第77話 文化祭と裏イベント 1

「山岸ー。ちょっと俺忙しいんだわ。かわりにプリント集めやっといてくんね?」


 朝のホームルームが終わり、白間と書かれた名札を付けた男が山岸と呼ばれた気弱そうな男と肩を無理矢理組んで言う。

 それに気弱そうな男、山岸はわかったよと小さく返事をして、白間は笑ってこれ以上くっつのは不快だというように肩を強く押して離れる。

 その白間に、館花と羽崎という名札をつけた二人が話しかける。


「白間、忙しいってこれから俺らと一緒に授業受けるんじゃんよ」

「あー? そーだったな。まあいいだろ、快く受けたくれたんだしな」

「だな」

「嫌なら断るだろうしな!」


 一緒に笑い、すぐに頼んだことなど忘れて白間は友人と雑談を始める。

 それに関してクラスメイトは可愛そうだと言いながら一緒に笑っているか、聞こえていないように一時限目の準備を始めていた。山岸が一学期から仕事を押し付けられているのは見慣れた光景だったし、誰も手助けしないのもいつものことだった。

 山岸本人は小さく溜息を吐いて、一時限目に使う教科書を取り出す。こういった頼みごとならば、傷が残らないように小突かれるよりましだった。平和だった夏休みを懐かしく思いながら授業開始を待つ。授業中はいじめはないので、安らげる時間だった。

 授業が終わり、さっさと頼まれごとをすませようとプリントを集める。三時限目で集め終わり、確認したところで「おせえよ」と白間に取り上げられた。

 昼休みは一人で過ごそうとして白間たちに捕まり、人気のない場所に連れて行かれ、母親が作ってくれた弁当をだいなしにされる。それにはさすがに怒った表情を見せると「なに怒ってんだ」と指差し笑われる。

 そんなに怒るのならと汚れたおかずを無理矢理に口に詰められる。噛み飲み込む姿をまた笑われて、気が済んだらしく白間たちは去っていった。

 一学期はここまでされなかった。もう少し軽かったのだが、夏休みにたまったストレスを発散するとばかりにエスカレートしたのだ。

 山岸はそのままそこで昼休みを過ごす。一度去ったなら、戻ってくることはなく、ここが安全なのだ。

 午後の授業が終わり、ホームルームも終わって山岸は白間たちに絡まれないようすぐに教室を出る。図書室ならば騒ぐことができず静かに過ごせるのだ。それに今の時期ならば中間考査に向けて勉強を図書室で行う者もいる。彼らの邪魔になりかねず、睨まれるのを避けて白間たちは図書室に近寄らない。

 そして少し前までは白間たちが帰るまで時間を潰すことが目的だったが、今は違った。別の目的で図書室に向かっていた。


 ◇


 天体観測が終わって、十月半ばに中間考査がやってくる。一学期と同じく、中間考査前に皆で勉強会を開く。そこで一番熱心に勉強していたのは力人だった。


「なんでそんなに頑張ってんだ? 香稲さんに勉強のできない男は嫌いとか言われたのか?」


 仁雄が聞き、力人は睨むように見る。


「ちげーよ! ちくしょう、お前は沢渡さんとラブラブだからって自慢げに」

「自慢はしてねえよ。んでどうして熱心なんだ?」


 休み明けの仁雄と陽子の態度が初々しい恋人のそれで、クラスメイトに散々からかわれ多少のことでは動じなくなっていた。


「バイトやりすぎて勉強おろそかになってるって親に言われてな。大きく成績が落ちたら、家庭教師を雇って香稲さんに会いにでかける時間を勉強にあてるって言われたんだよ。そんなの嫌だから気合い入れなきゃいけないんだ」

「そりゃ大変だ」


 将義が気楽そうに言い、力人は恨めしそうに見る。


「マサも巻き添えにしてやりてぇ」

「俺は毎日の復習かかしてないから家庭教師は必要ないぞ」

「昔はそんな真面目じゃなかったのになぁ。くっそ、ここ教えやがれー」

「はいはい」


 そんなことやりながら中間考査を乗り越えて、試験が終わった当日のホームルームで文化祭の話し合いが行われた。

 仁雄が教壇に立ち、このクラスで行うことを決めるため話し始める。


「まずは注意点から飲食店を行う場合は、食中毒に注意すること。なまものは駄目だと聞いている」

「たとえば?」

「ハンバーガーで生野菜を使うのは駄目。トルティーヤも無理だろうな。クレープは生野菜を使ったものは無理。同じく果物も難しいけど、冷凍果物は大丈夫だってさ。あと屋内と屋外で許可が出せる料理に違いがある」

