第73話 突然起こるからアクシデント 1

 海上で大の字に寝転んだ将義が夜空を眺めている。周辺は凪いだ海の風景だけで、船や陸の影もない。

 よく晴れた夜空で、周囲に明かりがないため満点の星空だ。その星空の中で、煌々と大きく輝く星がある。将義の視線はそれに固定されている。

 将義がたった一人で天体観測している、というわけではない。表情は楽しげなものではないのだ。

 握った手の中には弾丸のようなものがある。なにかを待つかのように将義は空を見続ける。

 そのまま時間が流れ、東の空がうっすらと白み始めた頃、将義は弾丸を持っていない右手を銃の形にして輝く星に向けた。

 よその場所では天体ショーとして多くの者が夜空を見上げ、望遠鏡を覗いて眺めているそれは、事情を知っている者にとっては不吉なものでしかなかった。


 ◇


 それを最初に見つけたのは海外のアマチュア天文家だ。

 仕事が順調な一人暮らしで、周囲に家が少ない場所に家を建てて、趣味を満喫しているのだ。

 三十歳ほどの厚着した男が酒を飲みながら、今日も天体観測を行っている。家の明かりを消して最初は裸眼で星空を眺め、この空の果てにはなにがあるのか、新たな星の誕生、長生きした星の死、そういったものに思いを馳せていく。

 男のいるベランダにはテーブルがあり、ウィスキーと葉巻が置かれている。たまの贅沢としてとっておきのものだ。体に悪いことは重々承知だが、一ヶ月に一回くらいはいいだろうと自分へのご褒美だった。

 よく晴れた空、美味い酒と煙草、趣味を満喫できるゆったりとした時間。それらが合わさり最高の贅沢をしている気分だ。

 そのまま一時間穏やかに過ごし、男は室内に入る。次は天体観測用の部屋で、パソコンや天体望遠鏡を使っての観測だ。

 裸眼で星を見ることも好きだが、天体望遠鏡を使って身近に感じられる星もまたいいものなのだ。

 まずは天体望遠鏡を覗いて今の時期が見ごろの金星を眺めていく。


「今日も綺麗だ」


 思わず呟き、十分に眺めて別の星へと望遠鏡を動かす。

 そうして一時間近く、パソコンも使って観測を楽しんでいたとき、男が「おや?」と疑問の声を漏らす。


「あんなところに彗星があったか?」


 疑問を抱きながら、パソコンで過去のデータを調べていく。データを探るうちに男は興奮していく。自身で調べられるかぎりでは見つけた彗星の情報はない。


「新発見か!?」


 新たな星を見つけることできたかもしれないという喜びのまま、データをパソコンに打ち込んで新天体観測の窓口へと送る資料を作っていく。

 興奮していたからだろうか男は疑問を抱かなかった。見つけた彗星と地球の位置が近いことに。その位置にあるなら、もっと早く他の人が見つけていてもおかしくはないことに。


 新天体観測窓口に送られてきた新しい星の情報は職員によってすぐに確認される。

 最初は職員たちも新しい彗星だと考えていたが、情報を詳細に照らし合わせていた一人の職員が疑問の声を上げた。


「聞いてくれ。送られてきた彗星に該当する情報はないが、それまで確認されていた彗星の情報で消えてしまったものがある」

「どういうことだ? パソコンのバグで情報が消えたとかか?」

「違うんだ。少し前までそこにあった彗星が予定の軌道を通っていない。そしてそのすぐ近くで新たな軌道の彗星が発見された」

「……まさか急に軌道が変わったと?」

「その可能性を疑ってもいいんじゃないかと思う。巨大な星のそばを通ることで軌道を変える彗星は存在する」

「発見された彗星の近くに影響を与えるような星はなかったはずだが」

「あの彗星になにかぶつかったりして軌道を変えた可能性もあるんじゃないか?」

「調べてみるか」


 発見された彗星付近の画像データなどを職員たちは探っていく。

 そうしているうちに別の作業をしていた職員が悲鳴を上げた。


「どうした?」

「発見された彗星が」


 悲鳴を上げた職員は自身のパソコンを震える指で示す。

 なんだなんだと職員たちが集まり、そこに示されたデータを見て目を疑う。誰もが見間違いかと、目をこすったり、メガネを外して再度画面を見る。画面上には彗星の軌道予測情報が出ていて、まっすぐに地球を目指していた。


