第79話 文化祭と裏イベント 3

 山岸は儀式が失敗したと思ったが、レノームがやってきたことで成功したらしいと考える。実際は彗星の力を少しだけ使って、それ以上使えば暴走するといったときに彗星が破壊されたのだ。ちなみに彗星の呪いは悪魔を呼ぶものではない。レノームは珍しいことをやっているなと呪いで発せられた力をたどってやってきたのだ。無視されるようにという呪いの効果は発揮されたが、効力が弱かったためいじめっ子たちが学校に来る前に効果が切れていた。

 その後はレノームと契約を結び、学校を隠れ里にしていじめっ子を取り込み、そこで殺すという計画を立てたが、将義の登場で失敗に終わり、かわりとなるものをもらう。


「我慢は限界にきていた。殺したいほど憎いのは今もかわらない。でもあいつに逆らえる力なんてない。妥協案ではあるけど、やりかえせるのはありがたくもある」


 水晶を前にしてそう思う。

 たかがいじめで殺意を抱くかと周囲の人間は思うかもしれない。それは当人以外だからそう思うのだろう。いじめの対象である者にとっては、それを決意するほどに心が傷つき疲弊している。

 担任やほかの教員に相談すればよかったのかもしれないが、中学生時代ほかの学年でいじめがあったときのことを思い出してできなかった。いじめられている生徒が勇気を出して担任に相談した。そしてその担任は教室でいじめっ子を叱った。叱られたいじめっ子は反省したふりをして、やり方を陰湿なものに変えたのだ。担任はいじめが収まったと思ったが、いじめられっ子が自殺未遂を起こして、まだ終わっていなかったと発覚した。

 それを知っていた山岸は担任に相談しても解決はしないと思っていたため、相談せず抱え込んでいた。

 周囲も助けるようなことはせず、鬱屈した思いが溜まっていき殺意を抱くまでに至った。


「思いっきり陰惨なものを創ってやるっ。二度とまともな生活ができなくなるくらいのものを」


 抱いた殺意をこれから創り上げるものに練り込み、生半可なものではなく完成度の高いものを創ろうと水晶に手を置く。

 目を閉じると学校の俯瞰図が脳裏に浮かぶ。試しに自身の教室に意識を向けると、無人の教室に視点が移動する。

 視点は自分のものと、自分を後方から見るものと、校舎全体を遠くから見るものの三つだ。

 視点を後方から見るものに切り替えると、山岸本人がそこにいるように見える。体を動かすと思ったとおりに動く。


「痛覚はあるのか?」


 右手で左腕をつねってみたが痛みはなかった。机に手を置くと、温度も感じられない。

 視点を自分のものに戻して周囲を見る。本物の学校と寸分違わない光景で、まずは明るさを変えてみる。デフォルトは昼だ。不気味さを求めて夜に変更してみると、月明かりの差し込む夜の教室になる。その夜の明るさも、月のない夜に変えることもできた。

 昼に戻して、廊下に出て、学校中を移動していく。

 内装を知らない校長室などにも入ってみて、不自然な部分がないかと確かめる。今こうして見えているものは自分の記憶をもとにしたものではないかと思ったのだ。しかし入ったことのない校長室や食堂の調理場もしっかりと再現されていた。


「次はここにあるものが使えるのかどうか」


 調理場にしまわれている包丁を取り出し、近くの台を軽く叩いてみる。金属音が鳴る。投げると床に落ちて跳ねて壁に当たり止まる。それを元の位置に戻すよう設定し、次は食堂に出て、椅子を持つ。そのまま窓に近寄って投げつける。ガシャンと音を立てて、現実と同じように割れた。


