悲ではなく、将義に確実に勝てる部分で勝ちたいという勝利へのこだわりだと秤神は理解している。

 魔物も人も平等となる王道を魔王が進むことを秤神は否定しない。魔物の歴史に干渉するのは魔神の役割。秤神はただ歴史のバランスを保つことが役割。どのような歴史をたどろうが、見守ることが基本姿勢。

 秤神は眠りについた人神の方へと振り返る。


「人神よ、人の未来は案外暗いものではないかもしれんぞ。保障はしかねるがね」


 そう言うと秤神は魔神を起こすため、地上から目を放して魔神の神殿へと向かっていった。


 ◇


 家に帰った将義は分身を消して、置いていったスマートフォンで日付を確認する。十二月二十三日の午後十時過ぎだった。


「あれ? 思った以上に時間がずれたな。狭間からの移動はずれるものなのか?」


 以前ほどしっかりと準備を整えての狭間移動ではないため、将義が思うよりもずれが生じたのだ。

 クリスマスの約束を破らずにすんだことにほっとして、ベッドに寝転ぶ。

 帰還を知ったパゼルーが部屋に現れて、お帰りなさいませと一礼しすぐに姿を消した。

 翌朝、起きてリビングに入ると両親がじっと将義の顔を見る。


「二人ともどうしたのさ、なにか顔についてる?」

「いや、なにかすっきりとした表情だなと」


 永義が言い、織江が同意だと頷く。

 そう見えるのかと将義が聞くと、二人は頷く。

 異世界からのちょっかいを止めて、嫌がらせが無事効果を発揮した。それらが理由だろうなと将義は思う。同時に自身が思った以上に異世界のことが、気にかかっていたのだろうかとも思う。


「悩みごと、じゃないな。少し気になってたことがなんとかなってすっきりしたからかな」

「それでここ数日違和感があったんだな」


 分身は普段通り振る舞うようにしてあったが、本人ではないとなんとなく見抜いてたのだろう。

 それに将義は少し目を見開く。驚きと嬉しさを将義は感じた。しっかりと自分を見てくれていて愛されていることを実感し、改めて両親を大切にしようと思う。

 上機嫌に朝食を食べる息子を両親は微笑みながら見る。

 軽い鞄を持って学校に行き、終業式や掃除を終えて放課後になる。


「冬休み突入だーっ」


 大助が教室を出ていき力人がいやっほうと歓声を上げる。廊下でその声を聞いた大助が苦笑を浮かべる。琴莉から年末年始の能力者のスケジュールを聞いており、力人も駆り出されるだろうと話していたのだ。


「マサ、夜のパーティまで互いに時間があるだろ。久々に遊ぼうぜ」

「ああ、ごめん。俺用事があって人に会いに行くから」

「久々に遊ぼうと思ったら予定が合わないのかぁ」


 項垂れた力人の背中を将義がぽんと叩く。


「仕方ないと諦めてくれ。また今度を楽しみにしとくよ」

「次はいつになるんだろうな。冬休みのどこかに約束しとくか……初詣とかどうよ」

「俺は予定ないから大丈夫だけど、そっちはバイトが入らないのか?」

「年末年始にまでバイトやる気はないぞ。正確に言えばバイトじゃないしな」


 契約をかわし給料をもらっているのでバイトのようなものだが、定期的に手伝いに行くという契約をかわしてはいないのだ。手伝いが必要になったら呼ばれるというものなので、基本的には力人の予定が優先される。夏に忙しかったのは、能力者関連の勉強もあったからだ。勉強は今も続いているが、勉強会の頻度はだいぶ減っている。

 以前よりも時間はあるが、年末年始以外は頼み込まれることになり忙しくするのだろう。


「じゃあ初詣に。んで元旦に行く? それとも大晦日のうちから行く? 俺はどっちでもいいぞ」

「夜に行って騒ぎたいな」

「俺も行きたいな。夜なら双子は両親に任せられるし」


 仁雄が会話に加わってくる。

 沢渡と一緒に行かないのかと聞かれ、仁雄は首を振る。


「大晦日と元旦は毎年親戚の家に行くってさ」

「じゃあ、一緒に行くか」


 そう言う力人に、将義と仁雄が頷く。どこに行くかなど教室で少し話してから帰る。

 家に帰った将義は織江と昼食を食べる。


「七時過ぎまで友達とクリスマスパーティなんだっけ。もう少し遅くてもいいのよ?」

「家族で過ごしたいし、それくらいに帰ってくるよ」


 家族との時間を大切にしてくれることが嬉しく、織江は微笑む。

 昼食を終えて、将義は遊びに行くふりをして家を出て、山神の隠れ里へと向かう。今回も隠れたまま山神の私室に入る。

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