第70話 新学期で新たな厄 4
「ならばその術ごと叩き斬ってみせよう。肉と骨を断つ感触を与えてくれ、悲鳴を響かせてくれ。それを糧にする」
将義の反応がないことを気にせず和明は刀を振るう。斬って斬って斬って斬って、そのすべてが意味をなさない。あまりの成果のなさに、これまで積み上げたものが全否定されるようだった。だがこれを斬れさえすれば、さらなる高みに上がれると確信を持って、気落ちすることなく刀を振るう。
どこまでも前向きに、斬るために創意工夫を重ねて、結果はでない。されど刃は止まらず、貪欲に成果を求めて振るわれる。
やがて泣き止んだ灯を抱きかかえて、将義が立ち上がる。抱えられた灯の胸には怪我はなく、パジャマも元通りになっていた。
「あんたはどうするかなぁ」
斬りかかってくることを一切気にせず、灯の頭を撫でつつ将義は和明を見る。和明も将義の言葉に反応を見せない。互いにコミュニケーションを取る気がない。
「さすがにスプラッタは小さい子には見せられないし、いつもの圧縮かねぇ」
そうするかと思っていると、和明の持つ刀が主張するように力を発する。その意思を将義は察する。
「ふーん、お前も言いたいことがあるのか」
将義は撫でるのを止めて、袈裟斬りをあっさりと二本の指で白刃取りした。そして刀に魔法を使う。
和明は刀を動かそうとするがピクリともしない。
「『隠蔽』『妖化』」
魔法を使うと刀に宿る力が抜け出て、少し離れたところにポニーテルの凛とした二十歳前後に見える女侍が現れた。刀身と同じ髪色、青の瞳。白の小袖に黒の袴。腰には和明が持っているものと同じ刀が差してある。
女侍は驚いたように自身の姿を見ている。
これにはさすがに和明も反応を見せた。
「なにをした? 刀から大事なものが抜け落ちた。これでは斬った感触が鈍る」
その発言に女侍は不快そうに顔を歪めた。
「どこまでも腐り落ちたものだ。私をそのように使うこと、おたきも私も断じて許しはしない。私自身の手で悔い改めさせよう」
すらりと抜かれた刀を見て、和明は同じものと驚くよりも前に、腕前を察して笑みが浮かんだ。
現代の剣術使いにはない風格が、和明の渇望を刺激する。
その姿、雰囲気から女侍は和明を鬼と評する。
「欲にまみれた人斬りの鬼。どうしてこうも堕ちたのか。おたきが愛刀『意通し(おきとおし)』、参る」
意通しと名乗った女侍は、刃を返して峰で打つように八相の構えをとる。悔い改めさせるといった言葉通りに、殺す気はないのだろう。
対する和明は切り結ぶことに興奮し、名乗り返すことなく、脇構えで立つ。
すぐに意通しが動き刀を振る、それを和明は避けて、攻撃を返す。意通しも回避して、両者また睨み合う。
時代劇のようにキンキンと切り結ぶことはない。できるだけ互いに受けずに避けていき、どうしても避けきれないときだけ受けている。
それらを関心なさそうに見つつ将義は、戦闘音に震えを大きくした灯を魔法で眠らせる。落ち着いて眠ることができるように、誘拐されてからの記憶も封じる。消してもよかったが、危険に対する感覚を磨くためには残しておくのもありかと思い、封じるのみですませる。
灯への対処をすませると幸次にテレパシーを送る。
『灯ちゃん確保した』
(本当か!? 無事なのか!?)
強く大きな声が将義の心に響き、少し顔を顰めた。
『胸を少し斬られたらしい。それと精神的ショックがある以外は無事だ』
(斬られたって……なんでそんなことになっているんだ?)
『さて、俺にわかるのは今世間を騒がせている殺人犯らしき男になんらかの目的でさらわれたってこと』
(あれに誘拐されていたのか!? 今そいつはどうしているんだ!)
