第64話 休み終盤の再会 4
山神神社の駐車場について、裏に回り隠れ里へと入る。にぎやかな道をゆっくりと歩く。珍しそうに見ているマーナのペースに合わせたのだ。
後口は隠れ里の中でも有数の大きな屋敷に案内し、中に入る。三階建ての日本旅館のような見た目で、歴史を感じさせる古さがあった。一階は宿と会合を開く際に使われていて、二階は従業員用のフロア、三階は山神に関連したフロアだ。
後口は三階に上がり、山神が待っている部屋の前で止まる。
「山神様、客人をお連れしました」
「入ってよいぞ」
失礼しますと後口は障子を開けて、マーナと一緒に入る。中には代表格の妖怪や警備の妖怪たちが五名いて、座卓の上座に山神が座っていた。
山奥の静謐な雰囲気が山神から放たれている。森や山を住処する存在には心地よい雰囲気だろう。
見た目は立派な髭を持つ七十歳ほどの老人だ。髪も髭も白く、着ているものもアイボリー色だ。。衣服はポンチョにズボンというシンプルさでどことなく日本由来の神としては違和感もある。洋服を着ている日本の神がいないわけでもないため、好みの問題なのだろうと山神に会った者は考える。
山神の正面に置かれていた座布団に後口が座り、その隣にもう一つ用意されていた座布団にマーナも座る。
「よく来てくれた。命を助けてもらったのだからこちらから出向くのが筋だというのに、皆が止めてな。すまなかった」
「病み上がりなのですから、あまり出歩かれるのは」
狸の顔を持つ妖怪が困ったように言う。
「わかっておるよ。だからこうして出向いてもらったのだ。だが礼を失したのは事実なのだから詫びねばなるまいよ。でなければ命を助けてもらったということも軽い扱いになってしまう。力を注がれてわしだけが助かったわけではない。ここに住む者たちもまた助けられたのだ」
山神が死んでいれば今頃隠れ里はてんやわんやだっただろう。隠れ里を支える力を皆で出して、今後の方針を代表者たちが急ぎ話し合う。そのときには少しでも自分たちに有利になるよう、腹の探り合いもあったはずだ。話し合いが伸びて、いろいろと対応も遅れていた可能性が高い。
それを理解できる者たちは神妙に頷く。
「改めて礼を言う。そなたが主に伝えてくれたおかげで治療が間に合った」
「はい、感謝の言葉を確かに受け取りました。主にも伝えておきます」
「会いたいと伝えてくれると助かる」
「そちらも伝えはしますが、どのような返事になるかはわかりません。主はあまりこちら側には関わる気がないようなので」
「聞いておる。そこを曲げて来てくれたことは本当にありがたい」
「少しお聞きしてもよろしいでしょうか」
後口たちや将義から話を聞いて、疑問を抱いた。それを聞いてみたいとマーナは許可を求める。山神が頷いたことで、マーナは続ける。
「主はここに入る前から姿を消して、力を注ぐときだけ姿を現し、依頼を終えたあとはまた姿を消したと聞きました。そのとき山神様は主の姿を見ていないはず、それどころか意識があったかもわからない。それで主がきちんと仕事をこなしたとわかっているのですか?」
この疑問は代表たちも気になっていたことだ。今でも山神自身の力で復帰したのではないと考える者もいる。
「たしかにあのときわしははっきりとした意識はなかったが、それでも自身から流れ出る力は感じておったし、注がれた大量の力も感じたのだ。このようなことをできる身内はいない。できると噂になっている精霊や妖怪もいない。それならば後口や尾根が連れて来た人間しかおるまいて。あとは結界を調べてみたら、たしかに後口たちと一緒に人間が通った痕跡があった。同時期に人間が里に入った目撃証言もある。これだけ証拠があるなら疑うことはない」
「なるほど」
それならとマーナは納得する。
代表たちも目撃証言は掴んでいたが、それだけで結界の反応までは調べることができず、まして山神が感知していたことを知ることもできない。そのため証拠が足らず疑っていたが、多くの者は今の説明で納得する。
「こちらからも聞きたいことがある。恩人の名前を知りたいのだが、後口たちも聞いていないということでな」
「あー……」
マーナは少し迷って口を開く。
