第78話 文化祭と裏イベント 2

「結界? ばれたか!?」

「ばれた? 能力者という奴らに?」


 警戒するように周囲を見渡すレノームと山岸。だがなんの変化も見つけられない。相変わらず静かな図書室をきょろきょろと見ている。

 将義はレノームの動きを魔法で止めて姿を現した。


「誰だ!?」


 山岸が警戒し問う。生徒にしては年齢が高く、若い教員にこのような男はいないはずだ。


「悪魔の気配を感じてやってきた。このまま静かにレノームを排除しようと思ったけど、ちょっと山岸君に同情してやめた。こんな感じだよ」


 名前を知られていることに驚く。自分たちは向こうを知らず、相手はこちらを知っている。警戒心がさらに大きくなるが、気になることもある。山岸はそれを問う。


「……同情って?」

「いじめられてるって知って、悪魔を排除してあとは放置するってのはどうかなと思ったんだよ」


 山岸にいじめの原因があるならこうは思わず、悪魔を殺すなり記憶をいじるなりして放置していただろう。しかし山岸に原因はなく、気弱でやり返せそうにないからターゲットにされたのだ。そのような人物に訪れたチャンスを取り上げて、放置してまたいじめの日々に戻すことになるのは可愛そうだと思った。


「なんでこっちの事情を知ってるんだ!?」


 いじめられていると知られた惨めさなどよりも、事情を把握されている不気味さの方が大きくあとずさる。


「魔法で君たちの記憶を覗いたから。それで提案なんだけど、いじめっ子たちを殺すのはやめない?」


 かっと頭に血が上る。怒りと憎しみの感情を吐き出すように口を開く山岸。


「めぐってきた復讐のチャンスを捨てろってのか! そんなことできるか! 今やらなきゃずっとこのままなんだ。もう嫌だ! あいつらの言いなりも我慢することも。こいつの力を借りて終わらせる。誰がなんと言おうと!」


 腹の底からの大声を出して、喉を傷め辛そうにしているが、将義を睨む眼力は強い。


「諦めさせることなど不可能だぞ。どうする? 無理矢理止めたところで救えるわけはない」


 動けないまま面白そうにレノームが言う。レノームがそのような感情なのは、将義が正義として動いていると考えているからだ。人殺しを止めて、いじめられっ子を救う。それを正しいものとして考え動いていると思っているのだ。

 しかし将義はそんな考えで動いていない。ぶっちゃけた話、文化祭後に山岸たちが動くなら止めなかったのだ。


「誰も諦めろとは言ってない。殺すのはやめないかって言っただけ。殺したら文化祭が中止になるだろう」

「なに?」


 レノームは予想した返答から外れた言動に呆け、山岸も人命よりもイベントの方が大事と言い切った将義に驚く。


「文化祭を楽しみにしている知り合いがいるからな。中止になるのは困るんだ」

「なにを言っているのか自覚あるのか? 同族が殺されることをよしとしているんだぞ? お前は能力者だろう? 人の世を守るのが仕事ではないのか」

「力はあるけど、見知らぬ他人まで守る気はない。それに同族殺しなんぞ、世界中のどこでも起きているじゃないか。それがここで起こるだけ」

「……っ」


 山岸は怯えたように下がる。殺しを当たり前のものとした考え方に恐怖を抱いた。

 それに将義はふんっと鼻を鳴らす。


「なんで怖がるのか。お前がやろうとしたことだろう。この程度で怖がるならやっぱり殺しは止めておいた方がいい。思っている以上に殺しは精神的にきついからな」


 将義も異世界で人殺しを経験している。盗賊が村を襲っていたところに鉢合わせたことがあるのだ。まだ人間並の頃のことで、仲間と一緒に対応し賊を手にかけた。好き勝手やっていた盗賊が悪いといえども、肉を斬り骨を断ち流れ出た血の匂いは大きな罪悪感を抱かせるに十分なものだった。


「……それでも諦めるなんて嫌だ。ここで諦めたらずっといじめられっぱなしじゃないか」

「だから諦めろとは言ってないだろう。復讐? いいじゃないか。止めはしないよ。復讐する気持ちは十分にわかるし、俺もやった。その結果に興味はないが」

「どうやればいいんだ。殺すのが駄目ならほかに方法なんてっ」

「追いつめられて視野が狭くなってるんだろう。殺すだけが復讐じゃないだろうに」


 いじめの証拠を集めて停学退学に追いやるのも復讐。長い時間をかけて相手の弱みを握って陥れることも復讐。相手よりもいい生活ができるようになって嘲笑ってやることも復讐。