「ほかに注意点は?」

「ミニゲームに高級賞品を出さない。過去盗難事件があったんだと。演劇をやる場合は思想や宗教色を強く出しすぎないこと。これらのほかに安全には気を付ける。当日に間に合うようにする。予算をかけすぎないとかかな」


 予算の上限はと聞かれ、仁雄はだいたいの上限を答える。生徒会から二万円の予算が出て、生徒個人からは千円まで出すことが可能。それらを合わせておおよそ五万円が上限だろう。

 過去行われた出し物で特殊なものに関して聞かれ、それもメモを見ながら答えていく。


「注意事項は理解できたな? じゃあなにをやりたいか案を言ってくれ。とりあえずはできるかどうかは気にしてなくていい」


 次々と提案されて、仁雄は黒板に書いていく。

 ミニゲーム、演劇、演奏、模擬店、喫茶店といったオーソドックスなものが黒板に書きこまれていった。


「一通りはでたな。思った以上に皆がやる気をみせてて驚きだ」


 仁雄の言葉に大助が頷いている。


「このクラスでなら楽しくやれそうだと思ったからな」


 力人が言い、同意の声が上がる。勉強会や海水浴といったクラスメイトの交流が多かったからか、現状の雰囲気となっているのだろう。

 よいことだと仁雄が頷き、候補を絞るぞとまずはできそうにないものを削っていく。


「たこ焼き、たい焼きは専用の鉄板が必要だと思うが、あるのか?」


 たこ焼きは二人手を上げて、たい焼きに関しては家庭用のものを一つ持っていると手を上げた者がいる。


「たい焼きはそれ一つだと無理そうだから却下でいいと思う。たこ焼きは二つで注文に間に合うか?」


 無理かなと意見がでる。


「一応ほかのクラスの友達に借りるって手段もあるが、こっちも無理そうだと考えておこうか」


 頷くクラスメイトが複数いて、たい焼きには×をたこ焼きには△をつける。

 そうやって進めていき、演劇と焼きおにぎりの模擬店と輪投げミニゲームが残る。

 焼きおにぎりの文字を見て、仁雄が意外そうな表情を浮かべた。


「焼きおにぎりが残るとは。いや美味しそうとは思うが」


 ホットプレートで調理可能で、材料は米と調味料、あと必要なものは刷毛や渡す際の包み紙くらいだろうか。


「これをやる場合の問題点は衛生管理と電気か? 発電機調達は学校に資料があるんだったか」

「発電機に関しては力になれるかもしれない」


 将義が声を上げる。なんとなく予想できた仁雄は唐谷家の伝手かと聞く。

 それに将義は首を横に振る。そっちも伝手がありそうだが、心当たりは別にある。


「いやそっちじゃなくて灯ちゃんの方だ。父親が発電機関連の伝手を持ってる。もしかしたら割引も効くかもしれない」


 こう言いながら裏堂会に置きっぱなしの報酬を使うのもいいなと思っている。


「おまえはいろんな伝手を持ってるな。ほかにどんな伝手があるか聞いてみたいぞ」

「そんなにないけどな。あと使えそうなのは派遣会社の事務員と知り合いって感じだ。神社にも知り合いできたけど、そっちはあまり頼みごとできなさそうかな」

「派遣会社の時点ですでにいろいろな方面に顔が利きそうだ。演劇する場合の資材調達とかミニゲームの商品とかそこから賄えそうじゃないか」

「かもしれん?」


 伝手やコネは持っているとなにかと便利だなと仁雄が言い、クラスメイトたちは頷いた。


「まあ、今はまだ割引がきくかどうかわからないから、そこは加味しないで決めていこう」


 ここかららは多数決かなと仁雄は判断し、それを皆に伝える。

 結果は焼きおにぎりの模擬店になった。演劇も挙手が多かったが、やりたい演目で意見が割れてしまった。


「甘々の恋愛ものがいいと思うわ! 観客が砂糖吐きそうになるくらいの」

「俺はアクションがやりたい。派手なシーンで客を沸かせたいな」

「甘々とか演じる奴がいるのか?」

「そこはほら沢渡さんと坂口君で! この二人なら初々しくも甘い感じでやれそうじゃない?」

「さすがに勘弁してくれ」「観客に見せるのはちょっと」

「派手なアクションの方もやれるやついるのか?」

「普段の運動から見て、そう多くはないよな」


 こういった意見の末に、求められる演技力が高く、練習時間が足りそうにないという結論が出た。

