第74話 突然起こるからアクシデント 2
「聞きたいことってそれだけ? 告白に協力するとかそういったことは大丈夫?」
将義の言葉に陽子はそこまでは求めてないと首を振る。
「誰か好きな人がいないか聞きたかっただけだよ。あ、でも好きな食べ物とか知ってれば教えてほしいです」
「たしかチーズとかトマトが好きだって言ってったっけ。マルゲリータなんか大好物らしい。嫌いなものは味が極端なものだとか。激辛とか甘すぎるものは食べようと思わないって言ってたな」
熱心に頷く陽子。帰るときに材料を買って練習しようと心に決める。
ほかに仁雄が好んでいたことを話しているうちに、仁雄から今どこだとメールが届く。
「委員会が終わったみたいだし、教室に戻ろうや」
「うん。いろいろとありがとうね」
「どういたしまして」
答えつつ、力人と違って変にややこしくなくていいことだと思う。
教室に戻ると仁雄が暇そうにしていて、戻ってきた二人に視線を向ける。
その視線に将義は身に覚えのある感情が含まれているのに気づく。それは嫉妬だ。はっきりとしたものではないため、仁雄本人も気づいているかわからないが、その類の感情を向けられなれていた将義は気づくことができた。
(向こうと同じ理由で嫉妬されたわけはないから、理由は沢渡さんと一緒にいたことだろうな。両想いと考えていいんだろか。まあこっちから口出しすることじゃないな)
関わらず見守ることにして、将義はなにも気づかないふりをして鞄を持つ。
「帰ろうぜ」
「おうさ。沢渡となにか話していたのか?」
その仁雄の言葉に陽子は反応を見せる。
「いや、暇潰しに校内散歩してすぐそこで一緒になっただけだぞ」
「ああ、そうなのか」
仁雄と陽子の二人からほっとしたような雰囲気が放たれる。仁雄は無意識だろう。放置しといても上手くくっつくだろうと将義は改めて思い、微笑ましそうな視線を向けた。
三人並んで教室を出て、学校の敷地から出る。将義はそれとなく仁雄と陽子が話しやすいようにして、仁雄の隣を歩く。
二人と別れて家に帰り、夕食の準備を始めていた織江に恋愛相談を受けたと話すと楽しそうな雰囲気をまとって詳しく聞かれ、思ったことをそのまま話していく。
「両想いかもしれないのねー」
「たぶんね。仁雄の方はそういった素振りがなかったし勘違いの可能性もある」
「上手くいってほしいわ。それはそうと沢渡って子が屋上で恥ずかしそうにしてたとき、将義も緊張しなかった? その流れだと将義に告白とか勘違いしそうだけど」
「特になんとも思わなかったよ。普段の様子から俺にそういった好意は向けられてないとわかってたから」
「あら、そうなの」
あっけらかんと答えた息子に拍子抜けする織江。
陽子から友情の類は感じていたが、熱のこもった視線といったものはなかった。よく好意のこもった視線を向けてくるフィソスという比較対象がいるので、勘違いはなかった。
「あなたにはそういった相手はいないの?」
「好意を向けてくる相手ってならいるよ」
「え、どういった子? 可愛い?」
好奇心を隠さずに聞く織江。
「助けたときに懐かれた小学生くらいの子。可愛いんじゃないかな」
フィソスの年齢はそれくらいだろうと答える。
「小学生かぁ。ちょっと期待していたのと違うわ」
がっくりと肩を落とす。好意もあるだろうが、憧れが強そうだなと思う。
フィソスの好意が番になりたいという、ガチのものだと知れば織江の感想はまったく違ったものになるのだろう。
仁雄と陽子の進展があれば聞かせてと頼まれ、将義は頷く。
「あ、そうだ。今度の連休、天体観測のキャンプに誘われたんだけど行っていい?」
「いいけど、危ないことをしちゃ駄目よ」
「うん、わかってる」
夕食ができるまでの間、宿題などをすませようと部屋に戻る。
夕食後にのんびりと復習をしていると、未子からテレパシーが届く。将義は分身を残すと鍛錬空間に向かう。
東屋のように作られた場所を、マーナの使った術の明かりが照らしている。そこにマーナと未子と灯がいる。
灯は加賀が来ない日はほぼ毎日、日が暮れて一時間ほどこちらに来ていた。幸次も家に一人留守番するより安全だと推奨している。
「あ、来た来た。マーナさんが伝言預かってるって」
