第75話 突然起こるからアクシデント 3

「私の名で国の上層部には、解決した者は表にでることを望んでいないと通達しますよ?」


 そう言う母神へと将義は首を横に振った。


「それで大人しく従う人だけだったらいいけど、どこにだってバカはいるでしょ。そんなバカに付け狙われるのは嫌だ」

「公表することで地宏が狙われるとは思わないのですか」

「思う。でも地宏君はあんたが表立って守れるでしょ。これまでもそうしてきて、そうするだけの理由があると知られている」


 母神が将義を守ることもできるが、そうするということは将義になにかあると示すことでもある。穏やかにくらしたい将義にとってそれは都合が悪い。


「依頼をこなしたあとの面倒事を背負い込みたくない」

「……まあそうでしょうね。わかりました。すぐに地宏が動くと公表します。今回のことで星の子が動くということはどういうことか知ってもらうことにしましょう」


 今回の件を利用して、星の子という最終手段の存在、星の子がいなかった場合の被害の大きさ、星の子を守護する理由などを国の上層部に認識してもらうつもりだ。

 上手くことが運べば、地宏を守りやすくなり、地宏がバカによって死ぬようなことはなく、多くの者に守られることになる。

 母神は今後のことを考えていき、将義の報酬は悪いものではないと思えた。もちろん慎重に根回しをする必要はあるが、その苦労に見合ったリターンは期待できた。

 これを機会として地宏を便利な道具ではなく、扱いの難しい母神にしか御しきれない存在だと認識させるつもりだ。


「破壊はいつになります?」

「今はわからないとしかいえない。これから準備を整えていくし」

「時間をかけすぎるのは困りものですが、大丈夫でしょうか」

「なんともいえないけど、どうせ今すぐには準備不足でやれないし。もう少し近づいてくれないと威力不足ってことになりかねない」


 一度宇宙に漂う岩石などを撃ってどれくらいの威力であれば、それが壊れるかなど情報を集めなければならない。確実に成功させるには、そういった準備はどうしても必要だった。

 

「どれくらいの日数がかかるかなどわかったら連絡をお願いします」

「りょーかい。彗星がどこにあるのかといった情報をくれ」


 母神は記録を込めた光球を将義へとふわりと飛ばす。

 将義は受け取ったそれを胸に押し付けて、脳内に人々が集めた様々な情報が浮かぶのを確認する。


「では今日はこれで」


 すぅっと空気に溶けるように母神は姿を消す。


「主さん。結局彼女はどんな存在だったの? すごい存在っていうのは想像つくんだけど」

「母神という存在」


 この世界そのものだという説明に、マーナは驚いたあと納得した様子を見せる。話題の規模を考えると、それくらいの存在であってもおかしくはないと思えたのだ。


「とんでもない話を聞かされた。どうにかできるらしいけど、一介のサキュバスが関わる話じゃないわ」

「俺としても疲れそうだし、関わりたくはなかった」

「疲れそうってだけですませられる話じゃないのに。そう言える主さんはすごいわ」


 すごいと言いつつも、声音には呆れも含まれていた。


「さすが主様でございます」


 パゼルーから向けられる賞賛に将義はめんどくさいといった表情で溜息を吐く。

 将義は家には分身を送り、そのまま屋敷に作られた部屋で必要な物事を考えていく。


「まずは試し撃ちでの情報収集。これは彗星破壊ほどの威力は求められないだろうから、ひっそりとやれるはず。宇宙を見てよさげなものを探すか。んで、そのあとは威力計算に、誰にもみつからない日と場所の割り出し、破壊に必要なものの準備。言葉にするだけなら簡単なんだけどなぁ。いろいろなことを考えるためだけの分身を作った方がいいか?」


 とりあえずは威力計算のための情報収集だと、鍛錬空間から出て姿を消して空を飛ぶ。

 雲より高い位置で止まり、そこから視力を強化して宇宙に浮かぶそこそこの大きさの岩を探す。気象衛星などが射線に入らないように探していき、見つけた岩に向かって魔力弾を飛ばす。音速を遥かに超えて真っ直ぐに飛んでいった魔力弾はすぐに着弾することなく、十五分後に目標としていた岩の何メートルか横を通り過ぎた。

