第88話 かつての縁を断つ 1
異世界が原因の騒動が終わり、将義も能力者たちも落ち着いた日々を送ることができていた。
十二月の半ばまで小さな事件くらいで、能力者たちはいつも通りすごし、将義も期末試験を無事乗り越えられそうだと考え、クリスマスや年末年始を楽しみにしている。家族ですごすその日を楽しみにしすぎて、すでに家族へのプレゼントにお揃いの湯呑を買ってある。
召喚はまだ起きておらず、まだ待ちの状態を続けていた。
「香稲さんクリスマスパーティしないんだってさ」
落ち込んだ様子で力人が教室の机に突っ伏している。ロマンチックな夜を期待していたらしく、期待が外れて泣きたい様子だ。
「そうなんだ。世間から切り離されたところだって聞いたから、イベントも同じように旧来のものしかやらないんだろうな」
「そうらしい。年末年始は忙しいって言ってたしな。つまり年末年始も会えないんだ」
「あー……溜まってるゲーム消化したら?」
去年まではそんな感じだったろと将義が言い、力人はそうすると力なく返す。
お金は貯まってるしなーと悲しそうに言う力人を、将義は軽く励ます。そこに仁雄が近づいてきた。
「なに話しているんだ?」
「力人がクリスマスとかに香稲さんに会えなくて寂しいってさ」
「仁雄は沢渡さんと一緒に過ごすんだろー? 羨ましい羨ましすぎるっ」
「双子も一緒だけどな。うちに来て四人で過ごすことになってる。よければお前も来るか?」
「一人よりはましだから行こうかな。マサはお嬢さんに誘われてそうだな」
一緒に行くかと言おうとして、未子から誘われてる可能性を思い止める力人。
「唐谷さん家で身内だけでクリスマス楽しむからどうとは聞かれたな。家族で過ごすつもりだから断ったけど」
「「断ったのか」」
力人と仁雄が呆れた表情で将義を見る。青春を謳歌している年齢として、その選択はいかがなものかと思ったのだ。
「なんだよ、仁雄だって家族と過ごすだろ。それにあまりに落ち込んだ様子だったから、少しだけ出ることにした」
「よかったなお嬢さん」「よかったな唐谷ちゃん」
二人が恋愛に関して未子にエールを送っていると平太は察する。
「それは勘違いだと思うけどな。俺が行かなくてもマーナや灯ちゃんが行くから楽しめたと思うぞ」
そうかと二人は疑わしげな視線を向ける。将義は好意を気にはしないが、鈍いわけではない。恋愛的な方向で誘ったわけではないとわかっていて、二人の考えている未子の感情を間違いだと指摘する。
「そう言ってもな。お嬢さんの海水浴の様子だったり、キャンプの件や頻繁に会ってる話から推測できるのは恋愛方面だと思うけどな」
「自分がそっちに夢中だから思考がそちらに引きずられてるだけじゃないか? 仁雄も似たようなもんだろ」
そう言われると二人は否定はできなかった。指摘されるとそちらに思考が偏っているかなとは思うのだ。
「好意はあるだろうけど、恋愛までは怪しいと思うぞ」
「好意があるのはわかってんのか」
意外そうに力人が言う。好意すらわかっているか怪しいと思っていたのだ。
「好意なけりゃ、あんな頻繁に会ったり遊んだりしないだろう」
「そりゃそうだ」
「だとするとお嬢さんの感情は友情なのか? 男女の友情は成立しないとも言うけどな」
「友情も求めていたんだろうな。友達と疎遠になったって話だし。今は少しばかり年が離れているとはいえ、マーナがいるからそこまで友情に飢えてないだろうが。そういや前もこんな話しなかったか?」
力人がしたようなしなかったようなと首を傾げた。
話題を別のものへと変えることにして、最近世間をにぎわせた出来事などを話していく。
テストも終わってのんびりと過ごし、クリスマスまであと一週間という時期になる。召喚は来年くらいかと将義が思っているとなにかがこの世界に侵入しようとする反応が生じた。窓の外、雲がいくらか浮かぶ夜空に視線を向ける。
この前ほどでない少量の助けを求める意思が出現し、将義はそこに開いた隙間を固定し、異世界へと魔力の糸を伸ばす。
「……繋がった。今すぐ行く前に、ちょっと知らせるか」
時間を確認すると午後九時ほどで、灯以外は誰も寝ていないだろうという時間だ。
『こんばんはー。そっちから連絡してくるなんて珍しいね。なにか用事?』