「山神様から早く顔出せと伝言預かってるわよ」
夏休みに会いに行って一度も顔を出しておらず、山神から催促がきたのだ。
山神も将義が学校に通っているとは聞いているので、頻繁にくることは無理だとわかっているが、こうも時間があくとせっつきたくなるのだ。
「酒は渡してあるから、それで誤魔化せてると思ったんだけどな」
「お酒も楽しみでしょうけど、主さんに会うのも楽しみにしてるみたいだからね」
「今度行ってくる。こっちからも提案。天体観測キャンプに行く? 友達が行くらしくて、そこと同じ場所に行って天体観測しようかと思ったんだが」
いいねと最初に未子が関心を示す。次の楽しそうなイベントはハロウィンと思っていたところに、予想外のイベントが生じて楽しげだ。
灯も興味があると表情に表れている。
マーナは首を横に振る。
「私はいいわ。星を見ても逃亡中のことを思い出すだけだし。月明かりのせいで逃げ隠れに苦労したことを思い出すだろうし、楽しめないと思う」
「夕食だけ食べにくるか? たぶんカレーになるぞ」
「今のところは行かないってことでいいわ」
魔力は日頃から不足なく十分にもらっているので、食事は必要ない。最近は甘いものを仕事帰りに食べるくらいだ。
「灯ちゃんは父親に許可をもらわないとわからないな」
「あとできいてみる」
「駄目だったら三十分から一時間くらい向こうに滞在って感じにしてもいいかもな」
「それならだいじょうぶ」
夜に家を短時間空けるのは、今と同じようなものだ。そちらの許可は下りる。将義が近くにいるのだから確実だろう。
「父さんに頼んでキャンピングカーを準備してもらおうかな!」
テンションを上げた未子が言う。テントを使わないのは、鍛錬空間で何度も使っていて新鮮味がないのだ。
灯は聞いたことない代物に首を傾げている。
「キャンピングカーってなに?」
「おっきな車で、キッチンとかベッドとか備え付けられているんだよ」
未子はスマートフォンで画像を出そうとしたが、ここでは無理だと思い出し口で説明する。
それの手助けで、将義は魔法で小さな立体画像を出現させる。テレビで見たものを出現させていて、外装が透けて内装も見える。
灯とマーナはそれを興味深そうに見ている。
「そうそうこんな感じ。お父さんに頼むとしたらもう少し大きなサイズかなー」
当日のことを想像し笑みがこぼれる。同時に、家に帰ってすぐに星座早見盤などの準備をしようと考える。
灯が帰る時間になり、解散する。未子と灯はそれぞれの家に帰り、植えた魔界の植物の様子を見てから帰ろうと将義はマーナと一緒に屋敷に向かう。
その途中で、前方に人影が現れた。マーナは初めて見るその人物を人間ではないと思う。しかしそれ以上はわからず、新しく鍵を渡したのかと将義を見る。
この存在を感知してパゼルーが向かってきていた。
「あんたか。なにか用事?」
「力を貸してほしい。あなたでなければ対処無理なことが起きようとしています」
久しぶりとなる母神はそう言う。
「主さんでなければ無理って、相当なことが起きると思うのだけど」
「ええ、それに該当することが二ヶ月ほどで起きます。偶然が重なって気づくのが遅れました」
「起こるとしたら国一つ滅びるとかだと思うんだけど、そんな感じのことが起きるの?」
戸惑いながらマーナは母神に再度問いかけ、真剣な表情で頷きが返ってきたことで顔を引きつらせる。
封印されたとんでもないものが復活とかそういったことだろうかとマーナは想像する。母神の正体は変わらずわかっていないが、こういった情報を持ってくるということは神か悪魔の上位だろうと想像し、起きる出来事はそこらへんが関連していると思った。
「なにがどこで起きるんだ?」
「私に星が落ちてきます」
「……今話題の彗星が地球衝突コースなのか」
母神の返答から、将義は起きることを想像し答え合わせとして口に出す。それに母神は頷いた。
大きく反応したのはマーナだ。
「落ちてくるの、あれ!? それをどうにかできるの主さん!?」
彗星衝突に驚き、どうにかできるらしい将義に対しても驚く。
マーナには衝突で起きる衝撃がどれほどのものか正確なことはわからない。それでもビル一つ壊れるような威力で収まることはないと想像できる。