 思いつくままに将義は復讐について述べる。


「殺したらそこで終わり。より長く相手を苦しめ惨めにさせる方がいじめられた側としては気分がすかっとするんじゃないのか?」

「それは、たしかにそうかもしれない」

「だが無理だ」


 レノームが否定する。どうしてだと将義は視線で先を促した。


「契約だ。初心を貫くことが呼び出した俺と交わした契約。守らなければこいつの命がなくなるだけだ」

「『隠蔽』『接続』『解除』」


 将義はチョキを作り、山岸とレノームの間にある繋がりを切る。


「契約は解除した。これで殺しはなくていいな」


 契約という繋がりが本当になくなっていることにレノームは驚愕する。こうもあっさりと解除されることは驚きであり怖くもあった。天使でも悪魔でも契約解除はもっと大がかりに行うものだ。こうも簡単に行うことではない。


「な、なんなんだお前は!? 悪魔の契約だぞ? 人間同士のものならばいざしらず、人間よりも強い存在が施したものをこうもあっさりと。お前から感じられる力は霊力だ。人間だ。こんなことができるはずもないっ」


 動けないままこのわけのわからない存在から必死に逃げようとしてできず、ならばとこれまでやろうとも思っていなかったことを行う。それは自己崩壊、いわゆる自殺。自身を構築する魔力の繋がりを自ら絶ち、命を放棄する。このようなこと通常ならばしないが、今はこの怖さから逃げられるという救いでしかない。

 血肉を流さず、その身を砕いて魔力がその場に流れ出る。かなりの痛みを伴っているはずだが、レノームの表情には安堵もあった。


「そこまで怖がらなくてもいいじゃないか」

「ど、どうして消えたんだ」

「自殺したんだよ。怖がられることは初めてじゃないけど、自殺までされるのは初めてだ。『収集』」


 その場に残留するレノームの力を集めて魔力の塊を手にする。その魔力の塊に細工を施しながら山岸に話しかける。


「でだ。復讐はしたいんだろう?」

「……ああ」


 悪魔という存在を自殺に追い込んだ将義が怖く、山岸もできるなら逃げたいが、それでも復讐は諦めきれず頷く。


「協力してやろう。殺しはなしだが、溜飲が下がる方向でな。まあ、どれくらいの結果が見込めるかは君の努力次第なんだが」

「……なんで協力しようと思うんだ。そのわけのわからない力があるなら、もっと簡単に今回の件を済ませることができるだろ」

「できるね。君といじめっ子とクラスメイトの記憶を変えていじめがなかったことにするのが一番簡単」

「そうすればいいじゃないか」

「仕返ししたいって気持ちはわかるからな」

「それだけ強い力があるのに、俺の気持ちがわかるわけないじゃないか」

「強くとも妬み嫉みは受けるもんだよ。スポーツ選手芸能人といった活躍している人たちが必ずしも順風満帆に人生を送れていないのはわかるだろう? 注目を集めたら、叩いてくる人が必ず現れる。スポーツ選手たちも聖人じゃないんだから怒りとか感じるだろう。俺もいろいろと影口叩かれたりしたよ。それをすべて当然のものとして受け入れたわけじゃない。好き勝手言いやがってと思ったことはある」


 納得したかと将義に聞かれ、山岸はこくりと頷いた。


「楽な手段をとらないんだったら、なにをするつもりなんだ」

「ゲームを作れるゲームってのがあるのは知っているか?」


 いきなり話が変わった気がするが、山岸はとりあえず頷いた。ゲームはやらないが、そういったものがあるとは聞いたことがあった。


「そんな感じで、お化け屋敷を君に創ってもらう。舞台はこの校舎。プレイヤーはいじめている三人。参加日は文化祭の二日間。驚かすだけじゃない。肉体に怪我をさせてもいい。一人ずつ死ぬような呪いをかけて、校舎を逃げ回らせてもいい。君が思うままにいじめっ子を怖がらせるものを創るんだ」

