第87話 求め、侵入し、 4

 山神に気晴らし用だと酒を渡し、将義もジュースを飲みながら布を調べる。


「調べても不快にしかならないと思うけど『探査』」


 布に触れないように魔法を使う。布に込められた意思などが薄れているため詳細はわからない。ノイズがはしって映像を見ることしかできない。わかったのは力の性質、どうして助けを求めるのか、どうしてここにあるのかという大雑把なこと。

 調べ終わって、布を燃やす。そのあと山神にわずかに残るものも浄化する。


「まだ残っておったか。すまんな。それでなにがわかったか?」

「力の質は掴んだから、同じものがどこにあるかわかる。なんで助けを求めたのかは、魔王が復活したからだろう。ここにこれがある理由はまた召喚を行ってるから。召喚でこちらとあちらを繋げた際に、向こうの強い念がこっちに流れ込んでるらしい」


 見えたものに推測を混ぜて話す。


「あれに助けを求める意思が込められている理由はわかった。しかし魔王が復活とは? 倒したはずだろう」


 それに将義はにやりと笑う。嫌がらせが効果をはっきしていたとわかり、笑みが浮かんだ。


「倒した。ただし滅することはなかったんだ」

「その違いは?」

「肉体の死は与えたけど、存在としての死は与えなかった。倒した時点でいつか復活しそうだとはわかったんだ。爺さんも今ならわかると思うけど、その体を粉々にされても、時間かけて復活するだろ」

「ああ、そういうことか。魔王も精霊と似たようなものになっていたと」

「そうだね。あの魔王は歴代最高峰らしいから、存在の変質を起こしていても不思議じゃないんだろう」


 人間が妖怪や仙人といったものへ存在をかえて強さの上限を上げることが可能なように、あの魔王も存在をかえて強くなっていた。それに山神は納得した様子を見せつつ酒を飲む。


「存在を滅しなかったのはどうしてだ?」

「あの世界の人間のためにそこまでする気がなかった。王たちの依頼は倒すことであって、滅することじゃなかったしな。依頼は果たしてるだろ」

「わしが生きている間に魔王が復活するとは思わなかったのか? 人間の上限に届いていたわしは長生きしていたはずだぞ」

「それはないってわかってた。爺さんも長くはないって自覚あったろ」


 将義の問いかけに山神は頷く。若い頃や魔王軍が暴れだしてからの無茶で寿命を削っていたという自覚があったのだ。禁じられた技法で、保有魔力以上の力を注いだ魔術を何度も使ったりしているのだ。

 将義は限界突破して得た感覚で、ボールムの体や魂に歪みが生じているのを察していた。今なら治療は可能だが、当時の将義は察するくらいしかできなかった。


「そんなわけでいつか復活するだろうと知っていてこっちに帰ってきた。魔王が復活して暴れてるから新たな勇者を求めて召喚をやってるんだろうな。なんでか成功していないみたいだけど」


 いい気味だと嗤う。


「そういった嗤いを浮かべるのを否定はせんが、少しばかり疑問もある」

「なに?」

「魔王戦の前にわしに会いに来たお前なら滅するところまでやったのではないかと思うのじゃよ」

「あー……そうかもしれない。そこらへんは俺の記憶を見てもらえばわかるかな」


 あまり思い出したくない向こうでの記憶をコピーし小さな光球として体外に出し、山神に投げる。

 ゆっくりと飛んだそれは、見たくないなら避けていいという考えでもって投げられた。

 山神は避けることなく手のひらで受け止めた。脳裏に自身のものではない記憶が生じる。


 そこは王城の中だろう。将義に与えられた部屋で、将義が魔法を使っている。自身の力を使いこなす練習のようで、王城のあちこちに力の欠片を飛ばして、そこの情報を集めるといったものだ。

 特に目標を決めずに飛ばした力の欠片の一つが、王たちと将義の仲間たちが集う部屋に入り込んだ。

 そこでは王たちが明るい表情で飲み食いしていた。前祝いとばかりに豪勢な食事と酒がテーブルに並ぶ。

 王の隣には王妃が、二十歳前半の騎士の隣に姫がいて、酌をしている。男の傭兵と女の斥候は仲睦まじく料理を味わっていて、女の神官も作ってもらった好みの料理に舌鼓をうっている。


