第66話 休み終盤の再会 6

 将義と山神が再会した翌日、山神から後口へ手紙が届けられ、それは働きにやってきたマーナへ渡された。

 早速酒の催促だろうかと思いつつマーナは手紙を広げる。


「……んー、行くとしたら早くて明日かな」

「どういった内容だったか聞いても大丈夫?」

「主さんに秘密で話したいことがあるって。無理にとは言わないけど、私の知人も一緒にまた隠れ里に来てほしいってさ」


 マーナは内容すべては語らず簡単に答える。手紙には将義の精神状態にも簡単に触れられており、それを緩和したいので力を貸してほしいとも書かれていたのだ。


「行くの?」

「どうしようか迷い中。とりあえず知人に話は伝えておくけど」


 手紙をたたんで、ショルダーバッグにしまって今日の仕事について尋ねる。

 仕事が終わって、鍛錬空間に帰り、マーナはフィソスとパゼルーにこの手紙を見せる。

 反応は芳しいものではなかった。フィソスは将義に秘密で動くことに難色を示し、パゼルーは山神を信用していないのだ。


「お前はどうするつもりだ」


 パゼルーに問われ、マーナは胸を支えるように腕を組み、小首を傾げる。


「主さん好意に疎いところがあるとは思ってたのよね。世話になってるし、そこをどうにかすることが恩返しになるかもとは思ってる。でも主さんからすれば余計なお世話かもしれないし」

「私は、手紙にあることをきっかけに主を取り込もうとしている。もしくは弱みを作り握ろうとしている。そんな可能性も考えている」

「山神様と主さんは親しそうだったわよ?」

「親しそうであっても向こうは一つの組織の長だ。自身の周囲を優先するだろう」

「そう、なのかしら」


 話している様子からそんな裏のある雰囲気は感じなかったため、マーナはあまり納得できない様子だ。


「あくまで可能性であるから、手紙に書かれていることは本心かもしれない。だがすべてを信じて動くことはやめておけ。私たちが原因で主に迷惑をかけたくないだろう?」


 パゼルーの立ち位置はどこまでも将義中心だ。将義が今の自分を良しとしているなら、それに従うまでだ。

 フィソスも似たようなものだ。まだ小難しいことはわからないため、勝手に動いて迷惑をかけないというシンプルな考えでいるだけだが。


「なるほど」

「もう一つ言っておくが、山神自身は主のことを真剣に考えていても周囲はそうではないこともある。むしろ山神が目をかけるということで、嫉妬を抱く輩もでてくるかもしれん。それらが余計な真似をすることを念頭に入れておけ」

「わかった。たしかに山神様のことだけ考えてたわ。いきなり現れた余所者が山神様に近づいたら、そりゃ穏やかならぬものがあるわよね」


 護衛の妖怪が将義に向ける感情もあまり良いものはなかったと思い出す。

 隠れ里に向かうとしたら警戒が必要だと気合いが入る。

 マーナの顔付が変わったことで、パゼルーは言いたいことが伝わったと判断しこれ以上のアドバイスを止める。


「となると灯ちゃんを連れて行くなんて論外だし、未子も危ないわね。私自身も。でも一度くらい話を聞いてみたくもあるし……もらった鍵ってどこからでもここに帰ってこれるのかしら。隠れ里からも帰ってこられるなら、なにがあっても一度は逃げ切れる」


 警戒心を上げすぎて、襲われる可能性も考え出す。

 さすがにそれはないだろう。山神の目が届く範囲であからさまにそのような馬鹿をする妖怪はいない。あって山神になれなれしくするなという警告くらいだ。

 妖怪たちのそういった行動は、これまで山神が妖怪たちを庇護してきたことの結果であり、思慕からくる行動だ。彼らも山神に得体のしれないものを近づけさせたくない。


「とりあえず未子にもこの手紙のことは伝えて、どうするか聞いてみるわ」


 これで解散となって、マーナは屋敷の自室に戻り、パゼルーは仕事を再開、フィソスは山の鍛錬施設に向かっていった。

 未子は翌日の昼にやってきてパゼルーからマーナが呼んでいると聞く。一度帰った未子は、夕食後にまたやってきてマーナから話を聞く。


「というわけでもしかしたら危険があるかもしれないんだけど行く?」

「山神様がなんで九ヶ峰さんの心を心配するんだろう」


 未子が話を聞いて最初に思ったことがこれだ。山神がホールムであるということは忘れているため、マーナが関係を説明できず疑問に感じたのだ。


「そこらへんは記憶を消されてるからわからないんだけど、昔からの知り合いらしいわよ。その関係じゃないかしら」

「そっか……九ヶ峰さんのことも気になるけど、隠れ里自体にも関心があるんだよね」

「そうなの?」

「うん。いずれはそういったところにお世話になるかもしれないし、一度は見てみたいと思うんだ。一緒に行こうかな。九ヶ峰さんにもそれは伝えておこうと思うけどいい?」

「いいんじゃない? 山神様が私たちを呼んでこれまでの話を聞きたいってことは主さんも知ってるし、行くことや見学することはおかしいと思わないだろうしね」


 鍵を通して九ヶ峰に話しかける。


『呼んだ?』

「うん。マーナから山神様が私たちを呼んで九ヶ峰さんの話を聞きたがってるって聞いたんだ」

『ああ、その話か』

「いつかどこかの隠れ里の世話になるかもしれないし、一度見学したくもあったから、行ってみようと思ってるってことを伝えておくね」

『りょーかい。別に伝える必要もないと思うけど』

「ちょっと聞きたいこともあったからね。マーナも疑問に思ってたんだけど、もらった鍵って隠れ里の中からも鍛錬空間に移動できるの? 荒事に巻き込まれそうになったらさっさと逃げられるか少し気になったんだ」

