第76話 突然起こるからアクシデント 4
将義たちがトランプをしているうちに、二時間ほど離れたキャンプ場に到着する。
周囲に建造物はほぼなく、木々も少ない、高所にある広場だ。将義たちと同じように天体観測目当ての客が多く、子供たちの遊ぶ声があちこちから聞こえてくる。大人たちはテントを準備してのんびりと会話を楽しんでいた。
開いているスペースにキャンピングカーを停めて、将義たちは下りる。
「広々としてるんだけど、人が多くてそう広さを感じないっていうね」
周囲を見渡して未子が言う。
「夏の浜辺の密集具合よりはましだろうさ」
「あそこまで密集していたら帰ることも検討していたわ」
将義の言葉でそうなっていた場合を想像しげんなりとした表情を未子は浮かべる。
紀香も出てきて、テーブルなどを並べ始め、それを皆で手伝う。
そうしていると将義のスマートフォンが鳴る。仁雄から今どこにいるかという確認だった。
『こっちは今着いてテーブルとか並べ終えたところだ。そっちはどうだ?』
『こっちもさっき着いてテントをはろうとしているところだな。場所はキャンプ場の西だ。緑の大きなテントだ、こっちに来るならそれを目印にしてくれ。そっちはキャンピングカーなんだよな?』
『キャンプ場の南辺りに陣取ってる』
互いの位置情報を交換し、スマートフォンを切る。
未子はフリスビーを持ち出して、灯とフィソスを誘い遊び始める。紀香はキャンプ場に到着した連絡を入れた後、夕食用の食材の再確認や望遠鏡の確認を始めた。幸次は紀香から渡されたビールとつまみを持って椅子に座りゆったりとしている。はしゃぐ灯を幸せそうに見ながら飲むビールが美味しそうだ。
「あ、九ヶ峰さん連絡終わった? じゃあ一緒に遊ぼうよ」
未子が誘い、フィソスと灯も遊びたいと視線で訴えてくる。
はいはいと答えながら三人に加わる。一時間ほど遊んで、休憩したあとは散歩に出る。幸次も誘うかと思ったが、気持ちよさげに昼寝していたのでそのまま寝かせる。
まずは仁雄たちに会いに行ってみようとそちらへのんびり歩いていく。
気配を探れば簡単に見つけられた。仁雄と陽子と双子がテントの近くで柔らかいボールを使って遊んでいる。
声をかけて小さい子たちで遊ばせて、陽子は未子に久しぶりと話しかけ、将義と仁雄も挨拶をかわす。
「あの子、灯ちゃんっていったか、ちゃんと歩けるようになったんだな」
「八月が終わるころには問題なく動けるようになって、友達と遊びまわっていたらしいよ。そのまま友達中心の生活になると思ったら、唐谷さんと連絡を取り合ってて、いまだこうして会うっていうね」
「ん? あまり会うことを歓迎していない?」
「そうじゃないけど、なんていうか兄弟なら年齢の差があっても遊ぶけど、年齢差のある他人とこうして一緒に行動するのが少し違和感? 自分があの年齢の頃は同年代か少し年上とばかり遊んでたし」
「それだけ懐かれてるってだけだろ。喜んどけばいいさ」
「そんなものかね」
灯を見ていると、視線が合い、笑顔を向けられた。将義は手を振る。
「あんなふうに笑顔を向けてくれるなら、駄目な感じの付き合いじゃなかったってことだな。将義が違和感を感じても、向こうは楽しんでいるんだし、このままでいいと思うぞ」
言いながら仁雄は笑顔でぽんぽんと将義の肩を叩く。
そのまま将義たちも遊びに加わり、日が傾き始めて別れる。
キャンピングカーに戻ると、幸次は起きていて灯からなにをしてきたのか話しかけられ頷いている。
「お嬢様、夕食の準備をしますので」
「あ、うん」
手伝うと言っていた未子を紀香が声をかける。
「九ヶ峰さんたちは飯盒の方をお願い」
「あいよ」
幸次にキャンプ経験があり、飯盒での炊飯ができるということだったので、米は飯盒で炊くことになった。
火の準備は起きた幸次が整えていて、飯盒に無洗米を入れて網の上に置くだけとなっていた。
幸次の指示に従って、灯と将義とフィソスが飯盒に無洗米を入れたあと水を入れる。
「パパ、これくらい?」