「いよいよだな! このまま魔王が倒れ平和が来るといいが」


 そう言う王に姫が同意しニコニコと笑っている。


「お主たちはあれが逃げないようしっかりと見張るのだぞ」


 騎士が深々と頷く。


「承知しております。されど元の世界に帰るという目標があるので逃げたりはしないと思われますが」

「いやわからんぞ。あれの扱いゆえにすべてを投げ捨ててもおかしくはないからな」

「そう思うのでしたらもう少しフォローを入れてもよろしかったのでは?」


 姫が言う。


「あの流れはこちらに都合がよかったからな。この世界に残ると言われでもされたらたまらない」

「そうですわね。あのような化け物が我が物顔で暮らしているなど恐ろしくて」


 震えてみせた姫に、騎士がそっとその肩に手を置く。その手に姫は自身の手を重ねて笑みを返す。


「うむうむ。英雄となる男をしっかりと落としておるようで安心じゃ」

「まあ、お父様ったら。そのようなことを口になさらないでくださいませ。この方に惹かれたからこうして仲を深めているのです」


 つんっと拗ねた様子を見せた姫に、王はすまんすまんと軽く詫びる。


「私は戦いことなどわかりませんが、あれは魔王に勝てるのですか?」


 拗ねた娘の気分を変えるためか、話を変えるように王妃が聞く。

 これには騎士たちも視線を交わし、代表して騎士が口を開く。


「正直なところ私たちも絶対勝てるとはいえないと思います。私たちの力量を超えた戦いが行われることは確実。その末に魔王が勝ってもおかしくはないと」

「それならそれで良くはあるがな」


 王が言い、騎士たちも頷く。


「さすがに私たちも死闘を繰り広げた魔王に負けるほど弱くはありません。そうなれば本当に魔王を倒した英雄となれるわけです」

「その流れが我らとしては一番だろう。邪魔なあれが死に、魔王は死にかけ、それにとどめをさす。二番目は相討ちで、三番目はあれの勝利か」


 将義の死を望む考えに一同からは異論はでない。全員が将義を危険で恐ろしいものだと認識していた。


「勝利した場合、弱っているところを消してしまうのはいかがでしょう」

「怖いことを言うな我が妻は。勝てば約束は守ってやるさ。約束は破ってしまえば、それを見ていた者たちからも信用を失う。まあ、召喚陣はいつでも使えたとはいえ準備万端というわけではないから望みが叶うかわからないが」


 不思議そうな表情で騎士は聞く。魔王の邪魔が入って召喚陣が使えないのではないかと。女神官たちもそう聞いていて、王に疑問の視線を向けた。


「召喚陣は神から与えられたもの。魔王もそういったものがあるとわかっていれば干渉できたかもしれないが、知らないのだから邪魔などできぬよ。召喚したばかりの頃にあれを帰してしまえば勇者を呼んだからどうにかなると希望を持っていた者たちの士気が下がる。それに召喚陣使用にかかった費用も無駄にはできん」

「そうだったのですね。では準備万端ではないというのは?」

「発動事態は問題ないが、陣を正確に運用するための材料が一つ足りない。風の純結晶が手元にない。現状ではこの世界から送り出すことが可能なだけらしく。きちんと帰ることができるかどうかわからん」


 続ける王の口が笑みに歪む。


「もし帰ることができなかったら、向こうの世界には感謝してもらいたいな。化け物を帰さなかったという偉業を果たすのだから」


 そう言う王に、騎士も心の底から賛成だと深く頷く。


「そうですね。あれほどの力は向こうでも迷惑でしかないでしょう。こちらで処理してしまった方が、こちらにとってもあちらにとっても都合が良いかと」

「今回のような危機でしか役立つことはないからな。向こうが平和というのはこちらに来たばかりのあれを思い出せばわかる。向こうにも必要のない力だろうさ。暴走などして向こうを無茶苦茶にしては申し訳ない。あれを生み出してしまったこちらの責任として対処しなければな」

