第89話 かつての縁を断つ 2

「まずは陣に関した知識の消去でいいかな」


 小さな呟きのあと将義は力の欠片も用いて魔法を使う。


「『消去』『記憶』『記録』『範囲』」


 発動させて勢いよく広がっていった魔力の動きに魔術師たちは隔絶した実力を感じ固まる。こちらでは実力を隠す必要はないので隠蔽の魔法は使っていない。ゆえに魔術師たちは将義の正確な実力はわからずとも、人間の限界を超えた力の持ち主だとわかる。自分たちが呼び出したものはなんなのか。もしかしたら助けとなるものではなく、とんでもないものを呼び出してしまったのではないかと恐怖が生じた。


「な、なにをした!?」


 逆に将義の実力を久しぶりに目にして、ようやく驚きから解き放たれた王が責めるように問う。

 それを将義は無視しようかと思ったが、理解させた方が落胆するだろうと考え答えることにした。


「召喚に関する知識の一部を消した。二度と召喚なんぞできないように」

「知識を消しただと、なにを馬鹿な!」

「術を行使する際の手順、陣の模様。それは覚えているだろう。じゃあ召喚発動に必要な材料は?」

「それは……っ!?」


 答えようした王はそこだけぽっかりと空白になっていることに目を見開いた。その反応は周囲の魔術師たちも同じだった。

 誰か覚えていないのかと王が問う。だが答える声は皆無だった。


「だが! 記録はとってある! 無駄なことをしたな!」

「そっちも消してある」


 信じられるかと魔術師が資料を急いで確認する。必要ない部分は読み飛ばし、材料に関して探していく。魔術師たちは必死に探していくが、求めるものが見つからず、嘆くように資料を握りしめた。その様子で将義の言葉が嘘ではないと王は理解した。


「あとは陣を粉砕してここでの用事は終わりだな」

「やめろ! そんなことをすればこの世界は!」


 悲鳴混じりの制止が王と魔術師から放たれる。それに呼応でもしたのか、召喚陣から鈍い銀の輝きがあふれた。その輝きは天井に集まっていく。

 なにが起こっているのかと王たちが思っているのに対し、将義は銀糸から感じ取れた力をそれからも感じ取る。

 すぐにその輝きは槍の形をとって、神罰だとでも言うように将義へと真っ直ぐ高速で突き進む。

 王や魔術師たちは槍から威厳と人を超えた力を感じ取り、将義の暴挙を止めるため神が動いたのだとなんとなく察する。

 将義の暴挙を止めてくれるであろう希望の槍を王たちは期待を込めて見つめる。


「『反射』『倍加』」


 動揺の欠片もなく将義は手に魔法を使い、間近に迫った槍の穂先を魔力をまとった手で虫を叩くように弾いた。

 銀の槍は迫った速度以上の速さで天井を貫いていずこかへと飛んでいった。将義は槍がどこに向かい、どうなったかを魔法で見届けながら、用事をすませる。

 あっさりといずこかへと消えた槍に固まっていた王と魔術師たちの目の前で陣が粉砕される。


「「「ああああああああっ」」」


 消え失せた陣を見て悲鳴が上がる。


「『抽出』のち『消去』」


 粉々になった陣から将義は材料として使われたボールムの遺骨を取り出す。そして残りは消した。

 将義召喚には将義に縁のある代物が必要だったが、将義を送り帰したあとすぐにそのようなものは処分したのだ。縁の品がないことで王が目をつけたのは、将義と仲の良かったボールムだった。暗殺目的で兵を送り込み、すでに死んでいたことで遺体を持ち帰り、遺骨を粉々にして陣に組み込んだのだった。

 これによりボールムの魂は召喚に巻き込まれて、繋がった地球に流れたのだ。地球に出現した時期にずれがあるのは、材料が足りない不完全な術なため盛大にずれたからだった。ついでに召喚の際に流れ込んだ助けを求める意思も、出現時期にずれが生じている。

 遺骨が使われたことを将義は解析したときに知り、回収する。山神は生きているが、ボールムは死んだ。ボールムだった肉体の墓を作ろうと思ったのだ。


「残る用事をさっさとすませて帰るか」


 こちらの人間を助けることなど考慮していないとわかる将義に、王は顔を青ざめさせる。


「待て! 待ってくれ! 今この世界は危機に瀕している。そなたの力が必要なのだ。どのような褒美でもとらせようっ。求めるなら俺の地位も渡そうっ。だから魔王を倒してくれっこのとおりだ」