未子にテレパシーを送ると、すぐに反応が返ってくる。リラックスしたような声音だ。
「ちょっと用事で異世界に行ってくる。何日間か留守にするから困ったことがあっても助けはないよ」
『わかったー……え? 異世界!?』
遠いところに行くんだねーと流しかけて慌てた口調で聞き返す。
風呂に入っていて驚き立ち上がったことで寒くなり、すぐにお湯に浸かる。
『な、なんでそんなところに!? というか行けるの!?』
「向こうからこの世界がちょっかいかけられてるんだ。いらっとするし迷惑だから原因を潰してくる」
『えー、そんな近所で悪さする子供を叱ってくるみたいな軽い感じで言うことじゃないよ』
「そう難しいことじゃないからな。そんなわけで変なことに首を突っ込んでもどうにもできないから」
『もとからあちこち首を突っ込んでないし。約束したクリスマスには帰ってこれるよね?』
少しだけ不安そうに聞き、肯定の返答にほっとする未子。
「そこまで時間かけるつもりもない。早ければ明日の夜には帰ってきてるし」
『そうなんだ。必要ないかもしれないけど気を付けてね。いい思い出のないとこなんでしょ』
「なにしてくるかわからないし警戒はしとく。じゃあ、おやすみ」
『うん、おやすみ』
未子に伝えておけば灯にも話がいくだろうと、次は鍛錬空間に向かう。
家族と寝ているフィソスに近寄ると目を開き、人型になって嬉しそうに抱きついてくる。髪を撫でながら留守にすることを伝える。こくりと頷いたフィソスはもっと撫でろと将義の胸に顔を擦り付ける。異世界など関心がないらしい。
十分ほどフィソスを撫でたあとは、屋敷にいるパゼルーとマーナにも留守にすると伝える。
「どこに行かれるのでしょうか?」
聞いてくるパゼルーに将義は異世界のことを教えるか迷う。知ったところでどうにもできないかと本当のことを話すことにした。
「異世界に。向こうからちょっかいかけてきて迷惑してるから、ちょっかいかけられないようにしてくる」
「異世界、ですか」
異世界について聞いたことのないパゼルーはきょとんとした表情を浮かべた。
神界や魔界ならばそう言うだろう。しかし将義が異世界とはっきりと口にしたことで、そういったものが本当にあるのだとパゼルーは信じた。
「同行は必要でしょうか」
「いらない。行き来に余計な魔力を使うことになるし」
「無事の帰還を祈っております」
将義がいらないというなら本当にいらないのだろう。それ以上問うことなくパゼルーは深々と一礼する。
「マーナは静かだけど聞きたいこととかないの?」
「え? んー……特には。なにか大騒動とか起こるとかなら事前に聞いておきたくもあるけど」
「ないな。こっちでは」
「こっちではということは異世界とやらではあるの?」
「おそらく現状大騒ぎしていると思うよ。それに関わる気なんてないけど」
「そうなんだ。私も無事の帰りを祈っておくことにするよ。主さんならなんの心配もいらないだろうけどね。なにかあれば未子や灯ちゃんが悲しむだろうから怪我なんてしないようにね」
「あいよ」
話を終えると将義は分身を生み出し、それに力の欠片をもたせて家に送る。
将義本人は山神の隠れ里へとこっそり入る。そのまま隠れて移動し、山神の私室に入って、気配は消したまま姿を見せる。
「っ!? なんじゃお前か驚かすな」
「ごめん。今日召喚の反応があったから、ちょっと行ってくる」
「行くのか。気の付けるのじゃぞ。お前さんの記憶だと召喚には神が関わっているとなっていたからな。今回の召喚も同じように神が関わっておるかもしれん。わしはあちらの神との面識はないからどれだけの力を持っているのかわからん。しかし三柱の一つとして数えられているからには、そんじょそこらの妖怪や精霊など足元にも及ばぬじゃろ」
あちらの世界には神は三柱のみだ。人を守護する人神、魔物を守護する魔神、二神のバランスを整える秤神(しょうしん)。
召喚に関わったのは確実に人神だろう。魔王の力が強かったので、てこ入れに秤神も関わったかもしれない。
「魔王討伐しろって強制してくるかな?」
「その可能性もあるかもしれんな。術で行動を縛られないよう対策していった方がいいかもしれんの」
「そうしておくよ。助言ありがとう」
将義が姿を消し、山神はまた顔を見せろよと虚空に向けて言葉を放つ。了解したとばかりに、山神にふわりと緩く風が吹きつけた。