 発案者の熱の入りように生半可な演技は許されないだろうと予想できたのだ。求められる基準の演技力まで高めるには、本番までの時間が足りないということは発案者も認めた。


「はい、じゃあ焼きおにぎりの模擬店で決定! これで生徒会に提出するぞ」

「演劇やりたかったけど、しょうがないわね。美味しい焼きおにぎりを作って客を唸らせましょう」

「駅弁みたいに売り歩くのも楽しそうだ」


 演劇をやりたかったクラスメイトも気持ちを切り替えて、模擬店に意欲を見せる。

 やる気が削がれたと意欲がなくなることにならずにすんで、じっと見守っていた大助としてはほっとしていた。


「将義は発電機の件で連絡を頼む」

「あいよー。今日中に聞いておく」

「皆も焼きおにぎりに関してのレシピを探るなど、事前にやれることで動いてくれると助かる」


 了承の返事が上がり、仁雄は教壇から自分の席へと戻る。

 大助が教壇に立ち、連絡事項を伝えて解散になった。

 これまで食べた焼きおにぎりの話や焼きおにぎり屋の屋号を考える声が聞こえてきたり、甘々演劇のプロットについて話し合う声も聞こえてくる。


「祭りはやっぱり盛り上がらないとな」


 楽しそうなクラスメイトの様子を見て、仁雄も楽しげな表情だ。力人も頷き言う。


「さっきも言ったけどこのクラスなら、文化祭も楽しいだろうな」

「だな。どいつもこいつも興味なしって顔じゃねえ」


 仲の良い者で集まって、文化祭について話し合っていて、本番を楽しもうという雰囲気で満ちている。

 この雰囲気のままいけば、そうそう失敗しないだろうと将義たちは思えた。

 次の日から早速焼きおにぎりのレシピに関して放課後に話し合いが行われ、家で作って食べてみた感想などが報告される。


 生徒会から許可が下りて、焼きおにぎりの種類などが決まり順調にいっていると思っていた将義はある日、悪魔の気配を学校から感じ取った。隠れているようで琴莉は気づいていないが、たしかに気配はある。

 文化祭も近づいていて、なにかしらのハプニングは勘弁だと将義は悪魔を追い出すことにして、授業中に居場所を探る。

 教科書を眺めながら、反応のある場所に視点を飛ばす。いる場所は図書室だ。この学校の図書室は二階建てで、ワンフロアが教室五つ分の広さがある。一階は娯楽などの通常の本を置いて、二階は貴重な本や学術本がある。事務室も二階にある。

 静かな図書室の一階隅に、姿を消して気配も殺してじっとしている悪魔がいる。琴莉のことを察知していて隠れているらしい。

 放課後にでもぶらっと行って脅すなりしてしまおうと監視だけして放置する。

 午後の授業が終わり、文化祭について話し合いをしている最中、悪魔に動きがある。一人の男子生徒が図書館に入り、悪魔のいる場所へと一直線に向かっているのだ。男子生徒は上履きの色から一年生だとわかる。その表情は暗く、感情を押し込めているように思えた。

 男子生徒が出向くと悪魔が姿を現し、二人はなにごとか話し合う。


(悪魔にまったく驚いていないな。同類というわけじゃない。感じられる力は霊力だし完全に気配が人間だ。従えているわけでもないと、霊力が人並。もう少し詳しく)


 監視を強化すると男子生徒と悪魔の繋がりが見える。幸次とハルターンと間にあったものと同じ。なんらかの契約をしているということだ。


(契約だけならなんともないんだけど、学校に潜んでいるのが気になる。なにかを学校でやらかすつもり?)


 トイレだと言って教室を出た将義は分身を教室に帰して、本体は男の遠山バージョンに変装し隠蔽で隠れて図書室に向かう。

 そのまま悟られないまま図書室に入り、悪魔と男子生徒の記憶を探る。


(……なるほどなぁ。こいつも感情にひかれて近寄ってきたのか)


 山岸という名の男子生徒の事情とレノームという名の悪魔がここにいる事情を理解し、事務室を除いた図書室を結界で包む。悪魔が分霊の可能性も考えて、本体のとリンクが切れるようにしてある結界だ。

 静けさが増して窮屈さが生じ、突然結界が張られたことにレノームが驚き、そんな反応を見せたレノームに山岸が驚く。

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