「とんでもないことが起ころうとしているじゃない!? 世間じゃまったく話題になってないわよ!」
「パニックになるのがわかりきってますからね。国の上層部で情報が止められています」
「国はどう動いている」
「核兵器でどうにかというのが方針ですが、成功率はそう高くありません。映画のように上手くいけばいいのですが、一度失敗すれば二度目は間に合わないでしょう。それに期待するより将義に頼んだ方が確実です」
「こういうときのため地宏君がいるんじゃないのか?」
これまでどおりの対処法を示され母神が顔を少し歪めた。
「たしかにあの子でも大丈夫です。命懸けになりますけどね」
将義の表情も難しげなものになった。面倒だとは思うが、あのような小さな子の命を散らすことがわかって、押し付ける気はない。地宏との面識がなければ動かなかったが、短時間だが一緒に過ごし、好感も得ている。
「命懸けか、それは頼りにできないな。来年の小学校を楽しみにしているだろうし」
「ええ、命じれば躊躇うことなく行くでしょう。それが使命だとあの子の中に刻まれていますから。確実に成功させるため命を惜しまずやり遂げます」
将義は小さく溜息を吐いて、母神を真っ直ぐに見る。
「あの子にやらせるのはどうかと思うし引き受けるよ」
「あなたの甘さにつけこむような感じになってしまいましたが、そう言っていただけて感謝します」
「本当に主さんがどうにかできるの?」
マーナの質問に母神はしっかりと頷いた。
「確実にできるわ」
「どんだけ強いのよ、主さん」
呆れた視線でマーナが将義を見る。自身の想像を超える力に怖がるよりも先に呆れが生じた。消えた記憶が影響しているのかもしれない。畏怖されることを嫌がっていると。
マーナに応えず、将義は考え込む様子を見せていて、三分ほど黙ってから口を開く。
どうすれば今回の件を穏便に解決できるか考えていたのだ。
考えている間にパゼルーは到着していたが、なにか言うことなく将義の背後に静かに控える。
最初に思いついたのは狭間に送り込むこと。これが一番楽だ。観測している者たちは破片なども残らない突然の消失に騒ぐだろうが、将義のことがばれない方法だ。しかし却下する。狭間に送り込むということは、あそこを荒らすということ。いずれ移り住む場所を荒らすのは気が進まなかったし、彗星をぶちこんでどんなことが起こるかわからなかった。いまだ眠る未知の道具がおかしな反応をしないとは言い切れないのだ。
二番目に思いついたのは、怒ったときのように世界中の記憶を消すこと。これはいいのではと思ったが、考えていくうちに彗星破壊の記憶を消すだけでは足りないと気づく。彗星関連の記録は、もっと以前からある。それも含めて消して衝突する彗星などなかったとしなければ、情報を組み合わせて将義までたどり着く人物が出てくるかもしれない。ほぼないとは思うが念を入れておく。そうすると作業は以前の比ではない。消す記録の見落としや、消したことでの違和感をなくす作業は少し考えただけでめんどくさいことこの上ない。
最後に思いついたのは、やったことを押し付けること。地宏が大変になるかもしれないが、そこは母神がどうにかするだろうと、これでいくことにした。
「報酬を二つもらいたい」
「どんなものでも用意しましょう。今回の件はそれに値します」
「一つは使った力の補填。さすがに使う力が大きいから、これまでみたいに無償でとはいえない」
ざっと予定を立ててみても準備で倉庫にしまってある力の欠片をいくつも使うのだ。
「そうでしょうね。わかりました。力の結晶を解決後に渡します」
「次に彗星を破壊したのは地宏君だと公表すること」
「……それはしなければ駄目ですか?」
少し困ったように言う母神。
マーナはどうして将義がそれを報酬として求めるのかわからず尋ねる。
「彗星破壊なんて派手なことをやれば、やった存在を探そうとするだろ。俺がやったとばれないように押し付けるんだ」
どのような話が行われているのか察したパゼルーは無言で敬意を将義に向ける。
あとがき
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