第71話 新学期で新たな厄 5

 回収人員と一緒に山を下りて、車に乗った意通しは近くにある裏堂会支部へと移動する。

 任された灯は抱いたままで、裏堂会支部で待っているという幸次に渡すまでこのままのつもりだ。

 回収人員は意通しのことを疑う気持ちがある。和明を操っていたのは意通しではないかと。そんな意通しに灯を任せることに躊躇いがあったが、幸次からそのままでよいと指示があったのでそれに従っていた。

 気絶していた和明は車に運ばれる途中で起きたが、しっかりと拘束されて逃げることはできなるとわかると静かになっていた。鍛えてはあるが、拘束されてそれを振りほどけるほどの力はないのだ。

 一時間たらずで一行を乗せた車は裏堂会支部に到着する。そこには陰陽寮と警察から事情聴取のためやってきた人が応接室で待っていて、建物の前では幸次が灯の到着を今か今かとまっている。

 車から降りた意通しは、駆け寄ってきた男の視線が抱いている灯に集中していることから父親と判断し確認してから渡す。

 強く抱きしめられた灯は苦しげな吐息を漏らすが、朝まで起きないよう魔法をかけられているため、されるがままだ。

 灯を抱いてほっとしている幸次に、意通しは詫びる。


「このたびはお嬢様を巻き込み申し訳ない」

「……詳しいことは中で聞こう」


 灯の温かさを感じながら幸次は言う。詳しい事情は知らず、付喪神という意通しにどう反応を返せばいいのかわからない。

 誘う幸次に頷きを返し、意通しは一緒に応接室へと向かう。

 応接室前にいた部下に幸次は灯を医療室のベッドに寝かせるよう頼み、自身は話し合いのため意通しを伴い応接室に入る。


「お待たせした」

「顔色が良くなったな。娘さんは無事戻ってきたのか」


 五十歳を過ぎた斎藤と名乗った警察官に幸次は頷きを返す。


「部下に頼んで医療室のベッドで寝かせています。重要参考人であるこちらの人物を紹介します。連続殺人犯が所有していた刀、それの付喪神である意通しです」

「このたびは使い手が迷惑をかけた」


 意通しは注目を浴びる中、深々と頭を下げる。


「あー、俺にはその娘さんは人間にしか見えないんだが、本当に付喪神とやらなのか?」


 斎藤が尋ねる。警察で妖怪などに関わる部署に最近配置されたばかりで、まだ妖怪たちとの関わりが少なく、霊力も低いため意通しの妖力が感じ取れないのだ。

 それに幸次たち能力者は頷く。


「証拠をお見せしよう」


 意通しは、自身の本体である刀を腰から抜いて床に置く。そして姿を消す。能力者たちには、力が刀に宿ったのがわかった。実力のある鑑定士ならば霊力が少なくとも、威厳のようなものが刀に宿ったと感じ取れるだろう。すぐに刀から力が抜け出て意通しが姿を現す。


「消えて現れただけだが、多少なりとも信じる材料になっただろうか?」

「ああ、そういった存在がいるのだと信じる材料にはなった。話を聞きたいのだが、どこから聞けばいいのだろうか」


 斎藤が首を傾げ、とりあえず意通しの自己紹介からということになる。


「名前は意通し。初代使い手であるおたきが名付けた。人を守るという意思をいつまでも通せるように、と。彼女専用に打たれた刀であり、江戸以前の生まれだ。この姿もおたきと似通っている。おたきは侍の家に生まれ、高い霊力を持っていたため能力者として陰陽寮に出向き、出身地を中心に働いた。彼女の引退後はその子供に受け継がれ、現代まで継承されていた。彼女たちに霊力を注がれ大事されていたため霊刀となった」

「人を守るという意思までは受け継がれなかったのだろうか」


 沼志木と名乗った陰陽寮からきた人間が思わず聞く。失礼な質問とは本人も思ったが、意通し自身は気にしていない。


「おたきの孫まではその意思は継がれたのだが、ひ孫からおたきの考えは忘れられていった。現代では力ある刀と独自の剣術を伝える家という認識だったな」

「人化できるのならば、初代の遺志を伝えることは可能だったのでは?」


 沼志木が続けて聞く。


「こうして人の姿になれるのも言葉を伝えることができるのも、ほんの数時間前にできるようになったばかり。それまでも意思はあったが、それを伝えることはできなかった。できたのはどうにか使い手の心に影響を与えることのみだ」