 なりふり構っていられない王は将義にすがるように足元まで移動し、土下座のように額を床につける。王冠が落ちて床を転がっていく。

 隷属が失敗し、召喚も行えないとなるともう将義に頼るしかなくなる。民や家族が助かるならどのような褒美でも与えるということに偽りなどなかった。

 必死な様子の王に魔術師たちも同じように口々に頼み込む。


「自分たちの世界のことは自分たちでどうにかしろ」


 将義の同情や憐憫の欠片もない返答に、さらに懇願しようと王は顔を上げた。その王が見たものは自分たちを見ることなく、空中に浮かび天井を突き抜けていずこかへと去る将義だった。

 魔王を倒しに行った、そう思えるほど楽観などできず、王はその場に項垂れる。王には魔王軍に蹂躙される自分たちの姿しか想像できなかった。

 そしてなにがあったか知るため駈け込んできた者によって、召喚陣消失がいっきに広がり、それとともに召喚に関する知識消失も知られることになる。

 最後の希望だと、人神神殿の神官長が人神に再度知識を授けてもらえるよう祈る。しかし人神からはなんの反応もなかった。その後何度祈っても人神が応えることはなかったのだ。


 王城から出た将義は、眼下の城下町に目を向けず飛ぶ。城下町は流れてきた難民によって治安が乱れていたが、それを知ったところで将義がなにかすることはなかっただろう。

 向かった先はボールムの家だ。すぐに到着した将義は住む者がいなくなって荒れた家に入る。床板はあちこちに穴が開き、壁はひびが目立つ。自然とこうなった部分もあるだろが、やってきた兵が荒らして回ったせいでもある。

 広いとは言えない家の中を歩く。


「貴重品とかがあれば持ち帰って渡そうかって思ったけど、特にないな」


 あるのは服や食器や酒瓶といった一般家庭にあるものばかりだ。

 家から出た将義は延焼しないように魔法の火を放って、家とその中身だけを焼く。燃え落ちて炭になった遺品を魔法で一つにまとめて、残った石材も一つにまとめ墓石とする。墓石には何か刻むことなく、跡地に置く。墓石のはるか下、三百メートルくらいに空間を作り、そこに遺骨と遺品を安置する。

 最後に好物の酒を墓石にかけて拝む。


「拝む意味はなかったか?」


 なんとなくやったが、安らかに眠れと祈られても山神も困るだろう。


「これでやること終わったし帰るか。スムーズにいったな」


 王たちのことはすでに頭から抜け落ちて、狭間に向かうため魔法を使おうとした将義は、強力な気配が高速接近してくるのを感じ使用を中止する。

 視線を向けると空の彼方に小さな影があり、どんどん大きくなっていく。その気配に将義はよく覚えがある。


「魔王か」


 そう言いながらゆっくりと木々よりも高く浮かぶ。

 その将義へと魔王は勢いを落とすことなく接近してくる。もう数秒でぶつかるという距離で、魔王は拳を振りかぶった。それに合わせるように将義は右手の手のひらを前に突き出す。

 肉と肉がぶつかった音ではなく、雷鳴でも響いたのかという音が周辺に広がっていき鳥や小動物がいっきに逃げていく。


「……」


 じんじんと痛む手を振りながら将義は魔王を見る。

 黒のマントに黒い軍服、腰には剣。二メートルを大きく超す巨躯に、黒く波打つ長髪。側頭部から二本の黄金角が生えている。綺麗に透き通った紫の目は、最高品質のアメジストのような輝きをみせる。整った顔は人間でも多くの者が見惚れるだろう、人間と魔物の仲が良ければだが。

 見た目は以前と変わらないが、威圧感は増した魔王が目の前で、将義を喜びと闘志むき出しの表情で見ている。


「どこにもいないと思ったが、ようやくでてきたか」


 口調にも喜びの念が込められている。その感情に将義は心当たりがない。魔王とは殺し合いをしただけだ。恨みを向けられるなら納得できるが、喜びを向けられる理由がわからない。

 ストレートに聞くことにする。


「なんで喜んでいるのか、さっぱりなんだが。怒りと恨みならまだわかるけど」

「喜ぶさ、当然だ。あのときの負けた借りを返せるのだから! 我は魔王、負けることなど許されぬ常勝を背負う者。負けという恥辱を雪げる機会を得たのなら、そのために動くのは当然なのだっ」


 確実に勝つために復活してしばらくは修行に明け暮れた、そのかいあってさらに実力は増している。以前魔王と戦った将義ならば確実に負けるだろう。


「鎧をまとえ、剣を抜け。お前を完膚なきまでに叩きのめして初めて汚名は返上できるのだ。そして再び胸を張り、強さを示し王を名乗ることができる」


 魔王は腰の剣を抜き、将義へと向ける。魔王ならば片手で持てる剣は、人間ならば両手でやっと扱える代物だ。再戦のために新調したのだろう。以前戦ったときと似たような剣だが、細部が異なっている。