「こちらとは関係のない世界のことまで思いやるとは、慈悲深いですわ」


 王妃の感激した様子に、騎士たちも同意し、王は気分良さげに杯を掲げる。


「我ら人間に勝利を、化け物どもに敗北を」


 将義はそこで魔法を消す。それ以上見たくなどなかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。仲間に嫌われることはわかっていた。彼らの力を超えたときからその予兆はあったし、さらに力をつけたときはこちらを見る目が仲間に向けるものではなくなっていた。それでも一緒に困難を乗り越えてきて、以前は信頼関係を築いてきた仲だったのだ。そんな彼らから死を望まれていることはショック以外の何物でもなかった。

 苛立ち、怒り、憎しみ。それらを解き放ちたかったが、帰るために我慢した。

 そして荒れた感情が収まって残ったのは無関心だけだった。

 その後の将義はただの同行者と化した元仲間とコミュニケーションを最低限ですませ、自身のペースで魔王の居場所まで進んでいき挑んだ。道中、元仲間は疲れ果てて休憩を提案してきたが、どうせ役に立たないのだからと聞き流した。そのうち提案もなくなり、疲労顔でついてくるだけになった。

 疲労から元仲間が深く眠ると、帰還に足りないという材料を確保に動き、魔王打倒前に手に入れることができていた。

 魔王打倒後、いずれ復活することに気づき、上手くいくかわからないがとどめは刺さず王城に帰り、地球への帰還を要請したのだった。


 記憶を見て山神は溜息を吐く。


「あんなこと言っておったのか、あやつら。将義を理性ない怪物と思いこんでおったのかのう」

「俺もあの時点で自身の力が尋常ではないとわかっていた。無暗に振り回せば大事になるとわかってもいた。でも力を使わないと地球に帰ることができないから、鍛え戦い続けたんだ。地球に帰ってあのまま振る舞うわけはねえよ。日本が平和なんて俺自身がよくわかってんだ。それをなにも考えず使うかのように言いやがったあいつらは馬鹿だっ。なにが慈悲深いだよっ。ただの道化の王だろ」


 愚痴を吐き出す将義に、山神はなにも言わず言わせたいように言わせる。


「ああいった事情があるならやる気なくすのもわかる。仕返しする気持ちもわかる。それが巡って今回の件に繋がってしまったわけじゃが」

「迷惑をかけることになったこっちの世界には悪いと思ってる。再召喚であんなものが入り込んでくるとか想像もしてなかった。あとでこっちに入り込んだものを集めて処分するよ」


 幸いにして以前の彗星騒ぎで、誰の目も届かない場所と時間帯は調べがついている。そこで送り込まれたものをいっきに集めて消すつもりだ。


「今ある分を処理しても、また入り込んでくるだけではないか?」

「そっちも対処する。気は進まないけど、向こうに行って陣を潰してくるつもり」


 神から与えられた特別なものと聞かされた記憶がある。潰せばそう簡単に作り直せないだろうし、地球との繋がりも切れるだろうと思っている。


「行けるのか?」

「行けるよ。また召喚試すだろうし、それを逆にたどれば行ける。狭間に行って召喚反応なしで向こうの世界への道筋を見つけても行けるけど、反応をたどる方が楽だから待つ」

「勇者を求めて、お前が現れたら驚くじゃろうなぁ」

「そうかもね。どんな間抜け面さらすか今から楽しみだ。ああ、向こうに行ったら住んでた家からなにか回収してくるものある?」

「特にはないな。わしの感覚だと百年以上昔の場所だ。郷愁もない」

「そっか」


 将義は立ち上がり、鍛錬空間へと穴を開く。


「帰る前に渡したいものと聞きたいことがあるのだが」

「なにか言ってないことあった?」

「まずはほれ」


 分厚い封筒を投げ渡されて、将義はこれはなんだという疑問を込めた視線を向ける。


「今回の報酬の一部だ。百万円入れてある。こうして渡せるときに渡しておかんと受け取らんようだからな」

「今回の件は多少なりとも関連している俺たちが動かないといけないものじゃないか? 報酬が発生するのはなんか違うような」

「里を助けてもらったわしからの感謝の気持ちだ。礼を渡すには十分な理由だと思うが」

「まあ、そう言うなら受け取っておくよ」


 封筒を影の倉庫に入れて、聞きたいこととやらを促す。

 