隠れ里から出た将義は姿を隠したまま固定した隙間へと向かう。
目に見えるヒビなどはないが、そこから異質な空気がしみだしていた。
「『拡張』」
魔法でヒビを広げる。パキパキとひび割れる音が将義の耳に届き、常にうねる暗い空間がヒビの向こうに見える。その先へと魔力の糸が続いている。
その糸に触れたまま、超高速で突っ込んでいく。将義が広げられたヒビの向こうに消えるとヒビはすぐに閉じていき完全に開いていた形跡もなくなった。
◇
成功しない召喚と魔王軍からの被害に頭を悩ませていた王は、飛び込んできた魔術師に何事だと不機嫌そうな視線を向けた。
通常ならば怯む魔術師も興奮して気にならない様子で口を開く。
「召喚陣に反応あり! 召喚成功はしていませんが、継続的な魔力の反応を見せています!」
「反応? 失敗したのではないのか?」
「何者も姿は見せていませんが、召喚が継続しているかのような微弱な魔力反応です」
「ほう。たとえばそれは召喚対象を探し続けているとかそういったことか?」
「おそらくは。いつになるかはわかりませんが召喚が成功する可能性があります」
「いつ召喚が起きるかわからない。そこは不満点だが、良い知らせだ。執務に一段落つけて向かおう」
机の上の書類をきりのよいところまで仕上げて、召喚陣のある地下へとなにかを考えながら向かう。
(微弱な反応は探しているというより、抵抗している可能性があるな。当然だな、嫌われ者として扱われた場所になど来たがるものか。しかしこちらに呼び込んでしまえばどうにでもなる。またこの世界の贄となってもらうぞ)
ようやく光明が見えたことで王の表情はいくらか柔らかいものになっている。
王や女神官といった一部の者は知っているが、今回の召喚はランダムで呼び込むものではなく、将義にターゲットを絞ったものだ。
現在暴れている魔王相手には将義でなければ相手にならないと考え、神にも相談し再召喚を決めたのだ。
召喚陣には召喚されたときに隷属を強制する仕込みもされている。神がじきじきに力を込めた宝珠を陣に組み込んでいて、魔王を倒した将義といえども抗えないと断言をもらえている。
ほかに将義を呼べるように細工も施されていた。
「反応はまだ続いているか?」
「はい」
王が召喚用の大部屋に入り、魔術師に尋ねる。魔術師の一人が頷いた。
召喚陣はほのかに光を放ち続けていた。以前は失敗するとすべての反応が消えて静かになったが、その光景と違っている。
「反応になにかしらの変化は起きたか?」
「いえ、ずっと同じ反応が続いています」
「そうか」
そう話している二人の視線の先で、召喚陣の反応が強くなり、周囲にいた者たちのざわめきが大きくなる。
「来たか!?」
王がぐっと拳を握りしめ、鋭い目つきで陣を見る。
誰もが召喚陣へと注目し、召喚陣の光がさらに強くなる。そしてその光の中に人影が現れた。
光が弱まっていくと同時に、陣から何本もの銀の糸が人影へと伸びる。魔術師たちはこれも召喚儀式の一部だろうと思っているが、王は魔力で作られた銀糸で縛りつけ隷属させるのだと知っている。
光が収まり、王は帰還時と変わらない容姿の将義に銀糸が巻きついているのを見て安堵した。これで将義を魔王にぶつけられて、乱れた世がまた平穏に戻ると。
しかし次の瞬間にはそんな考えは吹き飛んだ。
「爺さんの言ったとおりだったな」
久しく聞いていなかった将義の声が王の耳に届く。そんな王たちの目の前で将義が体に力を込めると、巻きついてた銀糸があっさりと千切れて、床に落ちる前に空気に溶けて消えていった。
「んなあ!?」
王の驚きの声に魔術師たちはどうかしたのかと顔を向ける。それを王が気にする余裕はなかった。神の術が簡単に破られた。それは神の想定すら超えた力を将義が持っているということだ。
驚愕する王の視線の先では将義が陣に手を置いている。なにかしているのだとわかるが、驚き固まっていることで止めさせる命令を出すこともできない。
魔術師たちは純粋に成功を喜び、王は驚いたまま。その間に将義は陣の解析を済ませる。
あとがき
この話を含めて四話で終わりになります
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