 闘志をぶつけてくる魔王に将義はめんどくさそうな表情を浮かべ、影の倉庫から愛用の剣を取り出す。一度戦わなければなにを言っても無駄だと判断した。たまには運動もいいだろうという魔王に比べると軽い理由もあった。

 取り出した剣はシャムシールによく似た、少しそりの入った片手剣だ。長く愛用しているうちに、将義の力をいくども注がれやがて魔剣と昇華した。常に将義と共にあり、将義が頼りにする相棒だ。

 右手で持った曇り一つない剣を振ると、鋭く風を斬る音が響く。好調だと主張しているようで将義の口元が小さく笑みを浮かべた。


「鎧はどうした」

「お前に鎧は必要ない」

「その余裕、後悔させてやろうっ」


 言うと同時に、剣を振りかぶり高速で突っ込んで全体重をのせて振り下ろす。

 斬るというよりは潰すという意思のこもった一撃を将義は、剣を振り上げて受け止めた。

 すぐさま魔王は剣を翻して、連続して振っていく。将義もそれに合わせて剣を振っていく。

 連続した金属音が周囲に響く。何度もぶつかる両者の剣は刃こぼれひとつせずに使い手の思うまま動いていく。

 戦いはすぐに常人どころか限界に到達した者さえ、捉えることのできない速度に到達する。戦いの余波で眼下の木々から木の葉が盛大に散っていく。動物や昆虫はすでに全部が逃げるか地中に隠れてしまっている。

 ぶつかり生じる金属音はやがて一つの音が長く続いているように聞こえだした。その音にも終わりがくる。

 将義の動きに変調を感じた魔王は一度大きく離れる。

 肩で息をする魔王と、わずかに呼吸を乱した将義。


「貴様、鈍っていたな?」

「そうだね」


 魔王の言葉を将義は素直に認める。地球に帰ってから本気を出すことなどなく平穏に過ごしていた。戦いはあったが、糧になるようなものはなく、戦いの勘は鈍る一方だった。


「でも今のやりとりでだいぶ錆が取れた。ここまで動くんだったな」


 どこか楽しそうに将義は言う。魔王の攻撃に対処していくうちに、体の各所に油をさしたかのように滑らかに動き出した。

 平穏の中を過ごすのはもちろん大好きだが、たまには思う存分体を動かすのも心地よく、地球に帰ってもこの調子を保てるようにしようかと考える。

 対する魔王は舌打ちして、不機嫌となる。ここまでやりとりで適わないと察したのだ。自身は本気だった。向こうはやっと調子を上げてきた。この差を気合いと根性で縮められるとは思えない。以前はわずかにこちらが上だった。しかし今回はわずかどこでない差がある。


「鍛えたのは我だけではなかったのだな」

「故郷に帰るまでにいろいろとあったからな。で、まだ続けんのか」

「当然。強き王としてあるため、戦士としてあるため戦いを諦め逃げるつもりはないっ」


 魔王は体に力をこめ、紫の魔力激しく発し、全力でぶつかっていく。


「おおおおっ!」


 雄叫びを上げながらの連続した攻撃が、将義を襲う。その一撃一撃がかつての魔王軍幹部を屠ることが可能な威力であり、将義も無防備に受けると怪我を負う。

 将義も魔力をまとって迫る剣を迎撃していく。

 剣と剣がぶつかる音は、何度も雷鳴のように国中に響いて、何事かと人間たちを怯えさせる。


「紫鳥衝角豪っ!」


 これまでで一番大きく距離を取った魔王が勢いよく突っ込む。紫の魔力が魔王を包んで鳥のような形となる。

 将義に叩きつけられる意思と魔力で、その一撃は以前の魔王すら容易く殺してしまうとわかった。


「斬り伏せるっ」


 将義も剣に多くの魔力を込めて、輝く剣を真横に振る。得意とする一撃だが、名前などつけていない。

 紫の鳥と輝く剣がぶつかる。これまでで一番大きな音が世界中に広がり、生じた衝撃波が周辺を荒らす。

 紫の鳥は真っ二つになり消えていき、魔王も胴に斜めの傷を負って、地面へと落下していった。

 剣を振りぬいた形の将義は、ふうっと大きく息を吐いて剣に付着した血と脂を魔法で落とす。剣に礼を言い、倉庫にしまった将義は落下していった魔王のもとへと向かう。

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