「魔王はどうするのか聞いていない。向こうに行ったら倒すのか?」

「いや、放置だよ。陣を壊すのが目的だし、魔王はどうなっているのか様子を見るだけ」


 あちらの人間を助けるつもりなど皆無で、かといって魔王が暴れて人間を殺している様子を見て笑うつもりなどもなく、どれだけの人間が死のうと知ったことではない。あっちのことで関心があるのは陣のみだ。

 山神も魔王打倒を頼むつもりはなく、対処が気になっただけなので放置という返答になにか思うことはなかった。

 マーナに帰るよとテレパシーを送り、一足先に鍛錬空間に入る。すぐに部屋に入ってきたマーナも山神に一礼して小走りで鍛錬空間に入る。妖怪たちが将義を見ていたが、それになにも反応を見せず穴を閉じる。


「もう一仕事頑張らないと」

「なにか頼まれたの?」

「自発的にやらないといけないことがあるんだ。俺が悪いんじゃないはずだけど、放置するのも収まりが悪い」

「なにするのか聞いても大丈夫なこと?」

「里で暴れたってあれが世界中にあるらしいんだ。それを集めて消す」

「どうして主さんがやらないといけないのかわからない」


 あの影への対処に関してはなにも心配しておらず、それを行う理由に首を傾げるマーナ。


「話してない事情に関連してるんだよ」

「あーそこに関連してるんだ」


 異世界関連だとマーナは気づけたが、知らないことになっているので納得したふりをして屋敷へと帰っていく。

 将義は鍛錬空間を出て、姿を隠したまま家の上空に浮かび、以前調べた気象衛星などの位置情報などにずれがないか再確認していく。

 三時間ほどで確認を終えた将義は以前も行った海上に寝転ぶ。幸い小雨状態で空には雲があり、空からは地上を見通しにくい。異世界から送り込まれたものを集めても目立ちにくいはずだ。

 寝転んだまま将義は力の欠片を使って、世界中に魔法の範囲を広げる。

 

「『隠蔽』『収集』『広域』」


 世界中を漂う大小さまざまな影が一ヶ所に集まっていく。それは将義の視線の先に集まっていき、五メートルほどの人間のような形となった。勇者として動いていた将義を認識したのか、言葉にならないうめき声を出しながら手を伸ばす。

 それを避けてさっさと処理しようと右手に魔力を集中していると、遠くから悪魔や天使などが集まってきた。

 影を追っていた者たちで、反応が一ヶ所に集まったことを疑問と好機に感じて急いできたのだ。その中にはシャイターの姿もあった。

 シャイターたちの気配を気にせず、将義は影へと消去の魔法を放つ。

 放出された真っ白な魔力に影は飲み込まれてあっさりと消えていった。

 やることを終えた将義も隠れたまま家に帰り、突如出現した大きな魔力に警戒した悪魔や天使がその場に到着した頃には誰もおらず、影の反応もきれいさっぱり消えていた。

 なにがあったのか少しでもわからないかと現場を探っている彼らの中で、シャイターだけは将義の力をかすかに感じ取っていて、後日事情を聞こうと決めていた。

 この様子を見ていた母神も状況を把握しており、神々に対処終了を知らせる。その知らせを受けた神々から能力者たちへと捜査終了が伝えられ、能力者たちの仕事も普段のものへと戻る。

 影を処理した翌日に将義は、全世界に探査の魔法を使う。調べるのは今回影に影響を受けた者であり、彼らの治療を目的としていた。間接的に原因が自分にあり、あちらにいらぬ迷惑をかけられたということで同情し、影響だけでも抜いておこうと思ったのだ。影響を受けてやらかしたことはどうにもならないが、以前の性格に戻すことは可能だった。

 すぐに被害者たちは元に戻り、自分がやったことにショックを受けたりしている。周囲にいた者は突然話が通じるようになった彼らに戸惑う。感情の暴走に振り回された者たちは、どうしてそうなったのかわからぬまま、それぞれの日常に戻っていくことになる。

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