「影響を与える?」


 沼志木の声に疑いの感情が混ざっていることに意通しは気付く。


「襲う相手を一般人ではなく能力者に限定させていたのだ。一般人は斬られるだけだが、能力者ならばもしかすると和明を捕えてくれるのではと思ったのだ」

「それで能力者だけが襲われていたのか。とすると支部長の娘さんも能力者なのか?」


 沼志木の視線が意通しから幸次に向けられる。


「微妙なところだ。霊力そのものを見れば、駆け出しと同じくらいはある。しかしその霊力に伸びしろはない」

「それはどういう?」

「詳しいことを話すつもりはないが、あの子は年単位で強制的な苦行状態にあった。それで少ない霊力が鍛えられ、現状の霊力をもっている。もとは一般人と同じ霊力しかなかったのだよ。これ以上鍛えられることはほぼないだろうから、能力者にする気はない」


 ほぼないと言ったのは将義ならばなにかしらの方法を知っているかもと思ったのだ。

 その説明に能力者たちは納得する。たまに能力者の親が子供の霊力を伸ばすため苦行を課すことがあるのだ。

 語る幸次の口調が硬いことから、幸次が進んで灯に苦行をやらせたのではないとわかり、詳細を聞くことはしない。


「話を事件のことに戻そう」


 斎藤が言い、皆頷く。


「能力者が狙われた理由はわかった。次はどうして人を斬ろうなんて思ったかだ」

「和明は強くなりたいと思ったのだよ」

「強くなるのに人斬りか?」


 斎藤たちは心底不思議そうだ。 

 現代の人間ならばそうだろうと意通しは思う。


「数度の鍛錬よりも、一度の実戦。そういった考え方があるだろう?」


 意通し言葉に、聞いたことがあると頷きが返ってくる。


「和明はそれを実際にやったのだ。以前から力を求める性格ではあった。だが限界を悟ったか、なにかしらの心境の変化があったか、人を実際に斬るという考えに変わっていった」

「それは能力者としての仕事で行き詰ったり、苦戦したりしたからだろうか」


 幸次が聞き、意通しは首を横に振る。


「能力者としてではないな。和明は剣術家であり、剣が第一だった。剣才があったから余計にそちらの方へ傾倒していった。生まれる時代を間違えたといえるのかもしれん。戦国の世ならば一角の人物として名を広めていただろう」

「現代では必須といえる才ではないな」


 沼志木が言い、意通しは頷く。


「演武として求められることはあるかもしれないが、実戦剣術など活用の場が少ない。能力者として使うときはあったが、和明は霊力が少ない。そちら側でも活用の場はかぎられる」

「力を求めることと鬱屈していった思いが合わさって今回の犯行に、といった感じだろうか」

「かもしれぬとしか私には言いようがないな」


 意通しも精神に干渉したとはいったが、和明が何を考えているのか理解できていたわけではない。

 意通しがやっていたことは、催眠的なものではなく大声で誘導していたようなものだ。和明が一般人に関心を向けたときは、違うそっちではないと精神を乱し、能力者が近くにいるときはそこにいると精神を刺激していた。

 精神を操ることができるなら、人斬りはさせなかった。


「本人から聞くしかないな。しかしまともに受け答えできるだろうか」


 幸次が言い、誰もが首を傾げた。


「和明はどういった刑罰を受けるだろうか。助命を願うつもりなどないが、気になるのでな」

「なんらかの被害を受けて恨みを晴らすためといった情状酌量の余地はなく、快楽のためなどという自分勝手な理由と同じ。死刑になってもおかしくはないな」

「そうか。素直に受け入れて、生き恥をさらずようなことがなければよいが」


 おたきの直系の末路としてこうなったこと、意通しは悲しそうだ。


「ああ、そうだ。私自身の扱いはどうなる? 犯罪に使われたのだから、破棄されても文句はいえない」


 どうなるのだろうかと斎藤も能力者たちに視線を向ける。法律に則して考えるならば、とりあえずは保管。裁判などで証拠品として扱われ、その後保管もしくは廃棄だろうという考えだ。しかしオカルト的にどういった扱いになるのか斎藤はわからない。こうして話し合っている相手を廃棄していいものか、わからないのだ。