「現実と同じように使えるし、壊れると」


 言いながら、割れたガラスと外に転がる椅子を元に戻す。


「調理はできるのかな」


 調理場に戻り、フライパンをコンロに置いて油を入れて、火をつける。冷蔵庫から卵を取り出して、目玉焼きを作る。

 卵が焼ける音も匂いも現実と同じだった。できあがった目玉焼きを食べると味覚も同じ。


「とりあえず食材は消すか、傷んだものを置いて不味くしとこうか」


 まともな食材を置いていては、怖がらせ弱らせても食事をとることで精神状態が回復されるかもしれない。

 そう考えていやと首を振る。


「最初はまともで、あとで傷んだ食材しかない方が精神的ダメージは大きいか?」


 いやいや空腹のまま動かす方が辛いかなどと思っていると、山岸は母親の声を聞く。

 意識を水晶の中から現実に戻すと、部屋の入り口で母親が山岸を呼んでいた。水晶を怪しんでいる様子はない。そういった魔法がかけられているのだ。


「寝ていたの? ご飯できたから呼びにきたんだけど」

「ちょっとうとうとしてた」


 時計を確認して、ふと疑問を抱く。校舎内でうろうろしていたわりには時間が経過していない。

 そんなものなんだろうと思うことにして、母親と一緒に食卓に向かう。

 食卓にはオムライスといった山岸の好きなものが並ぶ。美味しそうだと思う山岸に母親は安心したような表情を向けた。


「少し眠ったおかげか顔色が良くなったわね。安心した」

「本当?」


 顔色が良くなったとしたら水晶のおかげだろう。ストレスなどを叩きつける場所が与えられ、やる気に満ちている。その高揚した気持ちが表情にも表れていた。

 今はそれは忘れることにする。暗い考えで、美味しい料理を食べたくない。せっかく母親が腕を振るってくれたのだから、感謝して食べたい。


「美味しいよ」

「そう? どんどん食べてね」


 夕食が終わり、片付けを手伝って、部屋に戻る。

 宿題をさっさとすませて、水晶を持ってベッドに座る。本を読んでいるように見せかけて、作業に戻る。

 デフォルトの俯瞰状態から教室に視点を移動して、非日常の設定を試す。


「ポルターガイスト」


 雑に設定を決めて、決定すると。教室内の机や椅子などが浮かんで、ばらばらに動く。教室内を叩くような音も聞こえてくる。

 明るさを変更し月明かりの夜の状態で、その光景を眺める。


「驚くだろうけど、すごく怖いわけじゃないな。どう工夫していくか。いくつかぶつかるようにすれば……」


 教室を一週する人形を設置して、それに机などがぶつかるように設定する。


「ぶつかってきたら驚き逃げるはず。そのときに小さくとも怪我をさせれば痛みで夢じゃないってわかるかな。隅で怯える可能性もあるから、追い出すように体に当たる以外にも周辺にぶつかるように」


 いじめっ子たちの動きを予想して、ポルターガイストの設定を決めていく。

 一通り決めてみて、人形の動きも決めてスタートする。

 教室の真ん中に人形を立たせると、机などが浮いて人形にいくつかぶつかっていく。人形は浮かんだものから逃げるように教室の隅に移動する。壁や床に浮かんだものがぶつかってガシャガシャンと激しい音を立てる。

 人形が教室からでると、浮かんでいたものは床に音を立てて落ちる。


「ここはとりあえずこんな感じっと」


 廊下はどうするかと考える。たまに謎の足音、金属音を出して追い立てるのもいい。実体のない影を動かして見られている感じを演出するのもいい。


「なにに追われているのかはっきりとわかった方がいいかもしれない。幽霊とか出せるだろうか」


 数種類の幽霊が廊下に並ぶ。普通の恰好の老若男女で、表情を喜怒哀楽に変えることができる。服装を破いたり、血などで汚すこともできる。

 それらの変化を起こしてみて、しっくりこなかった。もっとインパクトがほしかった。

 並べた幽霊を重ねてみたりして、意味不明さを出してみたが逆に怖さが減った気がした。


「なにかほかに追いかける用に使えそうなものは」


 廊下に幽霊など関係なく、人型のものを並べていく。それらに細工を施していき、ひとまずこれでというものができた。

 身長百八十センチ超えの筋骨隆々なスキンヘッドの男。太りぎみの体格で、着ているものはボロのツナギ。顔全体を覆う薄汚れたピエロの仮面。手には大型の木槌。身に着けている物には血の汚れがついている。

 これに追われたら体の大きさからくる威圧感とまとう雰囲気のやばさから十分に恐怖を感じるだろう。


「オカルトホラーとスプラッタホラーが混ざって違和感が生じるかもしれないな」


 そんなことを思いつつ仮面の男を動かす。廊下を行ったり来たりさせて、木槌を引きずってわざと音を立てたりする。走らせたり、壁を壊してみたり、雄叫びを上げさせたりといろいろな行動を起こさせる。