「殺しは駄目だと言ったじゃないか」

「そこらへんは大丈夫。舞台となる場所では死にはしないから。怪我も舞台を出ればなくなるし、そこに行ったことも忘れる」

「怖がる姿を見て、溜飲を下げろってことか」


 大がかりではあるが、意味はないと思う。復讐が終わればまたいじめの日々が始まる。それは頭の中でいじめっ子を殺すということとなにも違いがない。


「怪我も消えるし記憶も消える。でも残るものもある」

「無様をさらした記憶とでも言いたいのか。それを思い出していじめの日々を耐えろとでも」

「違う。たしかにそれも残るが、いじめっ子たちに直接残るものだ。それはトラウマ」

「トラウマ?」

「そう。復讐で心や体を傷つけるほどに、後日心に傷が残る。具体的にはすごく怖がり痛がりになる。今後の生活に支障をきたすくらいに。君が上手くやれば、君の姿を見ただけで怖がるようになるかもしれない」


 これもまた復讐だろうと将義に聞かれ、山岸は頷く。


「いじめっ子たちは確実にいじめどころではなくなるだろうから、平穏な高校生活を送れるようになるだろうさ」


 ほらと将義はリンゴほどの水晶を差し出す。その中には霧のようなものがゆらゆらと蠢いている。

 一瞬躊躇ったが、山岸はそれを受け取った。どのような副作用があろうが、いじめっ子たちに復讐をしたいのだ。

 水晶を手にしたとたん、使用方法や注意事項などが頭の中に流れ込む。副作用はないこともわかる。制限はかかっているが、それは自分に不利となるようなものではない。これの使用を誰かに話せないという制限があるだけだ。


「いじめてる奴ら以外には取り込めないんだな」

「そらそうだ。無差別に暴れまわることを推奨しているわけじゃない。殴ってきた相手に殴り返すための手段を渡しただけだしな。文化祭が終わったら返してもらうってことも言っておく」


 じゃあ頑張れよと声をかけて将義は姿を消す。同時に結界も消えて、物音が戻ってくる。

 山岸はクラスメイトがいなくなるまで図書室で水晶の操作を学んで時間を潰し、鞄を回収して帰る。


 ◇


 山岸はアパートに帰り、玄関を開けようと鍵穴に鍵を差し込む。共働きの両親はまだ帰ってきていないと思ったのだが、鍵は開いていた。

 家に入ると「おかえり」とエプロン姿の母親が声をかけてくる。


「早いね」

「ええ、今日はあなたの誕生日でしょ。いつも一人で夕食食べさせているから今日くらいは一緒に食べようと早めに帰ってきたの。それにここのところ調子がよくなさそうに思えて、気分転換になればって」

「あ、そういえば誕生日だっけ」


 いじめでそんなことを気にしていられなかったのだ。

 こうして自身を気にしてくれるのは母親だけではなく、父親もだ。だからこそ相談できなかった。

 若い頃に借金を作ったらしく、一生懸命働いて返済しながら自身を何不自由なく育ててくれた両親に心配かけたくないのだ。


「忘れてたの?」

「うん。このところ疲れることがあったから。でもそれもなんとかなる」

「大丈夫? 相談にのるわよ」

「大丈夫大丈夫」


 明るく言って荷物を置くために自身の部屋に向かう。鞄の中から水晶を取り出し、机に置く。

 思い返せばレノームに出会ったところから驚きの連続だった。  

 いじめによって沈んだ気分の気晴らしに古本屋を巡っていたのが一番最初のきっかけだった。

 新品一冊分で、複数買える古本屋は小遣いが多くはない山岸にとってはありがたい存在だった。顔なじみの古本屋もできるくらい通い、その日もそういった店を巡っていたのだ。

 以前読んだ本の続きが見つかり、ほかにもなにかあるかと探していたとき、一冊の呪い関連の本が目に入る。古くから噂として伝わる呪いを取材などで集めたものらしかった。

 いじめっ子から無視されるような都合のいい呪いでもないかとぱらぱらとめくっていると、彗星に関した呪いがみつかった。なんとなくそれにひかれるものを感じた山岸は、本の値段を確認し購入を決める。

 もとからいろいろと読む乱読タイプなため、占いの本を買っても店主になにか問われることなく、店を出る。そのまま家に帰った山岸は彗星の呪いを熟読する。

 のちにレノームから教えてもらったのだが、彗星を使った呪いというのは実在し、効力も確かにある。

 彗星は地球にはない遠くの地の力を持っていて、それを地球に運んでくる。大きく異質なそれは、多くの者が利用しようとして自滅した。駆け出しや一人前くらいの能力者では制御できない力なのだ。そのため彗星に関した呪いは廃れて、一部の家にのみ伝わる秘術扱いになった。

 そんなことを知らない山岸は彗星接近に合わせて呪いの準備を整えていき、儀式を行った。それの完遂前に彗星が消えた。将義が放った弾丸が命中したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る