今ここに幸次がいれば絶対殴りかかるとわかる荒々しい雰囲気が伝わってくる。
それに将義は見たままを伝える。
女侍と切り結んでいると返された幸次は、説明不足で困惑した雰囲気を発していた。
『とりあえず映像を送る』
将義は自身が見ているものを魔法で幸次に送る。
(本当に女侍だな。誰なんだあれは)
『男が持っている刀がなにか言いたそうだったから、きっかけを与えて付喪神にした。そしたら懲らしめるんだと戦いだした』
(……付喪神。たしか犯人とされる東殿和明の持っている刀は年代物だと聞いたことがある。きっかけを与えられたらそうなることもあるのか)
将義の力と条件がそろえば、それも可能だろうと納得し、送られてくる映像を戦いから灯のものへ変えてほしいと頼む。
腕の中で自身にしがみつく灯を幸次に見せる。
怖がっている以外は大怪我した様子もなく、幸次はほっと胸を撫で下ろす。
(ありがとう。君は東殿をどうするつもりだ?)
『さっさと殺してしまおうって思ってるけど。生かしておいてもなんにもならないでしょ、あれ』
(親としては異論はないし、さっさとそうしてもらいたい。だが勤め人としては気に入らないが生かしておいてもらいたい。被害者の親族たちも怒りのぶつけどころがなくなるしな)
『気絶させておくんで、そちらで回収しといてくださいな』
ここの場所を示すいくつかの俯瞰図を送る。
それで幸次はどこか把握し、すぐに指示を出す。指示を受けた警察や能力者が車に乗って現地を目指す。
『人が近づいたら灯ちゃん木に寄りかからせておくんで、こちらの保護指示もよろしく』
(保護まで見守っていてほしいんだけれども)
『それは当然。灯ちゃんの記憶を封じてあるから、誘拐されてから俺が来たことは覚えてないってことも伝えておく』
(助かる。誘拐なんて覚えておかない方がいいだろうし。精神的なショックで忘れているって、周囲の人間を誤魔化そう)
『記憶を消すこともできる。でも完全に忘れると危険に関する感覚が鈍るかもしれないと思って封じるだけにしている。どうする?』
こんな記憶ない方がいいと幸次は考えるが、危険を察知して逃げることができなくなるのだろうかと思うと、残すこともありだと思えて悩む。
(……とりあえずはこのままで、トラウマが生じたり夢に見るようなら消してもらいたい)
『あいよ。じゃあ魔法を切る』
(ありがとう。急な頼みを聞いてもらって。君じゃなければ今頃灯は死んでいたかもしれない)
感謝の言葉を聞きながら、将義はテレパシーを切る。
幸次と話している間も和明と意通しの対決は 意通し優勢で続いていた。和明のあちこちに斬り傷があるのに対し、意通しは服が少し切れているくらいだ。
多くの担い手の戦いを見てきて、和明の戦いもすべて見ている。どのような癖があるのかわかっているのだ。そうそうまともに攻撃を受けはしない。
まだ勝負が決まっていないのは、意通し自身で戦うということに慣れていないこと、和明のまだまだ終わらせたくないという粘りが理由だ。
しかし勝負はそろそろつくだろう。意通しが動くことに慣れてきたこと以外に、痛みを我慢できても流れ出た血による体調変化は我慢のしようがない。
それを理解した和明は攻勢を強める。
「おおおおおっ!」
「気合いを入れればいいというものではない」
あとがないからこそのこの勢いと意通しも察していて、慌てず丁寧にさばいていく。
そうしているうちに勢いがなくなり、意通しは和明の腹を強打して意識を奪った。まだだと言いながら崩れ落ちた和明の執念だけは意通しも感心する。
地面に落ちた刀の意通しを、付喪神の意通しが拾い鞘に納める。
「私の手で止めさせていただき、ありがとうございます。そしてその子に迷惑をかけたことお詫び申し上げる」
眠っていても強く将義に抱きついている灯に痛ましそうな視線と向けて頭を下げた。
意通しの口調が女性らしくあるのは、将義を使い手として認めているからだ。和明に対して硬い口調だったのは使い手として見放したからだ。
「どうしてこの子が狙われたのかわかる? 偶然なのか、それとも理由があったのか」
気絶中の和明が死なない程度に治癒の魔法をかけて、意通しに聞く。魔法で調べればわかることだが、回収人員が到着するまで時間がある。それまでの暇潰しと聞いたのだ。