「通常は歩きか早歩きくらいでいいか? 常に走るよりも、ゆっくりとした移動の方が恐怖感あるかもしれない。人間の気配は常に感じ取れるようにして、壁を壊して登場したり、三階から飛び降りてショートカットとかすれば、あいつら逃げるときも常に警戒して気が休まるときがないかもしれない」


 少し考えて、幽霊はお助けキャラ的な位置にしようかと思いつく。主に怖がらせるのは仮面男とポルターガイストといった演出。

 助けは仮面男の接近を知らせたり、逃走ルートを指さしたり食事のありかを指さしたりだ。知らせる方法はポルターガイストで。制御が甘く、いじめっ子たちにぶつかったりする。ポルターガイストの出した物音のせいで仮面男に位置を知らせるというミスも設定してもいいなと思う。

 もちろん本当に助けるためのキャラとして置くわけではない。意味のわからない状況で縋り付けるキャラとして希望を持たせて、のちのち裏切るのだ。信じられるものがなくなることでの精神的ダメージを狙う。


「設定としては仮面男の犠牲者で、最初はいじめっ子たちを逃がす挙動をしていたが、本当は自分たちと同じ目に合わせるように逃げにくい場所に誘導していたとか」


 幽霊の設定として、情報を刻む。

 仮面男の設定も考えていく。これまで読んだ本を参考にして、似た設定にならないよう気をつける。いじめっ子たちが読んだことのある本に似た設定になっていれば、それだけで恐怖が薄れると思ったのだ。


「学校の数ヶ所に仮面男の新聞記事を残して、どんなことをやったか知識を渡すのもありかな。同じことをされるって想像して、怖がらせることができるんじゃないか?」


 新聞をよく見て記事の書き方や構成を参考にしようと、今後やることを考えていく。

 風呂に入りなさいという母親の声で、意識を現実に戻し時計を見ると十時を過ぎていた。

 着替えなどを持って部屋を出ると、父親がテレビを見ながら晩御飯を食べていた。父親からも誕生日を祝われて、ありがとうと返して風呂に入る。

 体を洗うときも湯船につかっているときも風呂から上がっても、考えることは復讐のことだった。あの空間を作ることに夢中になっていて、その結果がいじめっ子たちに披露される日が楽しみだった。

 翌日はここ数ヶ月で初めて爽快な朝を迎えることができた。学校に行っても昨日までとかわらずいじめっ子たちに絡まれる。

 教室に入った山岸を見て、にやりと笑い近づく。


「昨日どこ行っていたんだ。さぼんなよ」

「皆が協力しているところにさぼるとか、これだから協調性のない奴は嫌なんだよ」

「そーそー、なあ皆もそう思うよなあっ」


 笑いながらクラスメイトに同意を求め、いじめっ子と仲の良いクラスメイトたちは同意し、そうでないものは巻き込まれないよう聞き流している。

 ごめんと謝り、心の中で怒りは抱いているが、文化祭ではやり返せると思うと余裕も生じていた。

 そういった思いが少し表に出たことを感じ取ったか、いじめっ子たちは気に食わなさそうにさらに言葉を重ねていた。

 放課後はいじめっ子たちに言われるまま働き、いじめっ子の分の作業も押し付けられ、日が暮れて家に帰る。

 そして怒り憎しみをぶつけるように水晶内の作業を進めていく。

 文化祭当日まで、これの繰り返しだった。


 ◇


 山岸に水晶を渡した将義は、たまに山岸の作業光景を観察しながら、文化祭の準備を楽しんでいく。

 どんどん作りこんでいく山岸が完成させるあの空間は、将義が思ったよりもクオリティの高いものになりそうだった。文化祭が終わったあとは山岸から回収して消去するつもりだったが、とっておくのもありだと思えた。未子が望むなら新たな精神鍛錬の場として使えそうだったし、シャイターなどは娯楽として楽しみそうだった。

 山岸は演出家といった方面の才能があるのかもしれないなと思いつつ、出来上がりを将義も楽しみにする。

 今日も観察を終えて、鍛錬空間に向かう。

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