「先ほども言いましたが、こちらに関わる気がない人ですので、名前を知られるのは嫌がるのではないかと」
「そうか、では別の聞き方をしよう。ここに封筒がある。中身を確かめてほしい」
なぜそのようなことをとマーナが不思議そうな様子を見せる。そのマーナの前まで、封筒が座卓の上を滑っていく。
「確かめてくれんか」
促されマーナは頷き、封筒を開けて中身を取り出しかけて止まる。そこにはひらがなで将義のフルネームが書かれていた。
驚いたマーナは山神を見る。その反応は山神が求めていたものだ。
「間違いないようじゃの」
「え? 誰かから聞いたんですか?」
「本人からだな。また会えるとは思っていなかったが、そうか会えるのか」
嬉しげに頷く山神を後口や代表たちは戸惑いながら見ている。
後口がその表情のまま尋ねる。
「彼と知り合いだったのですか? 彼のような技能の持ち主がここを訪ねてきたことはないと思うのですが」
「うむ、まあ、ちょっとしたことがあったな。あやつのプライバシーに関わることでもあるから話すことはせぬよ」
自身に注がれた力の質、情報収集時に聞いた人相、聞いた名前の雰囲気、相手の事情。それらからマーナの主が将義ではないかと考えたのだ。
「さてどう呼び出すか、あやつにのみ通じる言付けはかえって怪しむかもしれんな……そうだな、マーナさんや」
「はい?」
悪戯めいた光を宿した視線を向けられてマーナは首を傾げる。
「二三日ここに逗留してくれんかの。もちろんその間の宿泊費などは出すし、仕事として給金も出す」
「どうしてでしょうか、その説明がほしいです」
「うむ。身内が帰ってこなければ心配するだろうて。その流れでここにまたやってくるじゃろ」
「え? それは主を刺激しそうなんですけど。誘拐と誤解されたら暴れる可能性も」
「あやつの考え方や性格が変わってなければ、すぐに暴れることはない。まずは情報収集や様子見じゃよ。その結果、お前さんが誘拐ではなく、滞在しているだけとわかれば、接触して事情を確認して去っていくはずだ」
マーナは将義と接してまだ長いとはいえず、山神の言う通りに将義が動くかどうかわからない。しかし保護されてからの将義の行動を思い返して、そう外れた予測ではないと思えた。
「なんとなくですが、あり得そうですね」
誘拐と誤解されても自分は安全だろうと思い、マーナは山神の提案に頷く。
まったく心配がないとは言い切れない。帰らないことを気にされず、放置されることもあるのだ。黙って独り立ちしたと思われる可能性もあると山神には伝えておく。
「もともと一人で生活できるまで保護されているという立場なので、出ていったと思われるかもしれません」
「完全に受け入れられているわけではなく、一定の距離を置いている感じなのか。そこは変わってないようだの」
思いやった様子で仕方ないかと呟く山神が本当に将義の過去を知ってるようにマーナは思えた。
こうして逗留が始まり三日目の朝、反応がないことでマーナはやはり放置されたのではと思い始める。独り立ちしたとみなされた場合、どうやって生きていこうと今後について考えだし、一日を過ごして日が暮れた。
明日帰っていいか山神に話そうと思っている午後八時頃、与えられた部屋にいたマーナは突然姿のみ現れた将義を見て、思わず嬉しくなって抱きついた。
「放置されてなかった!」
大きめの声を出したマーナの口を将義は片手で塞ぐ。
「静かに。ここにいるとばれたくない」
「いやばれても問題ないよ。こうしてやってくるのは山神様の予想通りだし」
「予想通り? それも聞きたいけど、なによりもまず聞きたいことがある。山神に関してだ。あの姿偶然なのか、そこを知るためにも情報を得たい」
マーナの帰りが遅く調べてみるかと、魔法でいろいろ探ったとき隠れ里にいることを知り、その流れで山神の姿を見たのだ。
顔も体も服装も将義の知る人物にそっくりで心底驚いた。自身の記憶を山神に覗かれたのかとも思ったが、接触したときはそういった術などの反応はなかった。
山神がどうしてあの姿なのか探らず放置するのは、将義の中であの姿が重要でできなかった。
「山神様は主さんと会ったことがあるとか言ってたわ」
「それは補給したときじゃなくて?」