その質問に意通しは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「私のせいですね。和明が斬りたがる相手を霊力を持った者に誘導していたのです。無論、殺すことを推奨していたわけではありません。力を持つ者ならば止めてくれると思ったのです。しかし和明の気迫に負けて、斬り殺されることに」
対象となった能力者たちも妖怪との荒事は経験あったので、戦闘には戸惑いはなかった。しかし現代の人間が真剣を持って狂気を感じさせ襲いかかってくることには意表を突かれたのだ。体勢を整えられないまま劣勢に追い込まれ殺されたのだった。
「幾人かの能力者を殺し、次の目的を子供に決めた和明を霊力持ちの子供に関心が向くよう誘導しました。そばに能力者がいることを期待して。結果は運悪く一人留守番中にさらうということになってしまいましたが」
「なるほどな」
灯にとって運が悪かったのは、呪われている間に霊力が鍛えられたことと和明が進路を東にとっていたことだろう。
ただでさえ能力者の数は少なく、そこから子供に条件を絞れば、灯にたどりつく確率は跳ね上がる。
本人に非がないことはたしかで、災難を引き寄せているようにも思えた。
(今後も続くんだろうか? それはちょっとかわいそうだ。厄避けのお守りと避難できるようにしてやった方がいいのかもしれないな)
次から次にトラブルが舞い込む生活を想像し同情する。
母を亡くし、声もなくし、足も動かなかった。そして誘拐という恐怖体験も加わった。一般人が一生に体験する不幸の大部分を幼児期に経験している。今後も不幸が起こり得る可能性を思うと、なんとかしてやりたいと思ってしまう。
「どうかされましたか?」
黙ったままの将義に意通しが声をかける。
「いや、この子に関して考えていただけだ。君らのことに巻き込まれる前も、精霊絡みで大変な目にあっていたからな」
「そうでしたか。このようなことになり、本当に申し訳ありません。今後の生活は大丈夫なのかと心配になります。刃物や人間を怖がったりしないでしょうか」
「一応誘拐されて助けるまでの記憶は封じた。だから誘拐など経験しておらず、家でいつのまにか寝ていたということになる。記憶を消してはいないから、なんらかの影響を与える可能性も考えられるが」
「問題がないことを祈るのみです」
会話が途切れ、静かな時間が生まれる。風に揺れる枝と木の葉の音、涼やかな虫の音、生活音のない空間だ。
しばし自然を感じていた意通しが口を開く。ふと疑問を抱いたのだ。
「そういえばこの姿はいつまで続くのでしょうか」
「いつまでも。あんたはいつでも付喪神になれる状態だった。俺がやったことは変化する方法をその身に刻んだだけで、無理矢理変化させたわけじゃない」
「付喪神ですか……過去にそれらを見たことはあります。しかし特にそうなりたいと思っていなかったから刀のままだったのでしょうね」
意通しの姿は初代の使い手であるおたきに瓜二つだ。違うのは髪と目の色くらいだろう。
「早くに付喪神となっていれば和明の変化を止めることができたのでしょうか」
「俺に聞かれてもね」
「そう、ですね。もしかしてを今さら言ってもどうしようもありませんね」
ほんの一年二年で変わってしまった和明がどうしてああなったのか、意通しは心の中で疑問を抱く。
以前から強さを求める傾向にはあったが、今回のような凶行に走る性質ではなかったのだ。意通しの知らないところで、なんらかのきっかけがあったはずだと考える。
再び静かになり、将義は意通しと和明に自分ではない誰かが介入したという偽りの記憶を植え付けて、回収人員を待つ。
そうして幸次が指示を出して一時間半といった頃に、人の気配を複数感じとる。山の麓から上がってきていて、将義は灯を意通しに任せて離れることを告げる。
人の気配は意通しも察知し、みつからないよう離れなければならない事情があると考え頷く。
「なんらかの事情があるのでしょう。この子のことお任せください」
灯を受け取り、しっかりと抱きかかえる。
将義は姿を消し、回収人員が警戒した様子で意通しに接するところを見る。
意通しは落ち着いた様子で、自身のこととここで起きたことを説明する。
回収人員は幸次に連絡をとって、灯のことなどを説明し、情報を照らし合わせていく。確認や和明の確保をすませた回収人員は意通しに同行を願い、山を下りていった。
将義は隠れたまま回収人員の経歴などを魔法で調べて、任せて問題なしと判断。そのまま家に帰った。
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