『その鍵だと無理かな。そっちに細工しに行くよ』


 そう言うとすぐに将義が姿を見せる。そして鍵を渡してくれと手を差し出す。受け取った鍵に魔法をかけて、一度のみ行き来を可能する。ついでにというかこちらが本命だが、未子から自分のことを探られないよう細工を施した。


「これで一回だけどうにかなる」

「ありがとう。これで安心して見学にいける」

「ついでにこれを持って行って」


 シャム酒を入れたワイン瓶を影から取り出した渡す。

 これはと受け取った瓶を不思議そうに見る未子に、山神の好物の酒と返す。

 用件が終わった将義はさっさと帰っていった。 

 マーナと未子も明日の出発に関して話して帰っていく。

 翌朝、待ち合わせの時間に鍛錬空間へとやってきた未子はマーナと一緒に、篠目派遣会社のあるビルに向かう。後口に隠れ里まで送ってもらえることになっているのだ。おはようと挨拶し屋内に入り、後口たちは未子に仕事紹介の件で礼を言う。

 三人は車で移動し、山神神社に到着する。帰りは自力でどうにかなるということで、山神の屋敷まで送ってもらったあと後口は会社に帰っていった。

 対応にでてきた女中に、山神に招待されていることを告げて三階に上がる。一緒に部屋に入ろうとした護衛の妖怪が止められる。


「お主は外で待っていてくれ」

「しかし護衛としては姿を消したあいつがいるかもしれないと思うとそばを離れる気にはなりません」

「主さん来てないよ。ここに興味ないし」


 護衛の妖怪は微妙な表情となる。山神以外に興味を持っていないのは、後口たちからの報告からもわかることだった。そして山神に会いに来るときはこっそりくると言ってたのでこうして真正面から来るときに同行もしないだろうと思えた。山神に得体のしれない存在が近づかないのは喜ぶべきことだが、皆と力を合わせ運営してきたこの町が大したことないと言われているようで悔しさもあった。


「この二人ならばわしを害することもできん。だから外で護衛をするように」

「……はい」


 渋々ながら外に出る。山神の言うように未子たちの実力は低いと見抜いている。これならば奥の手があったとしても山神自身でどうにもできるとわかるのだ。

 背後で障子が閉まり、山神が二人に座布団を勧める。未子は預かっていた酒を渡す。


「よく来てくれた。四人ではなかったのか?」


 山神は二人だけということに不思議そうに聞く。


「二人は警戒してきませんでした。山神様自身は主さんに隔意などなくても周囲がそうは思っていないだろうと」

「ああ、そうか。わしのこととなると過剰に反応する者もいるからな。その警戒は正当なものであろうな。むしろそなたたちは警戒しなかったのか?」

「しましたが、話は聞いておきたいと思いまして」

「私は一度隠れ里というところを見てみたくて同行しました。九ヶ峰さんのことが気になるということもありますが」

「そうか。君はどこかいびつな感じを受けるが」


 山神は未子を見て言う。

 半妖らしき感じはあるのだが、この隠れ里にもいる半妖とは違った不自然な感覚があるのだ。


「私は先祖返りでして、偶然とかが重なって無理矢理こうなりました。あのままでは不安定だったのですが、九ヶ峰さんに妖怪としての力を封印してもらい人間要素がほとんどという現状にしてもらいました」

「あやつはこっちでも人助けをしているのだな」

「積極的にはやっていませんけどね。私は生霊になって体に戻れない時期がありましたが、そのときに悪霊に襲われていなければ放置していたとはっきり言われましたし」

「私も封印から出してもらいましたが、私を助けるのではなくちょっとしたついでだったみたいですね」

「山神様は今こっちでもとおっしゃいましたが、九ヶ峰さんの過去を知っているのですか?」

「ああ。君たちは知らないのだったな」

「いえ私は知っていますね」


 未子の返答に山神は少し驚く。


「教えてもらえるほど、親密になっているのかの?」

「そういうわけではないです。どうせ記憶を消すからとどうして強くなったのかとか教えてもらって、そして記憶を消されました。でも事故ようなもので思い出して、もう一度消されようとしたとき泣き落としてなんとかそのままにしてもらったんです。過去を知りたいというよりも、せっかく知り合えたのにまた忘れるのが嫌だったからですが」