「と思う。なんだか過去も知っているような口ぶりだったし。私が帰らなかったらどう動くのか予想を立てて、実際に主さんはこうしてやってきた」
マーナから得た情報で、とある推測が将義の中で生まれたが、そんな偶然などあるのかと疑いを持つ。
その偶然よりは、心や記憶を読んであの姿をとっている方がまだ現実的だった。
「会ってお礼を言いたがっていたし、一緒に会いに行く? 悪意とかは感じなかったわよ」
「隠しているだけかもしれない。ここは」
そう言いかけて将義は姿を消した。すぐに襖がノックされる。
マーナがどうぞと返すと、女中姿の妖怪が襖を開く。
「マーナ様。山神様がお呼びです。一緒にいる方も連れてくるようにという伝言です」
言いながら女中はマーナ以外に姿が見えず、気配もないことから首を傾げている。
「わかりました。向かう先は三階のお部屋でいいのよね?」
「はい」
頷いた女中は用件はすんだと去っていく。
マーナはいるであろう将義に声をかけてから部屋を出る。一人分の足音のみが廊下に響き、三階に上がる。
山神の私室前には護衛の妖怪が立っていた。
「一人か。山神様は待ち人が来たとおっしゃったのだが」
「来たけど、今いるかどうかはわからない。隠れてそのまま帰った可能性もあるし、そばにいる可能性もある。魔法で隠れられたら私には確認のしようもないわ」
「来ていたのか。俺にはなにも感じることはできなかったが」
屋敷内に人間がやってくれば察することはできる。それが可能なくらいには鍛えてある。しかし山神の言葉を聞くまでなにも感じなかったし、今もなにも感じない。
この状況で山神の護衛を担う者として、通すことはできなかった。
「いるのなら姿を見せろ」
警戒した声音で問うも反応はない。
「……帰った、のか?」
「いるとしても姿は見せないと思う。そっちが警戒しているように、主さんも山神様を警戒しているから」
「譲歩してもらわなければ通す気はないのだが」
「譲歩する理由がないと思うなぁ」
護衛の妖怪は山神側だから譲歩させたいが、将義は山神を尊敬しているわけでも世話になったわけでもない。無条件で譲歩する理由などないのだ。むしろ山神の姿のことで、警戒心が高まっているので隠れ続けて情報収集に徹する。
「中に入ってかまわぬよ」
中から山神の声がする。それに護衛の妖怪は迷いを見せるが、仕方ないと溜息を吐いて障子を開けた。
「見えぬか。マーナよ、中に入ってくれ」
マーナと護衛の妖怪が部屋に入る。
「山神様、人間がこの屋敷に入ったというのは真でしょうか。私にはまったく気配を感じ取れぬのですが」
「わしも現状ではなにも感じぬよ。しかしあやつの気配を感じることだけに集中していた先ほどは、かすかにだが感じ取った。マーナよ、現れたのだろう?」
「はい。山神様の予測されたように情報を得るため接触してきました。その姿に驚いていましたが」
「まあ、驚くじゃろうな。こっちで会えるとはわしもあやつも思っておらんかった。あの別れで最後だと互いに考えていた。聞こえておるか、やってくるときはシャム酒を土産にしてこいといつも言っておったろう。持ってきたか?」
どういうことかとマーナたちが首を傾げる。
だがそれをきっかけとしたかスゥッと将義が姿を現す。
護衛の妖怪は本当にいたと驚きしかない。そして最大の警戒をするが、すぐに山神から止められた。
「ですが!?」
「警戒しても無駄だ。その気になればこの隠れ里はすぐに潰れるし、そもそもそやつにその気はない」
「人間がそのようなこと」
「できる。できなければ魔王には勝てなかったろうしな」
魔王という単語を聞いてマーナたちが思ったのは魔界に関連したことだ。将義が昔魔王と戦い勝ったことがある、そう受け取った。
「あまり余計なこと言うなよ爺さん。なんでこっちにいるんだ」
隠れている間に山神のことを魔法で探り、自身が知っている人物だとわかった将義は砕けた口調で話しかける。
それに護衛の妖怪はなにか言いたそうにしているが、山神が「よい」と止めたので口を開くことはなかった。
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