「ああ、それで大丈夫だ。ここからしばらく水に浸しておくといいんだけど、九ヶ峰君がやってくれるからそんなに待なくていい」
視線を向けられた将義は頷いて、飯盒の時間を加速させる。三十分以上経過させた状態になったら魔法を切る。
「ありがとう。あとは網に載せて火の調整とかに注意していけばいい」
四人で火を気にしながら、椅子に座る。
しばらくすると吹きこぼれしてきたので重しを載せて、火力調整し、かすかに焦げる匂いがして幸次が飯盒を火から下ろす。
「あとは逆さにして蒸らす。カレーが出来上がる頃には蒸らしも終えてるだろう」
飯盒でのご飯は初めてだと灯が興味津々な様子を見て、幸次は灯の頭を撫でる。
周囲でもカレーやバーベキューや鉄板焼きの準備が整っており、気の早い者が酔った様子を見せている。にぎやかであり平穏な光景の中、誰もが日が落ちるのを待っている。
未子がシーフードカレーの匂いをまとわせてキャンピングカーから顔を出す。
「カレーできたよ。九ヶ峰さんスープお願い」
未子に呼ばれて将義はキャンピングカーに入り、人数分のコンソメスープをマグカップに注いでいく。
紀香はカレーを入れた鍋と紙の深皿を持って外に出て、未子はスープの入ったマグカップをトレイに載せていく。
将義と未子が外に出ると、幸次がご飯を紙皿に盛っていき、それに紀香がカレーを注ぐ。フィソスと灯には甘口が用意されていた。
いただきますと手を合わせて、皆がカレーを口に運ぶ。とたんにエビの濃厚な風味が口に広がる。エビの頭と殻から丁寧にだしをとったことで、ここまで濃厚であり生臭さのない風味が味わえた。カレーに魚介類が入っているだけではない、しっかりとしたシーフードカレーを食べているという実感があり、スプーンが止まらない。
食べ終わった後に自然と美味かったという感想が漏れて、皆頷く。
紀香が飯盒などを片付けている間に、未子はレンタルした天体望遠鏡を説明書に従って設置する。日はとうに暮れて、空を見上げている者が多い。
片付けを終えた紀香は必要最低限の明かりを残して消す。周囲も七時半を過ぎると、明かりを小さくして天体観測をしている人たちが見やすいように配慮する。
「九ヶ峰さんも見たら?」
大内親子が望遠鏡を覗いていて、未子は将義の隣に来て言う。
「まだいいよ。ちょっと気になるものがあるし」
そう答えた将義に未子は首を傾げる。気になると言うがフィソスを載せて椅子に座っているだけなのだ。フィソスは頭を撫でられて、気持ち良さげに目を細めている。
「なにが気になってるの?」
「働いたことがそろそろ結果がでるんだ。まあ、すぐにわかる。五分もかからないはず」
気になるがもう少しでわかるということで未子はそれ以上聞かず、星座早見盤で星座の確認をしていく。
会話から三分経過して、将義は立ち上がる。
「そろそろ空を見てたら、驚くもの見られるかもよ」
「驚くもの?」
さっきの会話の件だろうと未子が空を見上げて、灯たちもつられるように空を見る。
よく晴れた夜空にいくつもの星が瞬き、その中で接近中の彗星が一番強く輝いている。
なにも起こらないなと思っていると、彗星が一際強く輝いて、そのあとなにもなかったかのように彗星自体が消えた。
見ていたのは未子たちだけではなく、ほかの者も消えた彗星にざわついている。
「え? 彗星は?」
「砕いた。これにて依頼は終了だ」
ほっとした様子で将義が椅子に座り、フィソスがまた太腿に乗る。
どういうことだろうかと未子以外にも幸次たちが疑問顔で将義を見る。
「あの彗星は放置していたら地球に衝突していたんだってさ」
「は? 待って待って待って」
聞いたことが受け入れられず困惑した表情で未子は考え込む。
かわりに青ざめた表情で幸次が口を開いた。
「衝突を知らせてきたのは誰だい」
「神。どうにかしてくれと神から依頼が来たのが数日前。対策を練って、今日の夜明け前に彗星に特殊な弾丸を発射して、命中したのがさっきになる」
「そういった対策は星の子という存在がすると聞いたのだが」