 沼志木が代表して口を開く。


「廃棄はないでしょう。能力者でなくとも扱える代物は貴重ですから、使い手を探してそちらに渡すといった感じですか。譲渡か売却かまではわかりません」

「本人が望むなら封印もありだ。その場合は容易に持ち出せないよう厳重に保管されることになるだろうな」


 幸次が付け加えた。

 意通しのように意志ある器物が封印を望むことはある。使い手に深い思い入れがあり、他の者に扱われたくない場合に封印を望む。意通しのように犯罪に使われて、そのような扱いを二度とされたくないと封印を望むこともある。


「相応しい使い手がいなければ封印もありだな」

「それでいいのか?」


 封印を望む意通しに斎藤が聞く。意思ある者を閉じ込めることになる。それは辛いことだと思えたのだ。


「また暴走に付き合わされるよりましだと思うのだ。それに私自身が自覚していないだけで、暴走させる性質を持っているかもしれない。ならば封印された方が世のため人のためだろう」

「そういった性質を持っているのか。それならそうと言いそうなんだけど」

「大内さんどういうことです?」


 幸次の呟きを聞き逃さなかった沼志木が不思議そうに聞く。意通しのことをほかの誰かが知っていそうな口調と思ったのだ。

 それに幸次は少し顔を顰め、意通しに顔を向ける。


「たぶんだけど話さないように言われてるだろう?」

「ええ」


 なにを言いたいのか理解した意通しが肯定した。


「俺からの依頼で、娘の救助に向かった人がいる。回収人員が来る前に娘を助け、意通しに預けて去っていったそんな人だ。その人は危険な代物とか見抜く人で、意通しが危険なら預けたりしないだろうってことだ」

「どうして一緒にここに来なかったんですか、その人」

「引退してるんだよ。もうこっち側に関わる気がないんだ。断られるだろうと思って依頼して、運良く受けてもらえた」


 話しても問題ないことを話して、これ以上は聞くなと断りを入れる。

 

「犯人の居場所はその人から聞けたんですか?」

「ああ、そうだ」

「こちらにも紹介してほしいのですが」

「無理だ。そういったことはできないよう術をかけられているし、恩人でもあるからその術を解く気もない」


 もの言いたげな沼志木の視線を幸次は無視する。沼志木は意通しにも視線を向けたが、そちらもなにも語ることはない。聞き出そうとしても無理だなと諦める。


「動機、証拠物処理ときたわけだが、次はなにを話す?」


 諦めたと示すため沼志木は話を先に進める。

 話は各所属組織への報告やマスコミへの情報提供などに進んでいく。

 そうしているうちに聴取の準備が整ったと連絡が届き、皆で和明のいる個室へと向かう。

 和明は全身を拘束されたうえで椅子に座らされている。

 まずは本人からも動機を確認していく。和明は隠すことなく本心を語る。強さを求めたこと、人を斬って骨肉を断つ実感を得たこと、さらに斬りたいことを話した。

 強くなった実感を嬉々として話す様子からは反省の色などなく、被害者家族には聞かせられない発言となった。

 これを聞いた幸次たちは、怒りや不快感を抱くとともに疑問も抱いた。命は大事なものと教える現代教育を受けてここまで歪むのだろうかと。

 意通しに確認すると、学校には行っていたとわかる。親から虐待を受けていたわけでもないこともわかる。もとから和明がこういった性質だったという可能性もあるが、なにかしら歪む原因があった可能性も疑う。

 

「歪むといえば」


 沼志木がぽつりと呟く。彼の脳裏には陰陽寮の前総務長のことが浮かんでいた。精神誘導を受けていたと聞いていて、和明も同じように精神操作を受けているかもしれないと話す。


「もとからそこらの調査はするつもりだったが、本格的にやってみよう」


 幸次は沼志木の発言を受けて、スマートフォンで精神方面の調査が得意な人材手配の連絡を行う。

 ひとまず和明への聴取はここまでとして、和明は裏堂会支部にある留置所に運ばれていく。そこで警察官と裏堂会警備員が協力して見張りに立つ。

 解散となり、幸次は灯のところへ行こうとして斎藤に止められる。

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