「情報の入れ間違いかもしれない。ほかのパソコンでも計算してみるぞ!」


 間違いだろうと職員の一人が言い、何人かが軌道予測に必要な情報を打ち込んでいく。

 そしてほとんどの職員の出した結果が彗星の地球衝突というものだった。違う結果を出した職員は慌てたことでデータ打ち込みをミスしていた。


「いやまだ完全に情報は集まり切っていない。このことを各国の上層部に報告し、情報を集めてもらうぞ。ここより良い機材がそろった場所ならギリギリ近くを通るだけといった結果を出すかもしれない」


 そうであってくれと願う職員たちは頷いて、資料を作っていく。

 その資料はすぐに自国の上層部に提出され、そこから各国の上層部に渡される。各地で発見された彗星に関しての情報収集が始まる。五日後に出た結果は、かなりの確度で衝突が起こるというものだった。

 一般人には知らされずに対策会議が開かれる。衝突予定日である十二月の約一年前から科学サイドの人間は慌ただしい日々を送りだしていた。


 ◇


 新学期が始まって、将義は日常を過ごす。九月の連休を再び突撃してきたシャイターたちと一緒に過ごすことになったりして月末になった。

 このころになると和明の話題はほとんど上がることなく、今話題となっているのは地球に接近している彗星のことだ。かなり近いところを通るということで、世間は天体に関連した情報が流行となっている。

 将義も関心を向けていて、ネットで調べる情報は星座に関連した神話や小惑星調査に出た探査機などになっている。


「おはよっす」

「おはよ」


 学校に来て教科書などを机に入れている将義に、仁雄が声をかけてくる。


「どこもかしこも星だらけだな」


 周囲から聞こえてくる話題を聞いてそう言う。将義はそれに頷いた。


「そうだな。ニュースも新聞も星に関して載ってるし、商店街を歩いても星のことだらけだった。一ヶ月前は殺人犯のことだらけだったのにな」

「あーそうだったな。でも星のことで盛り上がる方が健全だしいいことだと思うぜ」

「そりゃな。でもテレビに出てた店が星に関連した新メニューって言って、星形に切ったものを出しているのを見て、もうちょっと工夫しようやって思ったもんだ」


 インスタばえがどうとかと言っているのを見て、将義は首を傾げたのだ。


「星座に関連した材料とか使ってもいいのかもな。蟹とか羊肉とか」

「マトンカレー、シーフードカレー……そういや一時期へびつかい座ってあったらしいな。蛇肉カレーってあるんだろうか」

「あるんじゃね? 食に関してはチャレンジャーだし日本人。フグとかナマコをどうして食べようと思ったのか」

「なんでだろうなぁ」


 二人して首を傾げる。そして仁雄がふと思いついたように呟く。


「カレーはありかもだな」

「どうした。朝から夕飯の献立を考えてるのか?」


 仁雄はいや違うと手をぱたぱた振る。


「例の彗星や星を見てみたいって、双子が天体観測に行きたいって言ってな。キャンプしようかって話が出てるんだ。そのときにシーフードカレーとかいいなって」

「へー、いいんじゃないか? カレーは定番だしな。キャンプかー、俺も行くかなぁ。唐谷さんが構えって言ってきてたしタイミングはいい」

「あの子と遊んでないのか?」

「ちょくちょく会ってはいるぞ」


 毎週土曜や日曜に鍛錬空間に灯を連れてきていた。三度目でいちいち迎えに行くのは面倒だろうと、灯のペンダントに鍛錬空間への出入り機能を追加したのだ。

 灯もトラウマのせいか将義の近くが落ち着くようで、楽しげに鍛錬空間に通っていた。

 連休ではシャイターたちと鉢合わせて、現実離れした戦闘光景をショーとして見ることになった。シャイターが特に力や気配を押さえていなかったので、将義が未子と灯に認識を誤魔化す魔法を使ったので、そういった余裕ができたのだった。灯に新たなトラウマを植え付けるわけにいかなかったので、シャイターたちと灯が出会った瞬間魔法を使ったのだ。


「会っていてそれってことはよほど好かれているんだな」

「まあ、それなりに?」

「なんか嬉しそうじゃないような気がするな」


 フィソスと同じように、泣いてまで記憶を忘れたくないと言われているのだ、多少の好意はあると将義も察している。その好意がどれほどのものなのか確かめたいとは思っていない。多少好かれていて、こちらに害意がない。それさえわかっていれば十分だった。