「星の子は灯ちゃんより一つ下。対処しようとすれば命をかけてやったんだと。でもそんな小さい子の命を散らせるのは忍びない、俺という星の子以外に対処できる存在がいるから、そっちに依頼しようという流れだよ」
「子供か」
灯と年齢が近いということに幸次は、命を散らせたくないということに同意する思いを抱く。
「ニュースで彗星がどうなったかとか騒ぐかもね。それに関してもしかしたら衝突コースだったことも公表されるかもしれない」
「神や能力者といった存在は隠されるから、核兵器でどうにかしたと公表されるだろうね」
幸次の予想に将義は頷く。自身が動いたとばれなければ、偽の公表でも気にしない。
「知らない間に滅亡の危機だったとか知らないままでいたかった。心臓に悪いよ」
未子が顔をおおってしゃがみ込んだ。
「なんともなかったことを喜ぼうじゃないか」
「……そうですね」
ぽんと幸次に肩を叩かれて、未子は立ち上がる。
「ほらっ九ヶ峰さんも立って天体観測を楽しもう!」
テンションを上げた未子がほらほらと将義の手を取って引っ張る。ひっぱられた将義はフィソスを抱えて立つ。
海上での待機時間で星空は満喫したが、皆と見るのもまた一興だろうとテンションを上げた未子に付き合う。
未子が星に関連した話をしながらの天体観測だったため、将義だけではなく灯たちも楽しむことができ、灯が眠くなる十時前まで天体観測は続いた。
十時になると大内親子は眠り、将義たちは椅子に座ってホットミルクを飲みながら夜空を楽しんだ。
そこから離れたところで、仁雄と陽子が二人で星を見上げていた。双子が両親と眠り、まだ眠くない二人がテントから離れていた。
誘ったのは陽子で、緊張した様子だったので仁雄はもしかしてと同じように緊張しつつも期待もあった。
人の少ないところでシートを敷いて座る。白湯を紙コップに注いで、包むように両手で持ち、肩が触れるか触れないかの位置で空を見上げる。
しばし無言で見ていたが、陽子が意を決したように口を開く。潤んだ瞳で見つめられ、仁雄はこくりと喉を鳴らす。
陽子の口が動き、想いを伝える。自身の耳にしっかりと届いたそれに、仁雄はなにか言わなくてはと思い、同意の言葉を返して陽子を抱きしめた。
翌日、上機嫌でフライパンでピザを焼く陽子と手伝う仁雄を見て、仁雄の両親はなにかを察したように息子を見る。今ここでなにか言うのは野暮かと、帰ってからの楽しみにして見守っていた。
◇
「は?」
誰かがそれだけを漏らし、困惑を露わにする。そこにいる者たちは全員同じ気持ちだろう。動きを止めてモニターを眺めていた。
ここは天文学研究所、皆が皆迫る彗星を観測し、少しでも対策の手助けとなるデータを求めていた。
モニターに映る宇宙には彗星の影も形もなく、星々が映し出されているだけだ。地球に迫る彗星はなくなり、別の映像が映っているのではないかと誰かが呟く。
「急いで確認しろ! 別の場所を見ている暇などないぞ!」
研究員たちがパソコンを操り、彗星の位置情報を再入力し、計測機器を動かす。
彗星の座標情報を正確に入力し、その周辺にも目を向けたがやはり彗星はない。
「なんてことだ……爆発してなくなったのか?」
「核兵器が命中したのでしょうか」
「そういった話があったのはたしかだが、ああも粉々にはならんだろう。核兵器で砕くだけと聞いていたぞ俺は」
「私もよ。学者が計算した結果、そうなる予定と聞いた。粉々にするならそういうだろうしね」
「なにが起こったのか、記録を巻き戻したらわかるかもしれない。誰かやってくれ」
了解と返事があり、パソコンが操作され、大きなモニターに爆発一分前の映像が映る。
皆、息をのんでそれを真剣に眺める。わずかな変化も見逃すまいと見ている一同は突如爆発する彗星を再び見ることになる。
「誰か異変を捉えた者はいるか?」
その声に返事はでない。
「各自解析してみてくれ」
『はいっ』
返事を聞いて、頼んだ本人もパソコンを操作していく。彗星の映像をできるだけ拡大し、スロー再生し、可視光線の変化など様々なデータを求めていく。
そうして二時間ほどで、一度解析を報告し合おうとブリーフィングを始める。