 情報収集のためには目を放すわけにはいかず、十五分ずっと突き進む魔力弾を見ていた将義はようやく目を放せると溜息を吐いた。


「ちょっと距離ってものを甘くみてたな」


 同じ威力で同じ速さの魔力弾を複数飛ばし、十五分後に結果を見届ける。今度は一つが命中し、岩石を貫いた。

 次はもっと速く、そして貫くのではなく砕く方向で、同じ岩へと魔力弾を飛ばすことにする。

 貫いた影響で遠く離れていく岩へと調整した魔力弾を飛ばす。今度は五分ほどで着弾し、岩を粉々を通り越して砂粒へと変えた。


「あれくらいの速さだと着弾はあれくらいか。威力は過剰だったな」


 得られた情報をしっかり覚えておく。

 次は宇宙に浮かぶ気象衛星などをすべて把握するため探査の魔法を使う。それらの軌道や調査範囲や調査精度を一つ一つ調べていく。それが終わると次は海上や海中にある人間の目をおおまかに調べていく。集中している間に、あっというまに時間が流れていき、夜が更けて朝が来る。さらに時間が流れて、分身が学校に行って午後の授業が終わった頃、情報収集は終わる。

 気疲れした様子で、将義は鍛錬空間に戻り、一時間半眠る。起きてすっきりとした様子の将義は演算専用に調整した分身を二つ出す。分身その一には、集めた情報を使って人の目がない隙間やその場所と日時をわりだしてもらう。その二には彗星破壊に必要な威力などのシミュレートをしてもらう。

 将義本人はもう一度空に上がり、宇宙に浮かぶ岩へと再度攻撃し威力計算への追加データを求めたり、集めた衛星などの情報に誤差がないかの再確認を行う。

 再び丸一日かけて情報収集し、集めたものを分身へと流す。分身たちは新たに得た情報も組み込んで演算を行っていく。

 将義本人は休憩だ。ここまで一つの物事に集中したのは狭間で化け物と戦ったとき以来だ。そのときは十日ほど戦い続けたので、今回はまだ楽ではある。

 十二時間ほど眠り、起きた頃には分身たちも演算を終えていた。


「痛っ」


 ベッドにあぐらで座ったまま分身を自身に戻すと、計算過程や結果が一度に脳に叩き込まれて、頭痛が生じる。

 大きな痛みが生じたあとは、そのまま続くことなく徐々に痛みが引いていき、得られた結果の確認ができた。

 脳内に実行日時と場所が浮かび、実行に必要な特殊弾丸とそれの発射方法なども浮かんだ。


「やっぱり狙いをつけては無理か」


 試し撃ちで壊した岩のときのようにその場で狙いをつけて撃つという方法では当たらず外れる可能性があり、あらかじめ魔力で彗星までの道筋を作っておき、それに特殊弾丸を載せて打ち出す方法が示されていた。

 彗星へのマーキングで数時間、発射して着弾に数時間という長丁場だが、これならば確実に当たる。


「実行日時はと……キャンプの前日というか当日か」


 太平洋のとある海上で待機、夜明け前にマーキングが終了し発射、彗星への着弾は夜に星を眺めている頃だった。


「天体観測しているときに着弾というのはタイミングがいいのかねぇ」


 そんな独り言を呟きながら、破壊に使う弾丸へと意識を移す。


「これまた豪勢な」


 弾丸一つに力の欠片を三つ使うのだ。

 形状は銃の弾丸そのものだ。しかし内部はまったく違う。力の欠片で内部が空の弾丸を作り、それをもう一つの欠片でコーティングする。そしてその尻に円柱状の欠片をくっつける。