「嬉しくないわけじゃないけど、大喜びするようなことでもないなぁ」

「ほかの奴らも言ってたが枯れてないか。もうちょっとこう、若者らしいパッションを弾けさせるとか」

「いろいろと楽しんでるだろ。それは仁雄も知ってるだろうに」

「たしかに遊んでいるときとかはそうなんだけどな。異性関連だと落ち着きすぎてるとも思う」


 マーナのような知り合いが近くにいて、平常心を保っていたことなども印象深かった。

 仁雄も思わず目が引き寄せられる魅力的な女性がそばにいて、普通に接していた将義の色欲は正常に働いているのだろうかと改めて思う。


「友達と遊ぶといった日常が楽しいから、そっちまで気が回らないだけだと思うぞ。そんなことより天体観測キャンプだが、どこに行くのか決まってるのか?」


 そんなこと扱いで将義の今後が仁雄は少し気になる。未子やフィソスが今後好意を伝えられなければ、三十歳を過ぎても独身でいそうな気がした。


「ああ、探していくつか候補をみつけてあるぞ。一緒のところに行くか?」

「場所によっては行けそうだから教えてくれ」

「なにを話しているの?」


 陽子が近づいて聞いてくる。


「仁雄たちが天体観測キャンプに行くっていうから、どこに行くのか聞いているんだ。一緒にところに行こうかと思って」

「今流行ってるものね。私も興味あるけど、キャンプは行けそうにないわ」

「俺んとこと一緒にくるか? 夏休みの間双子の世話を手伝ってくれたろ。その礼をしたいって両親が言ってたし、沢渡や将義なら両親も歓迎してくれると思う」


 その誘いに陽子は嬉しそうな表情を浮かべた。


「誘ってもらえるなら行きたいから、両親に許可をもらえるか聞いておくわ」

「俺は一緒に行くのは無理かな。俺一人だけじゃないだろうし。場所を聞いて、現地合流って感じになるだろう」


 現地に鍛錬空間経由で移動し、夜の間だけ滞在して帰る。それもありだなと将義は考えていた。

 教室に入ってきた力人もなにを話しているのかと加わってきたが、連休は香稲に会いに行くということでキャンプ参加はなしだった。

 話しているうちにホームルームの時間になって、大助が今日の予定などを話して、授業が始まる。

 一日の授業が終わり、皆帰っていく中で、仁雄は文化祭委員の会議に向かった。

 一緒に帰ろうと思っていた将義は教室に残り、その将義に陽子が話しかけてくる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」

「どうぞー」

「ここだと聞きにくいからついてきてほしい」


 なんだろうかと思いつつ将義は教室から出ていく陽子についていく。二人は屋上に繋がる階段を上がって、屋上に出る。グラウンドでは傾いてきた太陽に照らされ部活に勤しんでいる生徒たちがいて、掛け声が屋上まで届いていた。

 陽子は誰もいないことを確認し、頬を赤くして緊張した様子で胸の前で両手を握ったり視線をあらぬ方向へ向けたりする。三分ほどそうして将義から不思議そうな視線を向けられ続け、意を決したように口を開く。


「……さ、坂口君って誰か好きな人いるとか聞いてる?」

「仁雄? いや、そういった話題はなかったな。そういった素振りもないと思う」

「そっかそっか」


 嬉しさを隠せず頷く陽子を見て、将義もピンとくる。


「なるほど。夏休みとか海水浴で仁雄の近くにいると思ったら、そういうことか」

「や!? あの、えと、まあ、考えていることで間違いはないかな」


 テレテレと赤くなった頬を両手で押さえて、将義の言葉を認める。


「一学期の終わりあたりから気になってね、そうなるともうさらに意識しだしたんだ。九ヶ峰君たちと遊んで楽しそうにしているところとか、双子ちゃんの世話をしている兄としての姿とか、なにをしていてもかっこよく見えてね」


 恥ずかしそうに陽子は言う。


「きっかけとか、どういったとこが好きとか聞こうとは思ってなかったんだけど、まあごちそうさま?」

「あ、ごめんね!?」


 恥ずかしそうなのは変わらず、慌てながら謝る。

 いいよいいよと片手を振って将義は気にしていないと態度で示す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る