「ほう、泣き落としでもあやつがそのままにしたのか。すべてを拒絶していないという証左なのじゃろうな。嬉しいことだ」

「誰かに話すと忘れるという魔法を受け入れるという条件付きですが」

「それでも他人を信じるような行動をとっていることは、以前のあやつを知っている身としては嬉しいのだよ」


 もらった酒をコップに注いで飲み干す。そして将義の過去について話し出す。


「未子嬢ちゃんは知っているだろうが、あやつは異世界に召喚された。そこで帰る準備を整えることと交換条件で魔王討伐を受けることになった。いや交換条件などではないか、王たちはいつでも帰すことができたのに、魔王が邪魔で帰せないとだましたのだから」

「聞いてます。それを知ったのはかなりあとのことと言っていました」


 異世界という単語が出てきて驚いたマーナだが、未子と山神が嘘を吐いていないとなんとなくわかり、なにも言わずに聞き手にまわる。


「うむ。知れるほどの力をつけたタイミングで、王たちが自爆した感じだな」


 詳しいことは山神も聞いていない。しかし魔王討伐前と魔王討伐後では明らかに将義は人に対する態度が変わっていた。


「うぬぼれかもしれないが魔王討伐前まではわしとの交流でまだ人を信じようとはしていた。だが王と仲間の会話を盗み聞いたことでその思いも消え去ったのだろうな」


 王たちがどのような会話をしていたのか気になるが、思い出させてもまた傷つけるだけと聞かずに別れたのだ。

 将義があの世界からいなくなったあと、各国で盛大に魔王討伐の宴が開かれた。それを買い出しついでに見に行ったことがあるが、将義の仲間を称える声はあっても将義を称える声は聞こえてこなかった。

 なしとげたのは将義なのに、初めからいなかったように話題にも上がらず、これが人間の強さだと騒ぐ彼らにホールムは共感など一切できなかった。

 そういった様子から王と仲間の会話も碌なものではなかったのだろうと予想がついて、喧騒から離れるように山にさっさと帰ったのだ。


「あやつも最初は弱かったらしい。この世界から召喚されたのなら納得の話じゃて。穏やかなこちらでは一般人は鍛える必要がない。鍛えることから始めて、仲間と協力し戦いに放り込まれ、期待に応えていき、さらに研鑽を積み、人の限界を超えた。そうすると信頼を結んだ仲間からも応援してくれた人々からも恐れられるようになり、ついには戦いをあやつ一人に押し付けて、とうとう魔王討伐も一人でこなすことになってしまった」

「仲間も魔王戦には同行したらしいけど、戦うんじゃなくて逃亡しないかの見張り役だったらしいですね」

「わしもそう聞いたし、その通りなのじゃろうな。はっきり言ってしまえばあの仲間たちでは役立たずだったからな。人間の限界まで鍛えてはいたが、そのような人間が十や二十集まったところで魔王には勝てん」

「それでもフォローとかはできたのでは?」


 マーナが聞く。聞きながら思う。努力せずにすべて人任せにする人を将義が嫌っているのはそこが原因なのだろうと。


「うむ、術での防御や治療、ほんの少しの時間稼ぎ。それはできたはずだし、やっていれば将義ももっと人を信じられたままでいられたのだろう。しかしあやつらはそれすらしなかったと聞く。あやつらの気持ちもわからんでもない。長年かけて鍛えた強さをあっという間に超えていかれては、悔しさも努力の喪失感もあるだろう。だからといって腐っていいわけではない。本来ならば魔王はわしらがどうにかすべき問題なのだから」

「そうですね。王たちがやったことは誘拐して、脅して、問題を押し付けて、用済みになったらさっさと追い返すっていう最低な行為のオンパレード」


 未子の少し怒りながらの指摘に、山神は苦笑し頷く。その通りでしかなく、話を聞いただけの未子にもわかることを良しとしていた王たちには嘲笑しか湧いてこない。

 その嘲笑は魔王討伐についていけなかった山神自身にも少しばかり向けられていた。ついていこうとしても将義は老体で無茶するなと止めていただろう。

 山神も前世では人間の限界である強値15だった。しかし高齢ゆえに戦えばすぐに体にガタがくる状態だった。そんな状態では将義が止めるのも当然だ。


「そのような行いを受けてしまえば人を警戒し距離を置こうとするのも当然じゃよ。だからお主たちに願う。ずっとあやつのそばにいてくれとは言わない。なんらかの事情で離れることはあるだろう。しかし手のひらを返すことは避けてもらいたい。今のあやつが大きく傷つくことはないだろうが、それでも傷はたしかに残る」


 任せてくださいと笑った未子がすぐに頷く。


「恩人だし、なんだかんだ甘い九ヶ峰さんのこと好きだし、手のひらを返すようなことはしないつもりです」

「私も打算はあるけど、裏切るつもりはないです。ここに来ていない二人もそこは同じでしょうね。私以上に主さんを信じて一緒にいたいと思っている二人ですから」

「ありがとう。そう言ってもらえると安心できる」


 ほうっと安堵の溜息を吐いて酒を注ぐ。

 伝えたいことは伝えて、山神は二人と将義の出会いや現状について聞く。

 そして今のところ裏切りなどないとわかり、さらに安堵して美味しそうに酒を飲む。

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