 空の弾丸の中には魔力を込めて、着弾そして貫通、さらに彗星内部から爆破という流れになる。

 弾丸の尻につけた欠片の役割は、宇宙に出たときの推進剤だ。

 コーティングの役割は三つ。発射時の衝撃から弾丸を守ること。推進剤の衝撃から弾丸を守ること。最後に彗星衝突時の衝撃から弾丸を守ること。


「下準備に時間がかかったな。いや科学者たちの頑張りに比べると短いとは思うけど。ともかく終わった」


 それを聞いたか、屋敷の自室隅に母神が現れた。


「終わりましたか」

「終わったよ」


 将義はスケジュールなどの情報を、光球にして母神に渡す。

 受け取ったそれを吟味する母神の表情が少し歪んだ。消費される魔力量の多さに頭痛がしたのだ。しかしこれなら大きな期待ができるとも思えた。


「一度にこれだけの魔力を渡せないので、一年かけて六度くらいの分割で渡したいのですが」

「しっかりともらえるなら、それで問題ない」

「ありがとうございます。国の上層部に地宏が本格的に動くことを知らせます

「その情報からわかるようにマーキング時や発射時に余計な邪魔が入ると困るから、日時はいいけど場所までは公表しないで」

「ええ、承知していますよ。実行日は地宏に注目が集まるでしょうから、安心して行動してください」


 日が暮れたら地宏に庭から空を指差してもらうという、それらしき行動をとらせるつもりだ。


「それを信じてはいるけど、念を入れて警戒はするけどね」


 小さく苦笑した母神は消えていった。

 将義は弾丸を作り、魔力は込めずに影の倉庫へとしまう。

 下準備をすませ家にいる分身と交代しようかと思ったが、今日はもうこのままゴロゴロしたくてベッドに寝転ぶ。


 翌日に弾丸へとほんの少しの魔力を残して注いでから学校に行き、いつも通りの日々を送ってキャンプ前日になる。

 夜のうちに家を抜け出た将義は東へと飛んで、太平洋上に寝転ぶ。視線の先には輝く彗星があった。

 影の倉庫から力の欠片と口紅ほどの大きさの弾丸を取り出す。

 早速力の欠片を使って彗星へと魔力を飛ばす。細い糸のようなものがとてつもない速度で彗星へと向かっていく。

 それをぼんやりと眺めて、寝てしまわないよう気をつけながら暇な時間を過ごす。

 やがて夜明けが近づいて、飛ばした魔力が彗星に到達した感覚があった。


「よし」


 そう一言呟いて将義は右手を銃の形にして、彗星に向けた。

 左手に摘まんだ弾丸の尻を右手の人差し指の先に当てる。


「バン!」


 発射音を口に出すと、弾丸は地球の重力を振り切って宇宙へと上がっていく。

 魔法によって隠蔽されたそれは誰の目に留まることなく、暗い宇宙に飛び出し、推進剤に押されてさらに加速し彗星へと真っ直ぐに進んでいく。

 起き上がった将義は鍛錬空間経由で家に帰る。あとはもう結果を待つだけだった。


 日本はまだ夜で、将義は二度寝してスマートフォンのアラームに起こされる。

 キャンプ出発は午後からで、午前中は母親と一緒に掃除を行う。その普段通りの様子からは彗星破壊失敗など心配していないとわかる。こっそりと将義をうかがっていた母神は、それに心強さを感じていた。

 将義が動じていないのは、今回失敗してもまた挑戦できるからだ。別に今回が最後のチャンスというわけではなく、今回のことを糧に次は確実に成功できるという思いがあるので落ち着いているのだ。

 昼食を食べて、将義は身軽なまま家を出て鍛錬空間に向かう。食材やキャンプ用品は唐谷家で準備される。飲み物やデザートは鏡から出す予定だ。

 そこには少ない荷物を持った大内親子とフィソスがいた。幸次もキャンプに参加するのだ。最近忙しく、親子の時間がとれていなかったのでちょうどよい機会だと参加を決めたのだった。

 小走りで近づいて抱きついてくるフィソスの頭をなでて、挨拶してくる親子に挨拶を返し、唐谷家の庭へと空間を開く。

 庭には今回使用するキャンピングカーがあり、きらきらと目を輝かせた灯が近寄ってその周囲を回る。


「こんにちはー」


 キャンピングカーから出てきた未子が将義たちに声をかけてくる。

 それぞれが挨拶を返し、未子が母親に出発を告げるため屋敷に戻ろうとし、幸次が声をかけて止める。


「挨拶をしたいのでついていっていいだろうか」


 最近灯が夕食をごちそうになることがあり、その礼をきちんと言うためだ。

 未子と一緒に幸次が建物に入っていく。

 父親が戻ってくるまでに灯がフィソスに近寄り声をかける。キャンプが楽しみだという灯に、フィソスはこくんと頷く。そのまま灯が話しかけて、フィソスが言葉少なに返事をする。

 それを聞きながら将義は遠見の魔法で地宏の周囲を確認する。地宏は屋敷で美咲や母神とバトミントンで遊んでいた。屋敷の周囲には屋敷を観察している者たちがいた。

 しっかりと注目が集まっていることを確認して、遠視の魔法を切る。


「おまたせ、出発しよう! さあ車に入って入って」


 未子と幸次が戻ってきて、車へと促す。

 運転席そばには、スーツにパンツルックの初めて見る女がいた。初めてこの屋敷に来たときに休暇だったメイドだ。運転席近くに立ち、車に乗ってくる将義たちに頭を下げる。

 二つ置かれたソファーに全員が座ってから未子がメイドに声をかける。


「紀香さん、全員座ったから出発お願い」

「承知いたしました」


 紀香が運転席に座り、エンジンをかける。唐谷家敷地から出て、国道を走り目的地へと進む。


あとがき

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