「一応仮説を立ててみた。根拠がないから本当に一応の代物でしかないがね。あの彗星はなにかが衝突してコースを変えたのではという説があった」
それに研究員たちは頷く。どうしてそうなったのかよりも、どう対処するかが大事で、本当にそうなのかなど後回しにしていた説だ。
「そのときの衝撃であの彗星はもろくなっていたのではないか。そして地球に到達する前に内部圧力で自己崩壊させた。もしくはさらになにか衝突して崩壊の引き金となった。こんな空想をしてみた」
「自己崩壊する彗星の話はあるわね。あれみたいに急激じゃないけど」
「内部圧力がどうとかはわからないけど、なにかが衝突した可能性はある」
見てくれとモニターに爆発前の彗星の姿が映る。スローで動かし爆発の様子が流れる。そしてまた巻き戻して映像を流す。
「ここだ」
見てくれと教鞭でモニターに映る彗星の前方を示す。
「わかったか? なにか衝突したようなすごく小さな爆発がある」
「もう一度流してくれ」
三度ほど繰り返しスロー再生されて、研究員たちはそれらしきものを認識する。
「浮かんでいた岩石が当たったのか?」
「少なくとも核兵器らしき熱源反応ではないかと」
「……偶然進路上にあったなにかにぶつかった、か。未知の物質と彗星を構成する物質が反応し爆発を起こした可能性も?」
これこそ空想だと研究員は笑う。
さらなる情報を求めて研究員たちは動く。その表情は困惑気味ではあるものの、絶望や悲観などなく助かったのだという希望を感じさせるものだった。
ところかわって国の上層部。
彼らには星の子が動くと知らされていて、彗星消失の報を受けても大きな動揺はなかった。
指導者の執務室に、指導者とその側近がいる。指導者は受話器を置いて、背もたれに体重を預ける。
「終わったか」
ほうっと安堵の溜息を指導者が漏らし、周囲も同じ雰囲気で頷く。
「大丈夫だとは聞いていたが、事情を知らされていない現場は気が気ではなかっただろうな」
「でしょうね。報告してきた冷静で知られる大佐も安堵を隠しきれていませんでした」
「映画のような危機でどこも大慌てだった。生きているうちにこのような事態に遭遇するとは思ってもいなかったよ」
「それはどこの上層部も同じ気持ちでしょうね。今頃は祝杯の準備を行っているところがいくつもありそうです」
「われらも祝杯と行くか」
棚に置かれている酒とグラスを側近が取り、皆に配る。
少しずつ注がれた酒の香りを楽しみ、全員に行き渡るとグラスを掲げる。
「滅亡の危機回避に乾杯」
側近が乾杯と返し、グラスが傾けられる。口に流れ込んだ液体が舌を刺激し、喉を熱くする、それが今はことのほか美味だった。
生涯忘れないであろう味の名残を楽しんでいる指導者に、側近が声をかける。
「さて今回の騒動、国民に公表しますか?」
「する。必ずどこからか情報は洩れるだろう。ならば国民が納得しやすい形に整えて、さっさと公表してしまおう」
「星の子の存在は隠しますか」
「明かしたところで信じる者などいまいよ。核兵器でどうにかしたという方が聞く方も受け入れやすいと思うね。世界は今そうなっている。それに一個人がそれをできると知って、大衆が向けるのは恐怖でしかないだろう。もしかしたらそれが自分たちに向くかもしれない。その前に排除を。そう主張する者は必ず現れる。此度の報酬としてそれはあまりにひどい」
「そうですね。本当に自分たちに向けられる事態にもなりかねません」
「それを避けるためにも、事実は隠しておいた方がいい。これ以上の無駄な混乱は勘弁願うよ」
「ええ、本当に」
多くの国は同じ考えで動く。中にはその力を自国にと考える者もいたが、母神により阻まれる。
星の子が日本にいることを危険視する意見もあったが、日本政府から自由に扱える存在ではないと正式な手続きにのっとった書類での返答があった。今後日本政府が星の子が利用しようとすれば、この書類をもとに罰せられる。これを証拠として各国は一応の信を置いた。
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